どうしようもない日

夕凪

どうしようもない日

 窓から街宣車を眺めながらコーヒーを飲んでいたら、一日が終わった。勿論街宣車は常にそこにいたわけではないし、ずっとコーヒーを飲んでいたわけでもない。要するに、「ぼーっとしていたら一日が終わった」ということだ。スマホを弄るだけの休日を過ごすよりは窓から道路でも眺めていた方がいくらかマシだろうという謎の思考回路を経てこんな下らない一日を過ごすことになったのだが、5時間ほどの窓際生活の収穫は、「市民の代弁者気取りの街宣車にはサイレンサーを付けたい」というしょうもないダジャレだけに留まった。


 本当にどうしようもない時は人はどうするのだろう、なんて、やたらと漠然としたテーマについて思考を巡らせてみたところで、今の自分がそこまで切羽詰まった状態に置かれているかというと、答えは間違いなくノーだ。「何もすることがない休日を過ごしているフリーター」を見て「ああ、この人は切羽詰まっている!」と思う人は、この街は疎かこの国にもいないだろう。「切羽詰まっている!」なんて変な表現だが。とは言え、実の所僕の人生はかなり切羽詰まっている。高校を卒業してから約5年の間フリーターをしている僕だが、そろそろ人生が心配になってきた。若さだけを武器に振り払ってきた様々な問題が、いよいよ僕に追いつこうとしているのだ。23歳なんてまだまだ赤ちゃんだろうと僕は思うのだが、どうやら大人の世界に足を踏み入れてしまったらしい。足を洗って子供の世界に戻りたいものだが、この世界を抜けるには、小指一本どころでは済まないらしいのだ。


 どうしようもない時はシャワーを浴びると決めているので、今回もそうすることにした。脱衣場で服を脱ぎ浴室に入ったところで、シャンプーを切らしていることに気がついた。これはいけない。昨日の僕は何をしていたんだ。引き継ぎはしっかりする。これは社会人の鉄則だ。僕は社会人ではなくフリーターだけれど。なら仕方ないか。僕は、昨日の自分を許すことにした。寛大な心を持つこと。これは大人としての最低限のマナーだろう。違うかもしれないが。まあそんなことはどうでもいいとして、シャンプーが無いのはかなり困る。ボディソープで代用したら髪がキシキシになるし、手洗い用石鹸なんて試したくもない。僕はかなりのパターン人間であり、普段と違う行動はしたくない。シャワーに入って髪を洗わなかったことは一度もないので、シャンプーが無いのならシャワーを浴びることもない。一度脱いだ服を何もせずそのまま着るのはかなり虚しかったが、これも人生だろうということで、刺立つ心を酒で鎮めながらテレビをつけた。


 やたらと五月蝿いバラエティ番組を眺めながら、ふと僕も子供の頃はこんな感じだったのだろうかと思った。多分こんな感じだったのただろう。こんな感じと言ってもどんな感じなのか伝わらないと思うが、語彙力も表現力もない僕には、目で見ている景色を言葉で伝えることは出来ないのだ。こんな時、僕はいつも電子の世界に行きたくなる。皆が意識を共有出来る世界。そして、悲しみも憎しみも、争いもない世界へ。少し憧れを抱きすぎかもしれないが、完璧な世界とは、つまりそういう場所だと思うのだ。僕が生きている間にそんな世界が出来上がるのかと言ったらまず無理だと思うが、諦めはなしだ。死ぬまでに間に合え、そう念じる。


 こんなどうしようもない日にも、夜は訪れる。シャワーも浴びずにベッドに潜り込んだ僕の目に、なぜか涙が溢れる。なんでこんなことになってしまったのか。責任の在処は何処か。ここだ。人として自立せずに流されて生きてきた僕の責任だ。生来僕からは責任感というものが欠落している。バイト先でもよく叱られる部分ではあるが、これはもう僕にはどうしようもない部分だ。欠陥品なのだ、僕は。なんて強がってみたところで、僕の心はその点を悲しんでいるらしい。涙がその証拠だ。「もっとまともな人間になりたい」と心は叫んでいるらしい。しかし、僕はもう大人だ。泣き喚いても助けてくれる「誰か」はいない。自分は自分で助けるしかないのだ。ああ、なんて生きづらい人間なんだろう、僕は。せめて今日くらいは優しい夢を見せてくださいと神に祈り、僕は今日も眠りにつく。


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