14 真希ちゃんは、どこに。

 そこですみちゃんとこのはちゃんはやっとわかったみたいだ。

「どこかで見たことあるって思ったら、そういうこと……」

「ええ、真希さんとお友達なんですか? みんなで遊ぶときはすみも呼んでくださいね! アニメ『あかりの、その先へ』のセリフ、聞きたいです!!」

「すみちゃんはちょっと黙って」

 興奮しているすみちゃんは「はい……」とうなだれる。

 夢佳先輩はスマホで必死に何かを検索している。

 真希ちゃんが、死んでなくて、しかも、芸能人!?……嘘でしょ……?

 陸先輩がスマホ片手にすみちゃんに尋ねる。

「真希、SNSやってる?」

「あ、いえ、やってないです」

 私は流れ続けている動画に目を向ける。

『えー、基本情報をおさらいしたところで! ご登場していただきましょう! 天野真希さん、天野悠希さんです!』

 画面が切り替わって二人がアップで映し出される。

 悠希くん、背が高くなって、もっとかっこよくなってる……。

 とくん、と胸がときめく。

 あの時の面影も、残ってる。

 けれども、同時に胸が痛む。

 間違いないよ……、これ、絶対真希ちゃんと、悠希くんだよ。

 でも、なんで。

 二人とも、声優とか、アニメとかの話、一度もしてなかったのに……?

 なぜだか許せないような気持ちになる。

 隠しきれなかった気持ちがあふれかえる。

 なんで、何も言ってくれなかったの。

 声優になろうとしていたこと。

 住所だって。

 なんだって、教えてくれなかった……。

『はじめまして、天野真希です』

『天野悠希です』

『二人は中学生の時に養成所に入って、最初の所属オーディションで所属したってことだけど、小学生の時から声優に興味があったの?』

『はい! もともと親がアニメが好きで、一緒に見ていて。その当時見ていたアニメの主役だった同じ事務所のまいかさんにあこがれてずっとなりたいって思ってました』

 アニメが好きだったの……?

 私、そんな真希ちゃん、知らない。

 ……私、真希ちゃんのこと、何も知らなかった……。

「須藤」

 陸先輩が話しかける。

「お前、二人からアニメの話を聞いたことあったか」

「ないです」

 私は首を振る。

「この声も。やっぱり、真希だよな」

「私も、そう思います」

「じゃあ、転校したのは声優になるため……? 思い出せない。真希、将来声優になりたいなんて、言ってたか?」

 するり、と自然に口からこぼれた。

「私、真希ちゃんは書道家になるんだと思ってました」

 そうだ、私はずっと。

 真希ちゃんは天才だと思っていた。

 真希ちゃんは、書道以外の道はないと思っていた。

 でも、それは。

 私は、真希ちゃんのことは、書道しか、知らないからで……。

「なんでだ……? なんで、何も言わなかったんだ……!」

 陸先輩はこぶしに力を入れる。

 幼馴染で、私よりたくさんあっていた陸先輩すらも、何も知らなそうな様子で。

 少しだけ救われたような気はしたけど、でも、真希ちゃんは、私たちを信頼してなかったってこと……?

 真希ちゃんの気持ちを話せるほどの友達じゃなかったの……?

 悠希くんも、だよ。

 私に好きだって、勝手に言ったのに次の日にはいなくなっちゃって、私の返事も聞かないで……!

 好きだけど、そういうことは言えなかったの? どうして?

 私の記憶にいる、優しい二人は、もうそこにはいない。

 突然夢佳先輩は悲鳴のような声を上げる。

「嘘、次のイベントがアニメのイベントしかないの!? じゃあ、会えるのは最速で四か月後!? 嘘でしょ……」

 その時すみちゃんがぴょこん、と背筋を伸ばす。

「違います! 次会えるのは約一か月後のリリイベです」

「リリイベ?」

 すみちゃんは早口でまくし立てる。

「はい、真希さんはデビュー一年後から歌手デビューもはたしていて、ウィークリーでオリコンのランキングが一けたになるくらい人気なんですよ! あ、そうそう、グループでの活動もあるんですけどね、そっちはまだ始まったばかりでまだライブはやったことがないんですよね。でも歌手のほうはもうツアーもやったことがあるくらい本当に人気で——」

 真希ちゃんは本当にもう手の届かない場所にいるんだ。

 あの時は、すぐそこに真希ちゃんがいて。

 話すことができて。

 この前まで、私の心には真希ちゃんがずっといた。

 優しく微笑んでくれていた。

「あー、すみちゃん、話それまくり! それで、まーちゃんにはいつ会えるの!?」

 夢佳先輩はすみちゃんの肩に手を置いて質問する。

「運が良くて一か月後です。明日発売されるCDにリリイベ申し込み券が付いているので、それに当たれば会えますね」

 夢佳先輩はげ、と顔をしかめる。

「……すみちゃん、それって結構難しくない?」

「そうなんですよ、すみはCD出るごとに買っているんですけど、一度も当たった試しがありません」

「すみちゃん、どれくらい買ってんの」

「お恥ずかしながらあまり買えていないんですよね」

「そりゃそうだよ、すみちゃんはバイトできてなかったんだし。お年玉で買っても——」

「一回につき三十枚ほどしか……」

「いや、それ結構買ってるよね!?」

「そうでしょうか?」

 とすみちゃんは不思議そうな顔。

「三十枚買うといっても、一枚以外は初回生産限定版じゃないので、大した出費にはならないはずですが……」

「結構すごいよ……。でも三十枚買って当たらないとなると、相当だね」

「はい、招待されるのは二十名ほどですから……。あ、あともう一つありました!」

「なに!?」

 夢佳先輩は期待を込めた目をして、すみちゃんのほうに身を乗り出す。

「ファンクラブがあるんですけど、そっちにも入ってる人は、CDを購入すると握手会にも応募できるんです!」

「声優って、もはやアイドルだよね……」

 と、このはちゃんがボソッと一言。

「このはさんっ! 声優アイドルって言葉、知らないんですか!?」

「はいはい、すみちゃんそっちはいいから私の質問に答えてね」

 夢佳先輩は有無を言わせぬ声で話を進める。

「応募ってことは——」

 ははは、とすみちゃんは苦笑い。

「握手会も抽選ですね……」

「あー、もうどうすればいいのよっ!」

 夢佳先輩はスマホを思いっきり投げる。

 陸先輩がそのスマホを器用にキャッチして夢佳先輩の手元に置く。

「夢佳先輩は、真希さんのこと、嫌いなんじゃなかったんですか?」

「そりゃ嫌いよ、大っ嫌い。だけどね、私たちはまーちゃんに振り回されてばっかりなの。もう、陸がまーちゃんに振り回されるの見たくないの。陸にまーちゃんのこと以外で望む人生を歩んでほしいの!」

 一息で話し終わると夢佳先輩は小さく息を吐く。

 振り回されてばっか。

 私はハハと自嘲気味に笑う。

 確かにそうかもしれない。

 あの展覧会に行って真希ちゃんたちに会わなければ書道を好きになってなかった。

 すみちゃんにに負けて悲しい思いだってしなかった。

 書道部にも入らなかったし、夢佳先輩からあんな仕打ちを受けなくてもよかった。

 しかもあれは真希ちゃんのせいなんだよ。

 真希ちゃんが、すごい人だから。

 何でもできちゃう人だったから。

 夢佳先輩はあんなふうになっちゃって。

 陸先輩は、さっきにいらだちが嘘だったかのように静かに口を開く。

「夢佳、俺のことを考えてくれてありがとう。でも、これは俺の人生だから。真希と会ったのも、俺の運命。俺は、真希しか見れない」

 陸先輩は、真希ちゃんが何も話してくれなかったのに、まだそう思えるの?

 私は……無理だよ。

 あんな、裏切りみたいなことをされちゃ、もう、会えない……。

 全部話してなかったんだよ。

 真希ちゃんたちは私たちともう一生関わらないつもりで何も話さなかったってことでしょ?

 会いに行くなんて、できない……。

「——っ、わかってるわよ! でも……」

「今、真希がもう俺の手の届かないようなところにいるのがわかった。けど、俺はあきらめない。だって、生きている限り、会えるから。死んでないことがわかったから。なら、今はなんだってできるよ」

「陸——」

 夢佳先輩はクッションを手に取り、ベッドにあおむけになる。

「あの、ちょっと気になった、というかよくわからないことがあるんだけど……」

「どうしたんですか、このはさん」

「えっと……誰が、真希さんが死んだって言ったの?」

「……まーちゃんの、お母さん……」

「お母さんが? な、なんで」

「私も、それは全然わからないの」

 そうだった……。

 なんでお母さんが死んだなんて言ったの。

 余計、意味わからない……。

「ちょっと、私電話してみる」

 夢佳先輩は立ち上がって電話をかける。

 スピーカーフォンにする。

 でも、全然つながらない。

「どういうつもりなのよ、まーちゃんのお母さんは!」

 またスマホを投げそうになって慌てて夢佳先輩をおさえる。

「何か、連絡を取れる手段は、ないわけ……?」

 陸先輩が、はっとひらめいたように夢佳先輩を見る。

「一つ、あるじゃないか」

「なに?」

「——手紙だよ」

 私は思わず、ゴクリ、と息をのんだ。









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