第一九食 旭日真昼と酔っ払い③

 後日。真昼まひるが友人のひよりと二人で朝の通学路を歩いていると、進行方向で背の高い女性がヒラヒラと手を振っているのが見えた。


「おーい、真昼ちゃーん!」

青葉あおばさん! 今から大学ですか?」

「いんや、講義サボって今から帰って寝るとこー。二日酔いで頭痛くてさー」

「そ、そうなんですか、あはは……」


 ゆうが聞いたらまたケリを食らわせられそうなことを平然とのたま蒼生あおいに苦笑していると、彼女は隣にいるひよりに気が付いた。


「おっ、こっちはお友だち? こんにちはー」

「こ、こんにちは……」

「ひよりちゃん、この人は青葉蒼生さん。お兄さんのお友だちだよ」

「ああ、家森やもりさんの。びっくりした、いつの間にこんなイケメンの知り合いを作ったのかと思ったわよ」

「あ。ごめんね、私女なんだ」

「えっ!? す、すみません、つい!?」

「いいよいいよ。よく間違われるんだ、私その辺の男より全然格好良いしねー」


「その辺の男」が聞いたら怒りそうなことをしれっと言うが、実際顔やスタイルで蒼生に勝る男というのはそうホイホイいるものではないだろう。……それを自分で言ってしまうのが彼女らしいところだが。


「もしかしてキミも夕の知り合い?」

「えっと、まあ一応……といっても、以前この子の付き添いで一緒に食事をしただけなんですけど」

「ほほーう? 夕もなかなかやるね。私の知らぬ間に可愛い女子高生を二人もたぶらかしてたとは」

「お、お兄さんはそんな人じゃないです!」

「冗談冗談」


 からかうように言ってから一頻ひとしきりケラケラと笑った蒼生は、「そういえば」と前置きしてから真昼に向かって手を合わせる。


「こないだはごめんね真昼ちゃん。酔っ払って迷惑掛けちゃって」

「い、いえ、大丈夫です。青葉さんはあの後大丈夫でしたか?」

「ん? ああうん、それは全然。あの時はビール四、五本しか飲んでなかったからね」


 未成年の真昼にはビール四、五本で普通の人間がどれくらい酔うものなのかは分からなかったが、どうやらあの程度は彼女にとっては序の口だったらしい。かなり酔っているようにも見えたが、もしかしたら酩酊めいてい状態になるのが早い体質というだけなのだろうか。


「それで?」

「? はい?」

「夕とはあれから上手くやってるかい?」

「んなっ!?」


 いきなりそう聞かれ、ボッ、と顔を真っ赤にする真昼。そしてその隣でひよりが「!?」と驚きの表情を作った。


「ひ、ひま……あ、アンタまさか家森さんと……!?」

「違うから!? 私とお兄さんはそういうのじゃないから!?」

「えー、まだなんもないのー? そろそろちゅーの一つや二つくらい……」

「あ、青葉さんもしかして酔ってませんか!?」

「あはは、酔ってない酔ってない。二日酔いではあるけど、もうアルコールは抜けてるよ、たぶん」


 それにしては酔っていたときと同じようなことを言ってくる女子大生は、やはりケラケラと楽しそうに笑う。


「まあでも、あの夕が女子高生に手出すわけないか。そういうところキッチリしてそうだもんね、彼」

「あ、あの、家森さんって大学に彼女さんとかは……?」

「いないはずだよ。というか彼女いるのに真昼ちゃんを連れ込んでたらもっと問題でしょ」

「そ、そっか、それもそうですね」

「だから真昼ちゃん、押し倒せば案外コロッと落ちるかもしれな――」

「だ、だからしませんそんなこと!? もうっ、青葉さんっ!」

「あはは、怖い怖い。じゃあ私は帰るから、またねー!」


 逃げるように走り去っていく女子大生。そんな彼女の後ろ姿をぼんやりと見送りながら、ひよりがぼそりと呟く。


「……家森さん、狙ってるの?」

「ひよりちゃんまでなに言ってるの!?」

「い、いやごめん。でも最近アンタあの人の話ばっかりしてるからさ」

「しょ、しょうがないじゃん、お兄さんと作る料理美味しいんだから!?」

「色気より食い気なのね……まあアンタらしいけど。さ、学校行こ。遅刻するよ」

「う、うう~……!」


 先を行く親友の後ろを歩きながら、熱くなった頬を手で押さえる。

 本当にそんなつもりないんだけどなぁ……と考えつつ、なんだか次に彼に会うとき変に緊張してしまいそうで、なんだか億劫おっくうな気分になってしまう真昼だった。

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