第32話 まずは外の巡回です。

「警備は初めてって言ってたね?」


 警備兵用の槍を肩に乗せて先を歩く灰色毛の猫おじさんが、私たちのほうを見た。


「はい、そうなんです」

「なあに、難しいことはない。ここの巡回は基本的にこうして複数人で闘技場の周りを歩いて、なにか問題ないか見て回るだけだよ」


 猫おじさんが気軽に言ったのを聞いて、同じように槍を持ったウェナが早足で前に出る。


「問題というのは、例えば、どんなものが?」

「まず、闘技場の周囲での露店や大道芸、物乞い行為は禁止されてる。それらと誤解されるようなこともダメだ。そういうことをやってるヤツがいたら口頭で注意する。聞いてくれて引き上げればそれでよし。ここじゃないところでやりたいって言うなら、役所に行くよう言ってやってくれ」

「もし、言うことを、聞かなければ?」

「いったん通用口のところに戻って、他の警備兵に声をかけるんだ。人数を集めて強制的に退去させる。自分たちだけで解決しようとしたらダメだぞ。暴れたりするのもいるからな」

「なるほど」

「闘技場の近くでケンカをやってるのを見つけたときも同じだな。相手が弱そうに見えても、必ず応援を呼ぶんだ」


 横にいた黒ぶちの猫おじさんが補足する。


「ケンカの片方が一方的にやられてたりとかで、すぐに首を突っ込まないとまずそうな場合は、一人が止めに入って時間を稼ぎ、その間にもう一人が急いで詰め所に走って助けを呼ぶ。そういう事態を考えて、最低でも常に二人以上で行動するんだ」

「うわあ。わかりました」

「お前さんの鎧と槍がすごそうなのは見てわかるが、それに頼って一人で突っ込んでいったらダメだぞ?」

「はい」


 猫おじさんたちの声のトーンから本気さが伝わってきて、だんだん怖くなってしまう。


 一人で突っ込むなんて、そんなこと、しません。

 できる気がしません。

 私の鎧と槍はすごくても、中身がともなっていないのです。


「他には、迷子とか道に迷ってる人がいたら、闘技場の正面入り口にある案内所を案内すればいい。場所を教えるだけでもいいし、連れて行ってもいい。ケガ人や具合を悪くした人とかも案内所へだね。案内所の人が救護室まで運んでくれる。ただ、そのときも複数人行動を忘れてはいけない。一人が案内して一人が巡回を続けるというのは無しだ。一人になったときに、ケンカに巻き込まれないとは限らないからね」

「気を付けます。でも、ケンカってそんなに多いんですか?」

「そこまででもないよ。闘技大会が始まったら少しは増えるが、多くはない」

「そうなんですか?」

「待った」


 黒ぶちの猫おじさんが片手をあげて会話を止め、その後に闘技場の壁際を指さす。

 そっちを見ると、ローブを着た旅人風の人が足元の石畳に布を広げ、その上に小さいビンを並べようとしていた。


「こんな朝から珍しいな」

「おそらく素人のこづかい稼ぎだろう」


 猫おじさんたちが視線を合わせてうなずくと、私たちの前に出た。


「早速だが、問題ってやつの実例を見せられそうだ。注意しに行くから、ついてきてくれ。あいつに話すのは俺たちでやるから、後ろで黙って立っていればいい」

「あ、はい、わかりました」


 そう言うと、猫おじさんたちは早足でその人に近づいていった。私も慌てて後を追う。

 いきなりだなあ。


「おーい、そこの兄さん」

「ん?」

「ここで物を広げるのはダメだよ」

「ええ? なんでだよ」

「そう決められているからだ。そこの看板にも書いてあるだろう」

「そんなこと言われ……」


 注意されていた男の人は何か言おうとしてたけど、こっちを見て動きを止めた。

 なんか、びっくりした顔で私のことを頭から足元まで見てる。


「周りを見てみなよ。兄さんみたいに、ここで店を広げようってやつは誰もいないだろう?」

「う、あ、いやその……」


 灰色毛の猫おじさんが説得してる後ろで、黒ぶちの猫おじさんが私に小声でささやいた。


「あいつ、お前さんを見てビビってる。そのまま黙って立っててくれ」


 おおう、そんなに怖いのか、この鎧。

 男の人は落ち着かない様子で猫おじさんと私を交互にチラチラ見てる。


 なんだか気まずくなって、私は視線を男の人が広げてたもののほうに向けた。

 小さなガラスビンに入っているのは、黒くて丸いつぶつぶや、細かくつぶされた青緑色の葉っぱ、白い粉。

 他に、同じくらいの大きさをした陶器製のビンもある。


 あ、男の人がビンを片づけはじめた。


「そうそう。この街で商売したきゃ、役所に行ってくれ。あそこなら露店に向いた広場も紹介してくれるから」

「ああ、わかったよ。悪かったな」


 すべてのビンを手持ちの木箱にしまった男の人は、うつむいたまま役所のほうへ歩いて行った。

 その後姿を見送りながら、猫おじさんたちがため息をつく。

 私もつられて息を吐いたら、おじさんたちが笑った。


「最初はごねられそうだったが、うまくいったよ。あんたの鎧のおかげだろうな」

「うーん、あんまり嬉しくない……」

「まあ、ことを荒立てずに済んだんだ。よかったよかった」


 猫おじさんたちが、何事もなかったように歩き出す。


「さあ、巡回の続きだ。話もいいが、歩きながらだぞ」


 そんな調子で、私たち四人は闘技場の周りの巡回を続けた。


「あの男の人が売ろうとしていたのは、何だったんでしょうね」

「匂いはコショウとハーブだった。おそらく他のも全部、香辛料だろう。あれは少量でも売れるからな。商人でなくとも、長旅をする旅人はよく持ち歩いてる」

「へえ、そうなんですか。他にもそういうものがあるんですか?」

「そうだな、似たようなものだと……」


 その後は目立ったトラブルもなくて、平和なものだった。

 巡回の間に、猫おじさんたちに警備のことやこの街のことなど、いろいろ教えてもらったりする。


 問題があったとしたら、部屋に戻った後に自分の足がパンパンになってたことくらいだろう。

 歩き続けるのもけっこう大変よね……。

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