第二三食 高校男子とストーカー①



 旭日真昼あさひまひるという少女は、ていに言ってモテる。

 歌種うたたね高校一年一組のクラス内では赤羽あかばね亜紀あきと並んでツートップ、学年全体でも上位に食い込むと言っていい外見ルックスと、誰に対しても分けへだてなく接する優しさを兼ね備える彼女に、密かに想いを寄せる男子生徒の数は多い。


 しかしその一方で中等部の頃から人気を博していた真昼に対し、男たちはまるで示し合わせでもしたかのように、誰一人として彼女に手を出そうとはしなかった。

 ――何人たりともあの無邪気な笑顔をけがしてはならない。

 ――誰に対しても優しい彼女を傷付けてはならない。

 それはさながら暗黙の了解だった。仔猫や仔犬に庇護欲を刺激されるがごとく、男たちはみな自然のうちに〝不戦のちぎり〟を交わしていたのだ。

 そう、彼らは彼女の笑顔が見られるならばそれでいい。ただ遠目から彼女を見守っていられるならば、それでいい――


「……いや、だからって放課後まで跡をけるのはおかしくね?」

「……おかしくない」


〝旭日真昼に彼氏が出来た説〟がにわかに浮上してきたその日の放課後。帰路に着いた真昼およびひよりの後方二〇メートル付近に、二つの怪しい影があった。

 南田涼みなみだりょう湯前弦ゆのまえゆずる。日頃から真昼たちとつるんでいるクラスメイトの男子である。


目標ターゲット入店イン・ザ市場マーケット

「もう普通に『スーパーに入った』って言えよ。なんでちょっと韻踏んだ?」

「ヘマやらかすなよ、リョウ。バレたらただでは済まんぞ」

「本当だよ。やってること完全にストーカーなんだけど」


 こそこそと二人の後に続いてスーパーに入店する男たち。端から見れば――というよりもはや純然たるストーカー行為である。

 乗り気ではないながらも弦に付き合っている涼は、くすんだ金髪をきながら小声で言う。


「……なあユズル。もしこんな真似してるって小椿こつばきに知れたら俺たちどうなるんだろ?」

「……打ち首か、よくて八つ裂き、あるいは釜茹でだろうな」

「やべえよ、どう足掻あがいても死ぬじゃん俺たち」


 グループ内において〝真昼の母親〟と称される女におののき、ぶるりと身を震わせる。


「そこまで分かってんのにこんなことするなんて……お前どんだけ旭日のこと好きなんだよユズル」

「すっ!? ち、違う! 俺はただ旭日が悪い大学生にまとわりつかれているのではないかと心配なだけだ!?」

「今まさに悪い同級生にまとわりつかれてるとこだけどな、旭日」

「なんだと!?」


 目付きの悪い顔を真っ赤にする眼鏡男子に、涼はため息をついて前方で買い物をしている真昼のことを見やる。

 出来もしないのに楽しげに野菜の目利きをする彼女は、たしかその大学生とやらに料理を教わっていると言っていた。もしもその男が悪い人間だとしたら、あんな楽しそうに買い物になんて来ないはずだ。

 第一あの母親ひよりがその男の存在を認知している時点で、そんなに心配をする必要などないと思われるのだが……。


「(……まあ、そんだけ旭日のこと真剣に好きってことかな……やってることストーカーだけど)」


 とはいえ、こんなことをしていると発覚したら友人の恋は叶わないものとなる。いい加減止めてやろうと涼が弦に口を開きかけた、その時だった。


「あっ、お兄さんっ!」


「「!」」


 その声に顔を向けると、真昼がなにやら遠くへ向けてぶんぶんと手を振っている。見れば、彼女の視線の先にはラフな私服姿の男がいた。


「アホ、スーパーでそんな大声出すな。周りのお客さんに迷惑だろ」

「いたっ。えへへ、ごめんなさい」


〝お兄さん〟と呼ぶ男からぺしっと軽いチョップを受けた真昼は、額を押さえながらもやけに嬉しそうな笑みを浮かべている。そう、それは普段学校で見せるものとは別種の――


「あの男……! 旭日に気安く触れやがって……!?」

「熱っ!? ちょ、やめろやめろ!?」


 メラメラと豪火のごとき怒りをあらわにする悪人面の友人に、涼は慌てて彼を止めにかかる。


「そ、そんな怒る!? まだそんな激怒する場面でもねえだろ!?」

「ふざけるな!? 俺は出会ってから今日まで〝不戦の契り〟を貫いて来たんだぞ!? それをあんなぽっと出の男にぃっ!?」

「いや知らねえよ!? つーか旭日の笑顔が見られれぱそれでいいんじゃなかったの!?」

「そんな草食系男子みたいなこと言ってられるかあっ!」

「〝不戦の契り〟全否定かよ!? そもそもお前だって典型的な草食系男子じゃねえか!」

「誰が草食系だァっ!?」


 今にも飛び出していきそうな弦をなんとか押さえてから、彼らは商品棚の陰から青果せいかコーナーで言葉を交わす真昼たちの様子を観察し始めた。

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