第二七食 おにぎり作りと女子高生②

【~美味しい塩むすびの作り方講座~】

 手順1:やや少なめの水で炊いたご飯を用意します。

 手順2:予めしゃもじなどを使ってご飯をある程度固めておきます。ただしあまり強くしすぎるとおにぎりが冷めた際に固くなってしまうので程ほどに。

 手順3:塩水を用意、もしくは水で濡らした手に塩をなじませてからご飯を手に取ります。

 手順4:両の手のひらで包み、空気を含ませるようにしながら優しく握っていきます。手順2と同じく、あまり強く握りすぎないように注意しましょう。

 手順5:三角おにぎりの頂点に触れる手は三角、底辺に触れる手は四角を意識した手の形にすることで綺麗な三角形を作ることが出来ます――


「……こうやって料理本で見る分には簡単そうに見えるんだけどなあ……」


 先日購入した初心者向けのレシピ本に載っていた塩むすびの作り方に目を通しながら、俺は呟きをこぼした。


「あっづあぁっ!?」


 続けて女子高生とは思えない悲鳴を上げるお隣さんの少女に目を向ける。手のひらにくっついてしまった米粒を剥がしながら「うぐぅ……あ、熱いです……」と涙目になっている彼女に、俺は「まあそうなるよな」という感想を飲み込みつつ立ち上がる。

 見れば皿の上にあったのは、いつぞや俺が初めて作ったそれとほとんど変わらない状態になったおにぎり――とは名ばかりの無惨な塊だった。


「……は、初めてにしては上手く出来てるんじゃないか……?」

「気休めはやめてください……」


 目に見えて落ち込む真昼まひる。……まあ、なにやら作りたいと言い出した時からやたらと意気込んでいたし、それが上手くいかなかったのだから無理もないだろう。

 彼女が不器用なのは今さらだし、俺とていきなり上手く出来るだなんて思っていなかったが、それはあくまで客観的に見た話。本人がこの結果に納得する理由とはなり得ない。……だが。


「……」

「あっ!? お、お兄さん!?」


 不意に皿の上にあったおにぎりの残骸を摘まんで口に運んだ俺に、真昼が驚きの声を上げた。そしてなにやらわたわたと両手を振り、「じ、自分で食べますからっ!?」と喚きだす。

 俺はそんな彼女を無視しておにぎりを咀嚼し、それをごくんと飲み込んでから彼女の顔を見た。


「……ま、不味まずい」

「ですよねっ!? いえ分かってました、分かってましたけどっ!」


 だから自分で食べるって言ったのに! と再び涙目になる真昼に、しかし俺はもう一つ、皿の上に転がっている残骸を口にする。


「……ちょっと手につける水が多すぎたのかもな。全体的にかなり緩くなってる」

「え?」


 ぼそりと言った俺に、真昼がぱちくりとその大きな瞳をしばたたかせた。


「あと塩加減にムラがある。さっき食った部分は塩味がめちゃくちゃ濃かったのに、今食った方はほとんど塩がついてない。たぶん塩を振ったとき、うまく手になじんでなかったんだ」

「え、えっと……あの、お兄さん? な、なにを……?」


 突然問題点を羅列し始めた俺に困惑した様子を見せる真昼。そんな彼女の前で俺はもう一口――今度はじゃりっとするほど塩気が強い――おにぎりを食べてから言った。


「よく分からんが、おにぎりを作れるようになりたいんだろ? だったら今回の失敗から学んでいかないとな」

「!」


 失敗は成功のもと、という言葉がある。トーマス・エジソンだかグラハム・ベルだかが残した名言だが、やはり後世にまで語り継がれるような言葉というのは得てして的を射ているものらしい。


「誰だって最初から上手く出来るわけじゃないさ。今日ダメだったなら次はどうすれば上手く出来るか考えればいいだけだよ」

「お兄さん……」


 感じったように俺の顔を見た真昼は、決意の表情で皿に残ったおにぎりを手に取ってぱくりと食べた。


「……うっ!? しょ、しょっぱあ……!? しかもべちゃっとしてるからなんかおかゆ食べてるみたいです……」


 そう言いながらも瞳の奥に思考の色を垣間見せる女子高生。そして彼女は皿の上に目を向けたまま、真剣な声で言った。


「……お兄さん。私、絶対おにぎりを作れるようになってみせます。今度お兄さんに食べてもらう時、美味しいって言って貰えるように」

「……そうか。じゃあ、楽しみにしてる」


 いつも明るく笑っている印象が強い真昼がたまに見せる負けず嫌いな一面に、俺はふっと微笑しつつ答える。一度失敗し、それで諦めた俺と違って――彼女はまだまだ諦めるつもりはないらしい。

 強い子だ。だからこそ、こちらも力を貸してやりたいと思わせられる。


「……でも、これも案外美味しいですね」

「えっ。ま、マジで……?」

「な、なんで引くんですか!?」


 相変わらず何を食べても美味しいと言う少女に若干引きながら、彼女と過ごすなごやかな午後が過ぎていった。

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