幼馴染が人気声優になって活躍してました。

山吹ゆずき

1 出会い、そして始まり

「うわあぁ」


 私は書道の作品を見て驚く。とてもなめらかで大胆でそれでいて優しい。


「すごい、すごいよ」


 書道の作品は今まで見たことはなかったけれど、一目で吸い込まれた。


「ありがとう」


 突然誰かに話しかけられた。同い年くらいの、女の子。


「あなたは、だれ?」


 その子はくすっと笑って優しい瞳を私に向ける。


「私の作品なの、これ」


 その子が指をさす先にさっきの作品があったものだから、驚いてしまった。


 同い年くらいの女の子が、こんな作品をかけちゃうの!?


「ええええ!」


 尻もちをついてしまうと、「驚きすぎだって」と、その子は微笑んで手を差し伸べてくれた。私はその手を受け取り、立ち上がる。


「あなたの名前は?」


 私は質問する。


真希まき。あなたは?」


梨々花りりか! よろしくね」


「梨々花ちゃん」


 私は名前で呼んでもらえたことがうれしくてへへへ、とにやついてしまう。


「梨々花ちゃんも書道教室、入るでしょ?」


「へ?」


 私、変な声出しちゃったよ! 胸の前で大きく手を振る。


「む、無理無理無理!」


 真希ちゃんは不思議そうな顔をする。


「大丈夫だって。上手になりたい気持ちがあれば、問題ないのよ」


 それでもまだ、うん、なんて言えないよぉ。


 私、字は男の子と間違えられるくらい下手だし……。


 突然横から声がする。


「お前、俺の作品見たのか」


 だ、誰この子!?


 いきなり怖い目でにらまれた……!


 真希ちゃんはくすっと笑って私を見る。


「私の弟。梨々花ちゃん、もしよかったら弟の作品も見てみてよ」


 なんだ、弟さんか。


 私はこわばってた肩の力を抜いてついて来い、というその子の後をついていく。


「これだ」


 作品を見て私は固まった。


 な、なにこれ!?


 これが書道の作品!?


 私、気が付いたら笑ってた。


 なんか自信ありそうだったから真希ちゃんと同じくらいうまいのかなあって思ってたけど……っ。ふふ、笑いが止まらない。


「お前、笑うなよ」


 ひえ、またにらまれた!


 と思ったら急に唇の端を上げた。


「お前、俺の作品見て笑ったんだから腕は相当なものなんだろうな」


 大きく首を振る。


 か、かけませんんんん!


 ごめんなさいいいいい!


 私の肩に手が置かれる。


「梨々花ちゃん、こんなにうまくない人でも書道はやっていいんだよ。もしやりたいって思えるんだったら一緒にやろうよ」


 その男の子はうまくないって言われて怒ってる。


 私、ちょっと怖いけど。


 でも真希ちゃんと同じくらいきれいな字を書いてみたい。


 書道、やってみたい。


 真希ちゃんは柔らかく微笑んだ。


「私も、書道やる!」


「あっ、梨々花いたー!」


 背後から声がして振り返ると少し怒っているような女の子が一人。


「もー、探したんだからね!」


「えへへ、ごめん」


 実は私、同じクラスのまいかちゃんと一緒に公園で遊んでたんだ。


 だけどトイレ行こうとしたら書道展の張り紙を見つけて、なんだかわからないけれど、吸い寄せられたように入って行っちゃったんだよね。


 まいかちゃんの怒っている姿を見て私はちょっと、反省した。


「えへへ、じゃないよ! あたし、梨々花においてかれたって……、すごく、こわかったんだから」


 彼女はうるんだ瞳を見せる。


 まいかちゃんに泣いてほしくなくて私は慌てて後ろの二人を紹介する。


「あのね! 私、書道やることにしたんだ! それでね、こっちは真希ちゃんっていって、こっちの男の子は……、」


 あ、私、この子の名前、聞いてなかった。


 だ、だけど、聞くの、ちょっとこわい、かも……。


 そう思ったけど、その男の子は自分から名乗ってくれた。


「俺は悠希」


 まいかちゃんは目をぱちぱちさせて……、にっこり笑った!


 よかった、これで私、一安心だよ。


「あたしはまいかっていうの。よろしくね」


「そうだ、まいかちゃんも書道、やる?」


 私、まいかちゃんと一緒にやりたい!


 まいかちゃんは目を輝かせて、やるって言ってくれる……、と思った。


 まいかちゃんは一瞬キラキラとした瞳を見せてくれたけれど、それは本当に一瞬で。


「ごめん、あたしはできない、かな……。あ、梨々花、もう行かないとだよ! お母さんたちが呼んでるかも!」


「え? お母さんは今日仕事でいないはず――」


「ほら、帰るよ!」


 私は無理やりまいかちゃんに引っ張られた。


 慌てて後ろを振り返って二人に手を振る。


 どうしたの?


 今日は二人で遊んでいたのに。


「まいかちゃん?」


「あのね」


 まいかちゃんは急に真剣な目をして私を見つめる。


「あたし、転校するの」


「て、てんこう!?」


 うん、と頷いて悲しい笑顔を見せる。


「今まで言えなくてごめんね」


 目から涙があふれてくる。


「まいかちゃん、いなくなっちゃうの?」


「うん。……あたし、夢があるから」


「ゆ、め?」


 おうむ返しに答える。


 ゆめって……。


 私はケーキ屋さんになりたいとか、お花屋さんになりたいって思っていたけど。


 まいかちゃんは、なんの夢を持っているの?


 転校しなくちゃダメなの?


「あたし、声優になるの」


 声優。


 幼いころの私にはそれが何の仕事だか分からなかった。


 初めて聞いた言葉に私はぽかんとする。


 けれど、まいかちゃんの真剣さだけは理解して……、私は頷いた。


「私、応援しているよ」


 泣くのをやめて、私なりに頑張ってその言葉を見つけて、声にした。


 よくわかっていなかった。


 だからこそ、私の心に『せいゆう』という四文字が刻み込まれた。



 小学一年生の冬のことだった。


 もうすぐ春になろうとしていた。


 まいかちゃんのことは、あまりよく覚えていない――。












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