一人じゃないと、君が言ってくれた
日下奈緒
第1話 震災発生
その日の朝は、いつもと同じように、やってきた。
朝陽に紛れて、目覚まし時計がけたたましく鳴る。
「う~ん……もう少し、寝かせてよ~~」
目覚まし時計を止めた朝美には、朝の日射しが眩しい。
昨日の夜も遅くまで、結婚式のプランを立てていたからだ。
「朝美?遅刻するわよ?」
隣の部屋から、朝美の姉・優美が叫んでいる。
「いけない!」
朝美は、急いで布団から出た。
鏡を見ると、寝ぐせがひどい。
「あーあ。今日もブロー大変だわ。」
朝美は、手串でサッと髪をとかすと、自分の部屋を出た。
「朝ご飯、できたよ。」
「いつもありがとう、お姉ちゃん。」
パジャマのまま、椅子に座る朝美。
「いっただっきま~す。う~ん。お姉ちゃんの卵焼きは、いつ食べても美味しい!」
優美の作った卵焼きを食べた朝美は、目を細めている。
「そういう朝美は、いつも調子いいんだから~」
4人兄妹の真ん中の姉妹、優美と朝美。
歳も26歳と25歳で、一つ違い。
だから姉妹というより、親友のような感覚だった。
田舎よりも街中で暮らしたかった優美に、朝美がついてくる形で、仙台の街中に、仲良く二人暮らしをしていた。
「ねえ、ところでさ。お兄ちゃんのところ、子供いつ産まれるんだっけ?」
優美と朝美の兄は、地元の石巻にいた。
「夏あたりだと思ってたけどな。」
優美はそう言いつつ、携帯を取り出した。
「やめなよ。お兄ちゃんだって、今の時間忙しいんじゃない?」
「少し聞くだけよ。」
優美は兄の健吾に、電話をかけた。
『おう!おはよう、優美。どうした?』
「うん、ちょっと気になってさ~。お兄ちゃんのとこ、子供産まれるのって、夏あたりだっけ?」
『ああ、そうだな。夏の初めだと思うけどな。』
「そうか~。ありがとね~お兄ちゃん。」
『ああ。』
今でも地元で両親と一緒に暮らす、兄の健吾。
兄がいてくれるから、自分達はこうして、好き勝手な生活ができる。
「やっぱ、夏だって。」
「へえ~。もう男の子か女の子か、わかってるのかな。」
初めての甥っ子か姪っ子の誕生に、優美も朝美も待ち遠しくて、仕方がなかった。
「じゃあ、行ってきま~す。」
「うん。」
市役所勤務の朝美は、姉の優美が作ってくれたお弁当を片手に、家を出た。
公務員と言えば、偉そうに聞こえるが、姉の優美が家の事をしてくれなければ、仕事どころか、デートだって、友達を遊ぶ事だってままならない。
本当にお姉様さまだ。
「そうだ。ウェディングドレス、純一は気に入ってくれるかな。」
この前、近くにある式場で試着したドレス。
携帯で何枚か撮ってもらい、婚約者の純一にメールで送っていた。
「お昼休みに、電話してみよ~。」
一歳年下の純一と付き合って、三年。
朝美は、自分の結婚式も待ち遠しくてたまらなかった。
一方、駅から10分程のビルで、優美はOLとして働いていた。
「おはよう。」
「おはようございます、木村さん。」
入社して4年。
後輩もできて、仕事も順調だった。
同じ歳の彼氏、大樹(タイキ)とはまだ付き合って一年ちょっと。
朝美のように、結婚の話はまだ出ていなかった。
「まあ、もう少し仕事もバリバリやってみたいしね~。」
朝美の結婚を羨ましいと思いつつも、今の生活を満喫したい気持ちもあった。
「木村さん。この前頼まれていた書類、チェックして頂けますか?」
「はい。」
役職はなかったが、大事な仕事も任され、仕事にやりがいを感じていたのも、確かだった。
その日のお昼過ぎ。
少し遅い昼食を摂った優美は、午後の仕事に向けて、パソコンに向かった。
「瞳ちゃんは?」
「お昼に出たと思いますよ?」
「そう…」
後輩に頼まれていた書類のチェック。
午前中になんとか終わらせて、『OKだったよ。』と渡すだけにしてあった。
「今、何時だろう…」
朝美は時計を見た。
「2時過ぎか…」
もう一度、書類を目を落とした時だった。
ガタッガタッ ガタッガタッ
床が揺れた。
「なに?地震?」
周りにいる同僚達と、視線を合わせた。
宮城は地震が多い場所。
宮城県地震も、そろそろくるだろうと、皆予測はしていた。
でも30年前の宮城県沖地震と同じような大地震は、まだ起きてなかった。
まさかこれが?
そう思った時だ。
突然、下から持ちあげられるような、大きな揺れを感じた。
「キャーーーーー!!!」
周りから悲鳴が飛び交う。
「早く!机の下に隠れて!!!」
優美は叫ぶ後輩達を、次から次へと机の下へ押し込んだ。
優美自身も、机の下へと潜り込む。
「いやああああ!!」
落ちる文房具達。
パソコンですら、机の上でとび跳ねている。
「助けてええええ~~~!!」
激しい揺れに、泣き出す子もいる。
「大丈夫だから!しっかり、机の足に捕まってて!!」
そういう優美自身も、柱につかまっている事だけで限界だ。
数分後、ただしがみついているしかない時間は、一応終わった。
「皆さん!今から非難します!早く、建物の外に出ましょう!」
上司からの命令に、誰もが机の下から、身体を乗り出した。
「怖かった~~。」
友達同士、身を寄せる人。
「どこに避難するの?」
事の大きさを、まだ把握していない人。
まだボーっと、恐怖に囚われている人。
様々だった。
「荷物は持って出てください!!」
荷物を持って……
その上司の言葉に、優美はふと思った。
やはり この地震はただ事ではなかったのだと……
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