明日
側臥暇人
明日
明日、僕は明日―――
決着をつける。
僕の意中の相手、真唯と出会ったのは入学してすぐのオリエンテーションだった。
「えー、みなさんおはようございます。今日はオリエンテーションですが…」
講師らしき眼鏡を掛けた若い男が教卓で説明を始める。
「自分の興味のある講義を受けてください。いいですか?…」
僕はというと、そんな話は右から左へ聞き流していた。
当然、体験講義オリエンテーションなんて大して関心も無かったし、話も冗長で退屈だったからだ。
入学してから数日経ったが、教室の中ではいまだに同じ中学校出身の面々がかたまっているようだった。
少し離れたところから来た僕にはそんな仲間などいるはずもなく、休み時間には独りで黙々と時計の針を見つめていた。
「それでは移動してください」
講師が少し声を張り上げて言った。
その声に反応して空想の雲の中にいた僕の頭が現実に呼び戻され、立ち上がるために重い腰を動かす。
いつの間にか机の上に置かれていたプリントはさもつまらなさそうな文字列を掲げていた。
一組…みんなで知ろう!面白海中生物
二組…天文学入門~第三惑星・地球~
三組…100円の水入りペットボトルを高く売るには
四組…急にお金が必要になったらどうする?
五組…数字の魔法
どの講義にも心をひかれることはなく、
(一番近いのでいいか)
と面倒がりながら教室を出た。
角を曲がってすぐの位置にあった五組の教室の扉を開ける。
既に着席していた数人が僕の方をちらっと見ては顔を元の向きへと直していった。
どの机も誰かが座っていて、席の空いていた後ろの方の椅子に投げ出すように座った。
暫くして講義が始まったが、僕の瞼は今にも閉じそうなほどに重くなっていた。
いっそ眠ってしまおうかと思ったその矢先、
こつんと足に何かがぶつかる感覚がした。
机の下を覗き見るように身体を引いて足元を見ると消しゴムが落ちていた。
(隣の席の人のかな)
軽い気持ちで手を伸ばし、拾い上げて肩を叩いて知らせてやろうと横を向く。
消しゴムを乗せた手の先には少女の顔があった。
心を動かされるような衝撃。
少女は拾うために伸ばしていた手をゆっくりと引っ込めているところだった。
目が向かい合う。
「あっ…ありがとう」
隣の席の少女は微笑みながら小声で感謝を伝えていた。
僕は固まって動けないまま
「あぁ…どう、いたしまして」
と不自然な返事をする。
少女はそれを聞いてくすっと笑うと正面に向き直った。
僕は何も言えずにただ眠るよりも呆けた表情で暫し見惚れていた。
経験したことのない感情。
心に訴えかける言葉にできない何かに、悶々としながら講義は過ぎていった。
講義が終わり、クラスに戻ってもなお溜息をついていた。
それほどに、それほどまでに、彼女は僕を魅了していた。
一言交わしただけの少女にこれほどの想いを抱いたことはいまだかつてないものだった。
もう一度会って、ちゃんと話をしてみたい。
その張り詰めるような思いは家に帰って眠るまで段々と大きくなっていった。
幸いにも機会が来た。
僕と少女は選択科目が同じだったのだ。
音楽の授業で再び少女に相まみえた僕はこれが天啓だと直感した。
音楽の授業は合唱と楽器の二つのグループにそれぞれ分けられる仕組みだった。
歌のテストや合唱祭のための合唱グループと楽器のテストのための楽器グループ。
両方に入る必要があるが、メンバーは別々にくじ引きで選ばれる。
(もしかしたら…)
そんな思いが頭をよぎった。
くじを引いて結果を待つ間、僕は一つ賭けてみることにした。
もしも、万が一にもこれが運命ならば、僕は少女と同じグループになる…
運命。もしくは必然。
僕は合唱で少女と同じグループになったのだ。
見えない引力があるかのようだった。
紅い糸が僕を引っ張るかのように。
川が山から海へと流れていくように、全ての事象が収束するように僕と少女の関係は深くなっていった。
真唯と名乗った少女と僕はクラスメイトの誰からも付き合っていると認識されるまでになっていた。
そして明日。
僕は彼女に告白する。
明日 側臥暇人 @sokuga_himajin
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