空に生きる者
月夜桜
第1話 不吉な兆候
彼女は、孤独だ。
彼女は、何時も独りで飛んでいる。
ピッ、ピッという機械音が彼女の意識をHUDに向けさせる。
そこには【WHAT HAPPENED? CHEETAH. (チーター、どうしたの?)】と表示されている。
「ん。Nothing. But, we don't have a job recently. And I'm happy to flying with you. (何でもない。ただ、最近、仕事が少ないなって。あと、貴女と飛べて嬉しい)」
直ぐに返事が返ってくる。
【WELL, SURELY, WE DON'T HAVE A JOB. SOMETIMES, UNF HQ SEND THE SORTIE ORDER TO US, BUT …… IT WAS NOT ACTUALLY ORDER. (うーん、確かに、最近は仕事が少ないわね。時々、国連軍本部が出撃命令を送ってくるけど……曖昧な命令だったしね)】
彼女は
そんな彼女と会話しているのは、彼女の機体に搭載された戦闘AI春風だ。
「ねぇ、Why are you communicating with me only by text? (なんでテキストだけで会話するのよ)」
「If you want me to talk with voice, I will do that. (音声で話して欲しかったら話すけど?)」
「あと、なんでずっと英語なのよ。私、母国語は日本語なんですけど?」
「分かったわよ。これでいい?」
「ん。それでいい」
すると、春風がこう言う。
「んー、そろそろ燃料がやばいかも。近くの空中給油機にクリアランス出した方がいいと思うわ」
「了解。近くのは……国連の空中給油機か。丁度いい。Refuel Aircraft, this is REAPER1 belongs of United Nations. Position is your 9 o'clock 30 nm. Request refuel. (空中給油機へ、こちらは国連軍所属のリーパー1。現在地、貴機より見て9時の方向30マイル。空中給油を要請する)」
『REAPER1, this is WHALE23, a refuel aircraft. Your request copied. Squawk 6000 ident. (リーパー1、こちらは空中給油機ホエール23。了解した。識別コードを6000に合わせ送信せよ)』
「春」
「Copied. Set 6000 ident. (了解。6000に設定)」
「Now ident. REAPER1. (送信した)」
少しの間、無言が続き、こう返ってくる。
『REAPER1, Radar contact. Our heading 232, speed 270, altitude 18,000. Wind 332 at 57. (リーパー1、レーダーで捕捉した。飛行方位232°、対気指示速度270ノット、高度18,000フィート。風は332°から57ノットで吹いている)』
「Wilco. (了解)」
雪華は情報通りに操作をし、空中給油機から伸びているノズルコーン型の燃料パイプへ徐々に近付いて行く。
「ノズルコーンか……。普通に向こうで操作してもらう方がこっちの手間が省けていいんだけどな。……よし、WHALE23, just docking. (接続した)」
『Refueling. (給油中)』
雪華は春風に操縦を任せてぐでっと座席にもたれ掛かる。
「どうしたの? 疲れた?」
「……ちょっとね。そろそろ地上に戻るべきかなって」
「そうね……1回、整備の為にも戻った方がいいかもね。この子、大分とエンジンが消耗してるわよ」
「だよね。……と、満タンか。Refuel completed. Thank you for your cooperation. Please send the invoice to the HYPER WINGS' accounting department. (給油完了。協力ありがとうございます。請求書はハイパーウィングス社の経理部に送り付けておいてください)」
『Wilco. Good luck. (了解。御武運を)』
「Thanks. (ありがとう)」
と、伝えてから速度を少しだけ落とし、パイプが安全なところまで離れたところで逆さまになり、スプリットSと呼ばれる機動で離脱した。
☆★☆★☆
国連軍本部に臨時で建設された滑走路へ向けて飛行していると、突然、ビープ音が鳴り響く。
雪華は反射的に回避機動に移り、顔をあちこちに向けてミサイルを探す。
「CHEETAH, Radar marge. 3 o'clock. Two missiles inbound. ECM start. (チーター、レーダーに捕捉。3時の方向。2発のミサイルが接近。電子妨害開始)」
「Wilco. (了解) IFFは……」
そうしてレーダーの表示を確認する。
「……アンノウン。てことは国連非参加の所属不明機か。
雪華はミサイルを見つけ、それから逃れるようにチャフとフレアを撒く。
「普通に攻撃されたけど、警告の義務はあるよね。んっん。あー、あー、Warning to Unknown Aircraft. This is fighter aircraft belongs of United Nations. Disclose your purpose and affiliation. (彼我不明機へ警告する。こちらは国連軍所属の戦闘機である。直ちに所属と目的を開示せよ)」
少しだけ返答を待ち「ま、返ってくるわけないよね」と言うとMaster ARMと書かれたスイッチをオンにする。
「
淡々とそう告げる彼女は、何処か悲しそうな顔をしていた。
「Fighter AI Harukaze System, shoot down order. Shoot down that Aircraft. You have a priority fire control. (戦闘AI春風システム、撃墜命令。当該機を撃墜せよ。優先火器管制権を委譲)」
【ACCEPTED. (受領)】
HUDにその1文字だけが表示される。
次の瞬間、
暫く直線に飛翔し続けると、突然、敵機の方向に指向し始める。
Lock On After Launch──LOALと呼ばれる、射程外からミサイルを撃ち込み、ミサイルに搭載されている短距離探知レーダーの射程内に入った瞬間に目標へと精密な飛翔を始めるという、射程に於ける彼我の戦力差が不明若しくはこちらが不利と思われる場合に使われる技術である。
この方式で発射されたミサイルはRWR──レーダー照準警報器に探知されにくく、された場合でも気が付いた時には、ミサイルがすぐそこに迫っているという強みもある。
ミサイルの軌跡を追っていくと、その先で爆発が起き、レーダーから敵を示すブリップが消失していた。
「……ったく、なんなのよ。春風、
【WILCO. (了解)】
インカムからプチッという、回線が切り替わった音がする。
「HQ, HQ, HQ. CHARLIE HOTEL TANGO. (本部、本部、本部。CHT)」
と、普通と人が聞くと意味の分からない言葉を告げる。
『おお、チーターか。久しぶりだな。どうした?』
と、初老の男性の声が雑音混じりに聞こえてきた。
「お父様、先程空賊と交戦し、撃墜しました。衛星回線で既に交戦座標は送ってあるので
『了解だ。……国連軍の国際海上救難団に出撃要請をした。それで、帰りはいつ頃になりそうだ? さっき、えげつない料金の燃料代の請求書が届いたんだが……』
「ああ、それ? お父様のポケットマネーから払っといて。私の無意味な一人旅に会社のお金を使う訳にはいかないから。あと、帰りだけど、スーパークルーズを使ってるから……12時間もあれば帰れると思う」
無線の向こう側から『……うぅ……また財布から金が……』などと聞こえるが気にしない。
「お父様、衛星回線の使用料の請求書、またそちらに送っておきますね!」
と、相手には見えていないが、とっておきの笑顔で言い放ってから無線を切った。
悪魔だ……悪魔がここにいるわよ!! と思ったAIであった。
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