第一四食 家森夕とイケメン女子①

「ねぇ、そこのキミ。良かったら今夜……ワタシと一緒に朝まで飲み明かさないかい?」

「……」

「あっ!? ちょ、ちょっとちょっと、せめて反応はしてよゆうく~ん!? お姉さん泣いちゃうぞ~!?」

「……なにがお姉さんだよ。毎度毎度、ただの飲み会の誘いに気色悪い口説き文句を使ってくるなっての」


 ある日の昼休み、私立歌種うたたね大学法学部の学部棟にて。

 歓楽街のホストが言いそうな台詞とともに声を掛けてきた大学の友人に面倒くさいと思いつつそう返すと、長身の女――青葉あおば蒼生あおいは「ごめんごめん」と謝意を感じないヘラヘラとした笑顔と共に両手を合わせた。

 一回生の頃にゼミで顔を合わせて以来なにかと絡んでくる彼女は、今日も今日とて俺を飲み会に誘いに来たらしい。


「今日は誰も捕まらなくてさー。どう? 久々に私と語り明かさない?」

「語り明かさない」

「そんな即答しなくても~!」


 わざとらしく嘆かわしい声を出す青葉に、俺ははあ、と小さくため息をつく。異性というより同性の友人に近しい距離感でグイグイ接してくる彼女には、俺もあまり遠慮をしないようにしていた。

 というのも、レディ・ファーストの精神に則って「女の子の頼みだからな……」なんて考えようものなら、この女はほぼ毎日のように遊びに誘ってくるだろうからだ。現に青葉はしょっちゅう授業をサボるせいで、今年の春に二回生になれるかどうかさえギリギリだったと聞いている。


「お願い~! 蒼生ちゃんの一生の、お・ね・が・い~っ!」

「ソレ先月の飲み会の時も言ってただろ。何回あるんだよ〝一生のお願い〟」

「別に〝一生にお願い〟とは言ってないからね」

「じゃあもうただのお願いじゃねえか。ちゃんと言い直せ」

「お願い~! 蒼生ちゃんのただの、お・ね・が・い~っ!」

「……」

「おーっと、まさかの無視なの? 『言い直せ』って言われたからやってあげたのに?」

「別に『応えてやる』とは言ってないからな」

「そういえばそうだね」

「納得すんのかい」


 頷きつつ、ちょろちょろと俺の後ろをついてくる青葉。……どうやらまだ勧誘を続けてくるつもりらしい。


「頼むよ夕~。ねっ、ねっ。一回だけ! 一回だけでいいから!」

「やだよ、お前酒癖悪いし」

「なんでさ~! あっ、もしかして私と二人きりなのが嫌なの? じゃあ可愛い女の子連れていくから! ちょうど一回生にすっごい可愛い子が居てさ!」

「じゃあ最初からその子と二人で行けばいいだろ」

「え? やだよ、その子もすっごく酒癖悪いし」

「だったら俺も尚更行きたくないわ!」


 何が悲しくて酒癖の悪い女二人と飲みに行かなきゃならないんだ。最終的に俺の負担が増えてるだけじゃないか。


「なんだよう~! 年下のキャワイイ女の子と一応女の私がセットでついてくるんだよ? それ以上なにを望むって言うのさ~!」

「自分で自分に『一応』とか付けるなよ、悲しくなってくるわ」

「……昨日の飲み会でさ、同ゼミのヨコタくんに『青葉さんって男っぽいから話しやすいよね』って、凄いイイ笑顔で言われてさ」

「お、おう……ま、まあそれはヘコむよな」

「うん……だから私は彼に言ってやったんだ――『たしかに私の方がヨコタくんより女の子にモテるしね!』って」

「お前、実はぜんぜん気にしてないだろ」


 次の授業の教室につき、昼食をとる生徒たちで溢れている中から空いている二席を見つけて腰掛ける。隣でスキニージーンズの長い足を組んだ青葉は、ケラケラと愉快そうに笑った。よくよく考えれば「男っぽい」と言われた程度のことを気にするような奴でもなかったか。


「……悪いけど、飲み会はパスだ。そもそも今日は先約があるんだ。それこそ〝年下の可愛い女の子〟と」

「ははっ、そんなわけないじゃん。夢だよそれ。もしくは妄想」

「一笑に付してんじゃねぇぞこら」


「まさか夕にそんな相手が居るわけないだろ」と言わんばかりに笑う青葉。殴りたい。相手が気心の知れた男友達なら殴っていた。


「……え? ま、マジなの? いやいや、あの夕に年下の女の子の知り合いなんているわけが……」

「出会って以来一番レベルの驚愕の表情をするな。マジだよ。つーかそんなしょうもない嘘吐くか」

「た、たしかに……どうせ吐くならもう少し現実味のある嘘を吐くよね、普通……」

「どういう意味だよ!」

「だ、誰なの、その相手!? 同じ学部の一回生!? それとも他の学部の子!?」


 思いっきり食いついてきた青葉を、俺は「違うって!」と声を上げながら引き剥がす。


「うちの隣に住んでる女子高生だよ!」

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