七ツ森を数えて

イネ

第1話

 全体、七ツ森と言ったって、山の数がすっかり七つというわけじゃない。小さいのや、うしろに隠れているものや、あのヘコんだやつも数えてみれば、ざっと九つはある。

 けれども毎日毎日、九つというのでもない。六つのこともあれば八つのこともある。それは数え方や見る場所によっても変わるのだし、こちら側で誰かが「五つだ」と言えば、向こう側では誰かが「いいや、七つだ」と言い、あるいは同じ人が同じ場所から「昨日は七つあったが今日は六つだね」と言うこともあった。ふもとに長く暮らした婆さんは、なんでも物が二重に見える目をしていたから、七つのとんがりを端から順に数えていって、いつでも「十四森だ」と言い張った。


 数が多ければいいというものでもないが、それでも周辺が霧や雨雲に覆われたりしてぼんやりと三つほどしか見えないときには、人々はやっぱり不安になった。山がなければ町はそのまんま、災害の脅威にさらされる。この地球上で、山ほど頼れるものは他にない。寒さや日照りから田畑を守り、嵐を防ぎ、雨水を吸い、植物を育て、生命を養う。地球から山が消えたら、人間も窒息して死ななきゃならない。山はえらい。


 だからといって山だって、出ずっ張りというわけにはいかない。たまには休みをもらって交代でどこかへ出掛けて行くか、裏の畑で一日中、寝転がっていたいことだってある。当然だ。

 歴代の市長さんは熱心に訪ねて行って、正式な契約ではないにしろ、七ツ森とはよく話し合ってきた。

「三つのときと、十四のときとね、まあ、いろいろあるさ。それでも平均して、まず、七つ、八つは出張ってもらいたいね」

 それから山にへそを曲げられては大変と、すぐに土産物を差し出した。

「そんなことよりさ、おかげさまで今年も、うまいお米が穫れたよ。餅をついてみたんだが、味を見てもらえるだろうか」

 山はよろこんで餅を食い、また明日からも一生懸命に働こうと約束した。すぐそばには圧倒的な岩手山がそびえようとも、自分たちには自分たちなりの役目があると考えていたし、やっぱり「七ツ森」という名前には自負があったのだ。

 まあ、こうして山と人とはそれなりにうまく暮らしていた。


 ところが近年、どうにも七ツ森の数が六つ、五つと、明らかに減っているようだというので、町は調査員を募集した。調査といっても、毎日七ツ森の数を数えて報告するだけの簡単なもので、ただし物が二重に見えるようでは困る、というのでたいがい町の子供らがそれを担うこととなった。

 子供らは毎日、学校の行きと帰りとにめいめい山を数えてメモをとり、定期的に役所へ提出した。その結果、七ツ森はやはり平均して三つしか出張っていないことが市長さんに報告された。だがそれだけではない。何人もの子供らが、山が夜逃げするのを見たというのだった。

 市長さんは顔色を変えた。

「なんて情けない。七ツ森め。私は今までさんざん機嫌をとってきたつもりだぞ。てっぺんには記念碑だって建ててあるのだぞ。畜生め。こうなったら全体、縛り上げてやる」

 

 市長さんはすぐに部下に命じて、住民総出で長い長い縄を作らせた。そうして七ツ森の周囲をぐるりと巻いて、きつく縛り上げてしまった。

「どうだ、これで逃げられまい。七ツ森よ、ふもとには小学校もあるのだぞ、恥ずかしいことをしてはならん。それにもうすぐ、おまえさんの北側には立派な電波塔も建つんじゃないか。西側では市民のためのタワーマンションも増築中だし、それにともなって、東側には総合病院も作らねばならない。焼却場も必要だ。さあ、よく反省して、また昔のように、平均して、まず、七つ、八つは出張ってもらいたいね」


 いったいいつから、自然と人間との利益は対立するものになってしまったのだろうか。山はもう、ウンともスンとも答えなかった。とっくの昔に、心臓をショベルカーで削り取られてしまって、ただの砂の塊になっていたのだ。七ツ森は死んだ。殺された。そのことが、人間には見えていない。


 今ではもう誰も「七ツ森」を数えたりはしない。七つどころか、ひとつもなくなってしまったのだから。

 ただ、ふもとの婆さんだけは違った。婆さんの目はいよいよ物が三重に見えるようになって、かつての七ツ森があった場所に、鉄塔や、病院や、マンションやらの目立った出っ張りを見つけると、端から順に数えていって「今日は二十一森だ」と主張した。

 すぐそばでは岩手山が、無惨に破壊された仲間を思い、心静かに燃えていた。その怒りが、人間にはやはり見えないのだった。


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