第50話 火が、たくさんで。
お客さんはすでにパニック状態だ。
たくさんの人が狭い出入り口に集まってる。
「うろたえるな!」
ジュリアさんがマーグを見つめたまま叫んだ。
「敵の首領は目の前だ。こいつを捕らえるのが先だ!」
ざわめきだしていた守備隊の人たちが、ジュリアさんの声で身を固くする。
「わかってないねえ」
マーグが、左手に握ったネックレスを口元に当てた。
「次いくぞ。中にかませ!」
闘技場に、その声が響き渡る。一拍置いて、また客席から魔法の火球が飛ばされた。
一発だけじゃなく、あちこちから何発も。
でも、それは客席では爆発せず、ゆっくりと上へ飛んでいく。
そしてそれは、だんだんとこっちへ近づいてきて。
≪まずい、伏せろ!≫
王様の声で火球の狙いが分かった。
あれ全部、ここに落ちてくる!
「上から落ちてくる、みんな伏せて!」
私は叫んでからとっさに床に伏せた。
一発目の火の玉が、私たちが組む円陣の真ん中に落ちた。
間近での爆発に思わず耳を手で押さえたところで、私の背中に重い一発が落ちた。爆発の衝撃が、背骨から腰を通って足まで届く。痛いと感じる前に、首にもう一発。
私の上以外でも、何度も爆発が起きていて、耳がおかしくなりそう。
「こういう闘技場で、中にいる奴が好き勝手暴れたらどうなるか。答えは簡単、壁の上から射撃の的ってわけだ」
爆発が収まり、巻き上がる火の粉と黒煙が晴れない中でマーグの声だけ聞こえる。
回りは、まだよく見えない。
けど、少なくとも私たちの側にいた兵士さんたちはみんな床に倒されていた。
肌の部分が真っ赤に火傷しているのが見える。
「不覚を取った……」
前のほうから、ジュリアさんの苦しそうな声がした。
「ジュリアさん、大丈夫?」
「まさか自分ごと魔法を撃たせるとは……」
ジュリアさんも火球を受けたみたいで、床に倒れている。
苦しそうな息をしていて、とても動けるようには見えない。
「おーお、きれいに吹っ飛んだな。ま、あれだけの火球の雨だ。死鋼の武具でもなきゃ防ぎようもないか」
マーグの声が聞こえる。
「雑魚どもは片づいたようだが、死鋼の鎧を着てるお前は動けるんだろ?」
うわ、ばれてる。
顔を上げると、煙の間からマーグの顔が見えた。
「死鋼でできた鎧を着たやつが俺たちのアジトのひとつを
右腕の、死鋼の籠手を頭上に掲げた姿で、こっちを見下ろしている。
「この場を荒らすのは、俺が優勝した後だったんだがな」
マーグが、ゆっくりと周囲を眺めた。
「邪魔になりそうな他の選手どもを全滅させてから、正体を明かして場内に兵士を集めて今みたいに吹っ飛ばす。あとは金をかっさらってずらかる予定だった。今の時点でこの場の戦力はゼロになってる予定だったんだ。お前みたいなのが生き残るとは予想外だったよ」
「お頭ーっ、言われたもんは全部揃いやした!」
客席で、誰かがマーグに向かって手を振っている。
「おう。こっちに持ってこい!」
マーグの号令で、客席から何人かが試合場に降りてくる。
こいつらは、お客さんの中に紛れていた盗賊団なんだろう。
旅人っぽく地味なローブとか着てるけど、みんな剣やナイフを握っていて、今はもう隠そうともしない。
そして盗賊団が持ってきたのは、お金だけではなかった。
「金と、ガキを十人。それに、議長も捕まえました」
「上出来だ」
盗賊たちに剣を突きつけられた子供たちと議長さんが、試合場に連れてこられる。
子供たちは泣き声も出せず、怯えた目で身を寄せ合っている。
叩かれたのか、顔が赤く腫れ上がった子もいた。
議長さんは、さらにひどい。火の玉の直撃を受けたらしく下半身が焼けこげていて、両足ともどこかで折れ、足首から先が逆方向を向いていた。
自分で歩くことができない議長さんは、両腕を盗賊につかまれ、文字通り引きずられている。
「議長は一番の人質で金ヅルだ。金と一緒に運ぶぞ。ガキどもは盾代わりだ。一番前に三人、あとは金の回りに並べろ。数匹死んでも構わねえ」
マーグのその言葉で、私は身体を起こした。
「盾って、なんで!」
火の玉を受けた背中が、まだ痛む。
でも、私は槍を床に突き刺し、それに捕まって、なんとか立ち上がった。
「あん?」
再びマーグが私の方を向く。
「闘技場の外にはまだ守備兵もいるからな。ガキは運びやすいし、追っ手の攻撃も少しは緩む」
当たり前だろうという顔で、マーグは鼻で笑った。
「死鋼でできた全身鎧なんて着てる命知らずなのに、そんなぬるい事を言うとはな。わからねえヤツだ」
「馬鹿なこと言ってないで、その子たちを放して!」
反射的に、私は大声を出した。
≪おい、クロウ。落ち着け≫
王様の声は聞こえる。けど、落ち着いてなんていられない。
「その調子なら、お前には人質が通用しそうだな」
ため息をついたマーグは、私の方を見たまま子供たちのほうへ手を伸ばす。
「俺たちの邪魔はするな。そこで、大人しくしてもらおうか」
マーグは左腕で子供のえり首をつかみ、自分の胸の前へ吊し上げた。
「やめてよ……」
≪いいから、その人質の顔をよく見てみろ≫
「顔……、って。あら?」
あいつが捕まえている子供は。
≪やっぱり、気づいてなかったか≫
きれいな青い髪と瞳をした、ちょっと大きい服を着ている女の子。
「ウェナ!」
彼女は何も言わずに一度だけうなずいた。
≪あいつは客席の警備だっただろ。警備兵の鎧を脱いで子供になりすまして、わざと捕まったんだよ。俺たちに近づくために。連れてこられたときには一番前に出てたぞ≫
カッとなって、本当に見えてなかった。我ながら恥ずかしいやら情けないやら……。
でも、これならなんとかなるかも!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます