第二四食 高校男子とストーカー②

 その男は、どこにでもいそうな大学生といった風貌をしていた。

 顔はひよりが言っていた通り、良くも悪くもなく「まあ普通」。身長はそこそこあるようだが、かといって特別高いかと言われればそうでもない程度。服装にはそれほどこだわりがないのか、それともたまたま今日は気を抜いているだけが、かなりラフな格好である。

 総じて特筆して優れている部分も劣っている部分もない、言ってしまえば「クラスに一人は居そうな感じ」の青年。それがクラスでも人気の高い女子生徒・旭日真昼あさひまひるが「お兄さん」と呼び慕う男の第一印象だった。


「な、なんつーか……本当に〝フツー〟だな。やっぱ旭日に彼氏が出来たなんてお前らの思い過ごしなんじゃねえの、メガネコンビ」

「誰がメガネコンビだ」


 眼鏡男子たるゆずるおよびグループ内の眼鏡女子たる冬島雪穂ふゆしまゆきほを纏めた呼称にツッコミを入れられつつ、りょうは少し離れた位置にいる真昼たち三人の会話へ意識を向ける。


家森やもりさんこんにちは。こないだは突然お邪魔してすみませんでした」

「うん、久し振り、小椿こつばきさん。いいや、こちらこそあの日は毒――味見をしてくれてありがとう」

「……お兄さん、今『毒味どくみ』って言いそうになりませんでした?」

「いえ、ひま一人で作ったカレーだったら毒味なんて絶対嫌でしたけど、家森さんがすぐ側で監視してくれていましたから」

「ひよりちゃんに至ってはなんの迷いもなく『毒味』って言ったよね!? あんなに美味おいしかったのに!?」


 あの大学生がひよりと面識があるというのも情報通りだった。意外なのは、彼女のあの男に対する態度がかなり柔らかいということ。

 グループ内ではどこか抜けたところがある真昼に甲斐甲斐しく世話を焼く様を〝母親〟などとからかわれている彼女だが、実際にひよりは中等部の頃から真昼の交遊関係にかなり気を遣っている様子が窺えた。

 真昼は誰に対しても優しいが、それは裏を返せば人よりも善意につけこまれやすいということでもあり、放っておいたらすぐに悪い虫がつきかねない。ひよりはそれを危惧しているのだろう。


「(そんな小椿に認められてるって、地味に凄くないか? ……いやまあ、あの人大学生だもんな。いくら相手が旭日でも、大学生が高校生に邪な考えなんか持たないもんなのかも……)」


 たとえば涼は現在高校一年生だが、中学生の女子を恋人にしたいかと言われれば「それはちょっと……」となるわけで。実際は大した年齢差ではないはずなのだが、それでも〝中学生〟と〝高校生〟の間には大きなへだたりがあるように思える。そしてそれは〝高校生〟と〝大学生〟でも同じなのではなかろうか。


「お兄さんは、今日お休みですか?」

「ああ。元々午前授業だけだったんだけど、その授業コマが休講になったせいで今日は全休だ」

「えー、いいなー!」

「良くねえよ。その分補講が入るかもしれねえし、いきなり休みになったって暇でしょうがないだろ」

「あ、それでお買い物に来てたんですか?」

「まあそんなとこだ」


 いきなり休みになる、というのは一般的な高校生からすればよく分からない感覚だった。先ほどの思考も手伝ってか、涼の目にはあの大学生がやたらと大人びて見えてくる。


「(やっぱあの人、高校生なんかには興味なさそうじゃないか……? それを分かってるから、小椿も何も言わないだけじゃあ……)」


 チラリ、と隣に隠れている弦を見ると、どうやら彼も似たようなことを考えているのか、かなり落ち着きを取り戻したようだ。真昼に彼氏が出来たわけでもなければ、こうしてストーキングを続ける理由もない。ひよりにバレる前に撤退を、と涼が提案しようとした――その時だった。


「ところで。そっちはスーパーに何しに来たんだ?」


「「!?」」


 まさかの名前呼び!? と、雷に打たれたかのような衝撃が涼と弦の二人を襲う。


「(えっ!? そ、そんなに親しい間柄だったのか、あの二人!?)」


 しかもひよりのことも名前で呼んでいるというなら「そういう人なんだな」と納得も出来るが、彼女のことは普通に名字に「さん」付けだった。真昼に対してのみ名前で、しかも呼び捨て。どうしたって彼女との距離だけが近しいように映る。

 そしてなにより――


「あの野郎……!? 旭日のことを呼び捨てにィッ……!?」

「(やっぱりめんどくせぇ奴がキレたーっ!?)」


 せっかく落ち着き始めてたのに! と嘆きつつ、涼は再び我を失いかけている弦の動きを封じるのだった。

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