第一一食 不器用女子とカレーライス③
「お待たせひよりちゃん! 出来たよ!」
「そ、そう……」
完成したカレーライスを手にした
まあ、無理もなかろう。このうたたねハイツはいわゆる1K――というにはキッチンはかなり手狭だが――であり、部屋とキッチンを遮るものは一枚の扉だけ。あのジャガイモたちに苦戦させられる旭日さんの悲鳴などは彼女にも筒抜けだったわけで。
あの悲鳴を聞かされた後で出されるカレーライスを食えと言われても、食指が進まなくて当然だった。
「…………あの、
ヤバイ、なんか小椿さんが助けを求めるような目でこっちを見ている。
きっと友だちの旭日さんを心配し、怪しい大学生たる俺を警戒していたのであろう心優しい彼女が今、その友だちの手で阿鼻叫喚と共に生み出されたカレーから逃れるべく俺に救いを求めているとは……神も仏もあったもんじゃないな。
「だ、大丈夫。ちゃんと俺が味見もしたから……」
「ほ、本当ですか? ひまの指は……何本入ってますか?」
「一本も入ってないよ!? 何言ってるのひよりちゃん!?」
「……この子はこう言ってますけど……本当ですか、お兄さん?」
「(なんで友だちの旭日さんより俺の言葉の方が信頼度高いんだよ)」
この子実は旭日さんのことまったく信頼してないのでは。だってめちゃくちゃ嫌がってるもの、旭日さんが作ったカレー。未だにスプーンに手をつけようともしてないもの。
俺が再度「大丈夫」だと頷くと、彼女はごくり、と緊張の面持ちで目の前の一皿を見下ろした。
「……それじゃあ……いただいた方が、いい……?」
「普通に『いただきます』って言ってよ!? なんでちょっと食べたくなさそうな言い方するの!?」
「そ、そうだよね、ごめん。……じゃあ今度こそ……いただいて、あげます」
「そんな上から目線の食事の挨拶ってある!?」
よっぽど旭日さんお手製カレーを食べたくないらしい小椿さんは、それでも友だちが一生懸命作った料理にスプーンを差し入れて――一口。
「――!?」
「ど、どう、ひよりちゃん?」
カッ、と目を見開いてもぐもぐと
「……ち、ちゃんとカレーになってる……」
「ほ、本当!?」
友人の驚く顔を見て不器用な女子高生はパッと笑顔を咲かせる。
「う、うん……凄い、アンタのことだからどうせ砂糖と塩間違えたり、水の分量間違えたり、カレールゥ入れるの忘れたりしてるんじゃないかとばかり……」
「そんな風に思われてたの!?」
「中二の
「うぐっ!?」
「(ひっくり返したのか……)」
過去の失敗を引き合いに出されて赤面する旭日さんに、俺は「ちゃんと見張っていて良かった……」と内心で胸を
とはいえ彼女はかなりの不器用でこそあったが、手順や分量などを間違えたりは一度もしていない。友だちに美味しく食べてもらうため、彼女なりに一生懸命、丁寧に一つ一つの作業をこなしていた。
「……ところでアンタ、買い物の時はジャガイモ買ってなかったっけ? 入れなかったの?」
「い、一応入ってるよ!? もう溶けちゃったんじゃないかな、うん!」
「溶けたって……こんな短時間で溶けるわけないでしょ」
まさか「ジャガイモは皮剥きの段階でほぼお亡くなりになりました」とは言えず、視線を逸らす旭日さん。……まあ、そこは今後の課題だな。
「……そっか。頑張ったんだね、ひま」
「! ……うん! お兄さんが全部教えてくれたから」
嬉しそうにこちらを振り返る女子高生にどう反応していいか分からず、俺はぽりぽりと頬を
小椿さんはそんな俺の顔をじっと見た後、改めて自分の手の中にあるカレーの皿を見下ろして――フッ、と笑った。
「……みたいだね。……あの」
「ん?」
もう一度顔を上げてこちらを見た小椿さんは、初対面の時よりも少しだけ柔らかな雰囲気を纏って言った。
「二人も一緒に食べませんか。私だけいただくっていうのもなんですから」
「あ、ああ……。そうだね、そうしようか」
「じゃあ私が用意しますね! あっ、ひよりちゃん、飲み物も買ってあるけど何か飲む?」
「うん、じゃあお願い」
「それなら上の棚に紙コップが入ってるから使ってくれ」
夕食にはまだ早い時間だが、俺たちは三人で使うには窮屈なテーブルを囲む。
旭日さんが久しぶりのカレーを堪能するのを見て小椿さんと笑い合いながら、第一回お料理教室は無事に幕を閉じたのであった。
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