命がかかっているので頼むからラブコメだけは出ないで欲しい

新巻へもん

第1話 死の予言(KAC2020全部乗せ)

「働きたくないでござる」

 僕の口癖だった。つまらない仕事、訳の分からない上司、気分屋でいうことがコロコロ変わる更に上の上司、そして社内力学にだけ長けた経営力ゼロの社長。幸いにして同僚と部下は悪くなかったが、ついに精神の限界がきて仕事を辞めた。


 4年前に新卒で入社した会社で一応は東証一部上場の大企業。経済新聞に記事を書かれることもある。リテール商品を扱っているわけではないので誰もが知ってるわけではないけれど、そこそこ知名度はあった。合コンじゃあまり女の子ウケは良くなかったけど。


 石の上にも3年というので頑張ったが、石の上はやっぱり冷たくて硬いだけ。このまま座り続けたら痔になるのがオチだろう。大変な思いで就職活動をして入った会社だったけれど、合わないものは仕方ない。大学受験も大変だったなあ。人生は4年に一度大きな転機が来るようにできているのかもしれない。


 上司に退職届を叩きつけた瞬間は最高だった。エクスタシーを感じたぐらいだ。ぽかーんとした顔の上司についでに有給休暇の申請書も投げつける。たまりにたまった有給40日も一気に消化。けけけ。


「こんな休暇は認めない! この忙しい時期に勝手にやめられると思うなよ!」

 激高する上司だったが、僕は平気だった。人間切羽詰まったら怖いものはない。

「ところが認められるんですねえ。労働基準法って知ってます?」

 職場はちょっとしたお祭り騒ぎになった。


 退職日は2カ月後なので法律上は俺に対して何も手が出せない。有給休暇の時季変更権も退職予定者には使えない。ビバ労働基準法。ろくでもない会社だがさすがに法務部があり、そこが中に入る形で俺の要求は全部認められた。勝った。俺は勝利に酔いしれる。


「俺は自由だっ!」

 最初の1週間は自由を手に入れた解放感を満喫した。まだ、一応は会社に籍があり2カ月は給料が入ってくる。働かずにお金が貰えるという貴族のような生活は控えめに言って天国だった。


 今まで買っただけだった積みゲーを消化し、好きな時に寝て、好きな時に起きる。新巻へもんというペンネームで書いていた趣味の小説の更新も捗った。まあ、読んでくれる人の数が相変わらず少なかったのは玉に瑕。


 そして、2カ月が過ぎ、晴れてプーになると少しは冷静になってくる。まだ、口座にある程度のまとまった金が残っていたが、今の貴族のような生活を続けるのは無理だった。でも、もう誰かの下で働くのは無理。絶対に嫌。そこで地元にUターンしてほったらかしだった実家を改装して喫茶店を開業する。


 別に大きく儲ける必要はない。全部経費で落とせばいいので、収支がトントンならばそれでいい。これからはスローでサスティナブルな生活だぜ。立地が良かったのか、大繁盛とはいえないまでもそこそこの客が入る。チェーン店が出店するほどではないが、そこそこの隙間的なニーズがあったのだろう。


 あとは美人な女子大生でもバイトに来てくれたらと募集をしたが残念ながらこれはまだ実現してない。窓際に飾ったホウセンカが飛ばした種の掃除をし、開店準備をする。いつもの退屈な日々にちょっとした変化が欲しいと思っていた日々はある日突然終わりを告げる。


 蚤の市で手に入れた古ぼけたラップトップを抱えて歩いていた僕は日没と同時に世界が反転したかのような錯覚にとらわれた。いや、確かにおかしい。空には細い月が上っているのだが、血を塗ったように真っ赤だった。気が付くと周囲に人影が消えている。


 建物の陰が伸びていき千切れるとユラリと浮き上がった。背の高さは子供よりやや高い程度で手足は長く、腹が大きく突き出している。頭部と思しき場所には毛がまばらに生えていた。月と同じような色の二つの点が僕の姿を捕らえる。真っ赤に燃える双眸が光を放つとそいつはニタリと笑った。


 大きな不ぞろいの歯が光り、長いどす黒い舌が露わになる。

「ミツケタ。ミツケタ」

 ぺたりぺたりとそいつは近づいてくる。急な出来事にあっけにとられ動くこともできずにいるとすぐ側までやってきたそいつは片腕をふりあげる。


 手の先は長い爪となっていて湾曲した爪のところどころには黒い染みのようなものがついていた。そいつがさっと手を振るう。とっさに後ろにさがって石か何かにつまずく。後ろに倒れたがかえってそれが良かったのかもしれない。爪は僕の顔があった部分を通り過ぎ、頬に鋭い痛みを感じる。


 上半身を起こしながら熱い頬に触れる。ヌルリとした感触と鉄の匂いが広がった。目の前の襲撃者は自分の爪に舌を伸ばしてレロンと舐め奇声を発する。シャシャシャ。その姿を麻痺した頭で見やりながら、今日の昼に聞いた不吉な予言を思い出した。

「このままだと、今日があなたの命日です」



~~~作者からのお知らせ~~~

この話にKAC2020のお題を全部ぶち込んだのはやってみたかったから。

というのは半分で、ちゃんと今回初めての書下ろしだよ、という証拠です。

どこまで書けるか耐久レース。

見守ってくださいませ。

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