田舎の思い出~ザトウムシ~

瀬川なつこ

第1話


 田舎で育って、出そうで出なかったのが、オバケだった。


 子供の頃は、神社の隣に住んでいて、夜になると、窓から、神社の中をみることができる。


 神社はこんもりと木々で生い茂っていて、夏場になると白と黒のまだらの、あの、強烈に刺すとかゆい蚊がでる小さな森のような大きな神社だった。祀っている神様は、伊邪那岐と伊邪那美である。


 住んでいたのはアパートだったのだが、そこから、石段があって、その上が茂みになっていて、その上に、ちょうど、神社があり、コンクリートと砂利の踊り場みたいになっていて、土蔵がたっていた。


 そのあたりにオレンジ色の電灯が建っていて、そこらへんがアパートの前の駐車場からまる見えだった。


 オレンジ色の電灯は、たまに気色悪く感じたので、あんまり見ていないが、あそこらへんで、お面をかぶって水干を着て、神楽舞いを夜やったら、美しいだろうなと子供の頃思っていた。




 自分の住んでいる家が、もっと、木造建築だったらよかったのになあといつも思っていた。


 あの気味の悪い木目が好きで、そういう、古い家が大好きだった。


 夏になると、私の田舎は、「でそう」な雰囲気だった。お化けみたいな、年寄りだらけだったし、古い町だった。あちこちに薄暗がりがあり、なんだか、常に頭がぼんやりとする感じがする…というか、気候なのだろう。頭がぼんやりとする気候、からっとしているのに湿度が高く、海抜は低かった。


 不思議と静かな、小さな町であった。


 私は、小さいころ、いつも、ひとりぼっちで暮らしていた。


 友達ができなかった。


 でも、寂しい寂しいと泣きながら、いつも、年中おばけを探したり、ベーゴマや、塩ビ人形、ゴムボールや、楽しいおもちゃや、綺麗なガラス細工を集めたり、冬になると街道沿いに現れるお坊様の行列に、お布施をしたり、唯一の友達と大判焼きを食べたり、町中をかけずりまわっていた。




 神社には迷惑をかけた。とにかくやんちゃで、中学生の時に、生理が来たのだが、その血だらけのマットを、神社下の駐車場に巻き散らかしたまま、家で、ぐだぐだお絵描きをしていたのだ。


 そしたら、雨が降ったりして、駐車場は大変なことになった。血まみれになったのだ。


 近所の人もさぞかし気味悪がっただろう。気味の悪い神社に血まみれの生理帯が落ちているのだから。


 そして、もっと気味の悪い事が起こった。


 ようやく長雨が去って、駐車場で虫でも触って遊ぼうと、私はアパートから駐車場にでた。


 生理帯はからからに乾いていて、血は抜けきっていた。


 しかたないな、あのときは、間違えて落としたんだから、と、それを放っておいて、ガス管の置いてあるコンクリートの小さな掘立小屋と、神社の石垣の間に、足を踏み込んだとき、それは、いた。


「ままー」


 とでも言いたげな真っ赤なザトウムシが、二匹、こちらにやってきたのだった、巨大な、ザトウムシであった。


 ザトウムシというのは、蜘蛛の仲間で、マリモみたいな丸い体に、細長い脚が六本生えている見た目にもおぞましい蜘蛛で、それが、血に染まって真っ赤だったのだ。


 喰ったのか、そう、喰ったのだ、生理血を。


 生理血を吸って真っ赤になったザトウムシが二匹、こちらにむかってよちよち歩いているさまに、腰を抜かして悲鳴をあげて家に飛び込んで、布団にくるまって震えていたのが私である。


 家のアパートは、緑豊かな神社のおかげで、虫の宝庫だったが、ザトウムシを見たのは、あれが最初で最後である。ザトウムシは、血が好きなのであろうか。


 そういう、ぞっとした思い出が、その神社にはいっぱい詰まっている。


 しかし、オバケというお化けというものには出会わなかった。


 守られていたのかもしれない。

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