異世界転生したけど、俺の出番少なすぎるんだが!?

ブロス

第1話 異世界にて

 コツコツ…と長い廊下を靴の踵が床を叩く音が響く。


 普段は人の行き交うこの廊下も、まだ日が昇ってまもないためか、静寂を保ったまま音のみが響いていた。


 廊下の側面は吹き抜けになっていて、大地を照らし始めた光が差し込んでいる。


 次第に乾いた音が大きくはっきり聞こえてくる。


 長い廊下の先は光が当たらない暗闇になっている。その先から姿を表したのは白く背中まで伸びた髪を、吹き抜けから流れ込む風になびかせる男が一人歩いてくる。


 若くはないが、老いているようにも見えない。スラっとした体形で長い足をしっかりとした足取りで歩いてくる。


「・・・・」


 この男も早朝の廊下と同化するように黙ったまま、靴を鳴らしていた。自分の居場所をこの音を聞いているであろうある人物に届けるために。



 男はある大扉の前で立ち止まる。男はいたって冷静、または冷たい表情のまま扉に手をかざす。ふっと男がかざした手に意識を集める。すると、男の周囲の空気が張りつめたように、ピンっと音を鳴らした。


 その瞬間、大扉がゴゴゴと大きな音を立てて少しずつ開いていく。


 大扉が完全に開く前に白髪の男は前へと歩を進めた。


 部屋の中に入ると男が先ほどまで鳴らしていた靴の音は聞こえない。床に赤い長絨毯が敷いてあるためだ。部屋は高い天井にシャンデリアが数個ぶら下がっている。横を見ると支柱がずらりと並んでいる。


 長絨毯の先は、横広の階段が数段あり、階段の上には背もたれが高い椅子が2つ置かれている。玉座だ。男から向かって右の玉座に男が座っている。


 先程までの靴の音はこの人物に向けてのものだった。


 椅子の男もまた、白い髪の男だが、こちらは来訪者と違い生まれ持った白髪ではない。この世界に生を受けて幾年月もの間で白く染まったものだった。椅子の男は老人のように見える。椅子の奥まで腰かけ、足を大きく広げ、肩ひじをついている。


「来たか」


 老人が、朝から訪れた来訪者に向かって声を放つ。

来訪者の男は部屋の中間まで歩を進めてから、片膝を床につけて頭を垂れた。


「ラシムス王。参りました。」


 ラシムス王と呼ばれた老人は、小さくうなずいて面を上げるようにと告げる。


「して、準備のほうは整ったか。レイル。」


 朝の来訪者の名はレイル。王家直属の魔術師である。


「昨夜遅く、魔術師数名から召喚の儀が行えるとの報告を受けました。ご無礼とは存じますが、取り急ぎ連絡をと思いまして、使い魔を走らせた所存です。」


 ラシムス王はよい。と短く答えて続ける。


「では、早急に召喚の儀を取りおこなえ。失敗は許されぬ。レイル。貴様の命運もこの儀にかかっておる。」


 レイルは脅迫ともいえるラシムス王の言葉に表情一つ変えず、まっすぐ王の目を見つめ返す。 


 冷静に見えるが、レイルの内心は恐れや不安の感情がごくわずかに渦巻いていた。


 その時が来たのだ。


 レイルは心の内でそうつぶやいた。王からの言葉に一抹の不安を覚えていたが、彼の眼には自信と覚悟のようなものが伺える。


「承知しています。我々ヒト族の未来を決める儀。必ず成功させ、勇者を御身の前に…。」


 レイルは自分の覚悟を確かめるようにラシムス王にそう告げた。


 レイルはラシムス王と言葉を少し交わしたのちに、玉座を後にした。広間からでたレイルの後ろで大扉が大きな音を立てて、ひとりでに閉じていく。


 扉が閉まり、静寂の廊下へと戻ってきたレイルは靴の乾いた音と共に来た道を戻り始めた。


 覚悟と自信、そして一抹の不安と恐怖を宿した瞳は、まっすぐ伸びた廊下の先の暗闇を見つめていた。



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