第26話 マグナム

 後方の説鬼は額に穴を開けられて転がっている。なので逃げようと思えば逃げられなくもなさそうだ。その僕の視線を感じ取ったのかシオマネキが突っ込んできて鋏を振り回す。東屋の柱の1つにぶち当たったそれは木片をまき散らしながら柱を粉砕した。


 このシオマネキは飛び跳ねていない。従来の説鬼に比べると足も長く普通に走れそうだった。となるとマラソンという選択肢はない。僕はノートパソコンを抱えながら、みゆうさんが乗っていたブランコの周りの囲いまで逃れるとパッドを操作した。


 いつもの小説投稿サイトの画面だが、見慣れないボタンがいくつかある。物体引き寄せという言葉に興味を惹かれて押すとまっさらのウィンドウに縦棒のカーソルが点滅を繰り返している。僕は良く分からないままに思いついたものの描写を始めた。


『それは世界最大の銃器メーカーの最強の拳銃だった。44口径のマグナム弾が6発装填されている。あまりに強い反動のせいで大柄な男が両手で構えても両足で踏ん張らなければひっくり返る恐れがある。しかし、8インチの長い銃身から発射される弾丸はありとあらゆる生物に引導を渡すことができた』


 モニターが強い光を放ったと思うと目の前に黒光りのするスミス・アンド・ウェッソンの29モデルが浮かび上がる。古い映画の中で型破りの刑事が犯人を容赦なく撃ち殺し一躍世に名前を知られた拳銃だった。いつの間にかすぐ近くに来ていた後藤さんの少ししゃがれた声が弾む。

「あんた。いい趣味してるぜ」


 その声に反応して僕の目の前からパッとごつい拳銃の姿が消え、気が付けば後藤さんの手の中に納まっていた。後藤さんは手早くシリンダーをスイングアウトさせて中を確かめる。

「ばっちり全弾装填済みか。こいつはいいね」


 こちらに近づこうとしていたシオマネキに向かって後藤さんは銃を構えて、口の端でぼそりと言った。

楽しませてくれよmake my day

 次いで閃光が走ったと思うと辺りを圧する轟音が響き渡った。ドン。ドン。ドン。


 自らの鋏に身を隠していた怪物がゆっくりと朽木のように倒れる。それを見てもう1体が動き出そうとしたが、再び拳銃が火を噴いた。間隔を開けて3回銃声が響くともう1体の怪物も仲間と同様に地面に倒れ伏す。後藤さんは僕たちの方を見てニヤリと笑った。


「どうして、こいつを思いついた?」

 渋いニヒルな笑みを浮かべた後藤さんの声に僕は我に返る。

「えーっと、まあ、なんていうか、後藤さんに似合いそうだなって」

「いい選択だ。対戦車ミサイルとか出されてもちょっと使い方が分からないからな」


 そんな男同士の会話に割って入るみゆうさん。

「オジサマ。ありがとうございました」

 僕には決して出さないような可愛らしい甘えた声を出す。さらに驚いたことに後藤さんにひしと抱きつきさえした。


 後藤さんは困惑した顔を僕に向ける。申し訳ございません。そんな目で僕を見られても困ります。みゆうさんに触れないように身をよじりながら後藤さんはみゆうさんを諭した。

「お嬢さん。レディは人前でそんなことはしないもんだぜ」


「だって怖かったんですもの」

 肩幅の広いがっちりとした後藤さんのジャケットに顔を埋めながら、みゆうさんは体を細かく震わせた。再び困った顔を後藤さんは僕に向ける。僕が役に立ちそうにないことを見て取るとみゆうさんの肩を押して体を離した。


「それじゃあ、私はこの辺で失礼をするよ。早く戻って坊ちゃんの面倒を見なきゃいけないんでね。おっと、いけねえ」

 後藤さんは手にしたS&Wを僕に向かって投げてよこす。僕が慌ててつかもうとした拳銃は僕の手に触れる寸前に消えた。


 見るからに持ち重りのする拳銃を僕が受け止められたかというと自信はない。きっと突き指をするか、受け損ねて顔に怪我をすることだろう。不思議に思いながらほっとして意識を後藤さんの方に向けるとその姿はなく、みゆうさんが一人悄然と佇んでいるところだった。


 空を見上げると月の色は白い。地上に視線を戻すと壊れたはずの東屋の柱が元に戻っていた。プワンと警笛を鳴らして減速しながら電車が駅のホームへとガタゴトと入線していく音や駅のアナウンスの声が耳に入ってくる。どうやら、今日も無事に切り抜けることができたらしい。


 僕の胸の内から安堵の思いと喜びがじわじわと沸き上がる。今までは僕は為す術もなくひっくり返るか、無様に逃げ回ることしかできなかった。今日は違う。僕の作った文章で化け物を倒す手伝いをすることができたのだ。かっこよく僕が化け物を撃つことができればいいのだろうけど、僕にはとても無理だと思う。1発撃ったらひっくり返りそうだし、下手をしたら自分の足に穴を開けそうだ。


 少しでも役に立てたことが嬉しくて僕は足取りが軽くなる。みゆうさんの側に行くと少し目を潤ませながら陶然としていた。唇の端が少し光っている。

「はあ。いい男だった。最高……」

 僕はみゆうさんを現実に引き戻すためにパンと両手を打ち合わせる。意識が戻ったみゆうさんはたちまちのうちに不機嫌な表情になった。

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