Chapter010:フルーツフォレストの村

193. ◆創世神オメガ・ミグレータ

 異世界転移者にして知識神の眷属、光野大天使ひかりの めたとろんの活躍で魔王ガンマ・オーガスタが討伐されてから30日。

 神界に新設された牢獄の視察を終えた創世神オメガ・ミグレータ、知識神ラムダ・チェシャキャットの2柱は、共有スペースのソファに並んで座り、しばらく無言で壁を眺めていた。


「本当にあの大半を、ただの異世界人が成したのですか?」


 創世神オメガは未だ困惑が抜けない口調で知識神ラムダに尋ねる。

 それは牢獄に拘束された魔王の無残な姿を思い出しての感想だった。


「はい、そうですね。ただの異世界人ではなく、私の眷属の異世界人ですが」


 呆然とする創世神オメガに対し、知識神ラムダはむしろ自慢げな様子でそう答えた。


「神と、人ですよ? ……どれだけのことをすれば、その差を覆せるのです」

「魔王討伐時点でのガチャ回数は、無料ガチャ571回に有料ガチャ331,834回で、計332,405回ですね」

「さ、33万……? いえ、それにしても、あれは【ガチャでノーマルしか出ない呪い】を掛けられていたでしょう。下級スキルと下級アイテムだけで、神を超えられるものですか?」


 他人事のように、と知識神ラムダは一瞬眉間に皺を寄せたが、自身の眷属が魔王と戦えるまでに成長したのは、その祝福のお陰でもある。


「状態異常付与スキルも蓄積値+2万数千%となれば、神にすら通るものなのですね。2万年程も生きてきましたが、また新しい情報を得ました」


 気を取り直すように、笑って言った。

 それを聞いた創世神オメガは絶句するのみだったが。


 知識神ラムダと眷属の当初の予定でも、竜脈を利用したガチャは20万回程度で終えるつもりだった。ドラゴン並のステータスを得、攻撃によって意識を逸らし、そこを神々が捕縛するという、創世神オメガの想定にも沿った計画だ。

 想定外だったのは、ヤツアシトッキュウウマの脚の速さ。そして、この期に及んで協力を渋る神の数だった。時間の余裕と「枯らしても良い土地」が予定より増えたことで、ガチャ回数は1.5倍に上り、正面からの殴り合いで人が神を超えるに至ったのだ。


 と言ってもステータス差は補正を入れても絶大で、人による攻撃は神に掠り傷を負わせるのが精一杯だった。

 大天使めたとろんは本来の47倍以上の回復力と、神の抵抗すら抜く魔法力奪取スキルによって、実質的に無限に近い魔法力を持つ。そこへ47倍以上の高速思考/高速詠唱によって、延々と魔法を撃ち続ける。魔法攻撃は対象に状態異常蓄積値と掠り傷を与え続け、結果として魔王を1人で封殺、死なない程度に身体を、圧力魔法の物量で捕縛したのだった。

 捕縛の為にすぐ降臨できるよう待機していた神々も、その魔法の奔流に巻き込まれるのを恐れ、全てが終わるまで見ているしかなかった。

 中には腹を抱えて笑った神もいたが、大半は今の創世神オメガより酷い顔をしていたし、笑った神は理不尽にも他の神々に叱責された。


「……もし、その力が私達に向いたらどうするのです」


 創世神オメガが問う。


「何をする想定かは知りませんが、きちんと謝れば、ある程度のことは許してくれますよ」


 知識神ラムダは答えた。

 創世神オメガはその答えに何か言い返そうとしたが、結局何も言わなかった。




「ああ、筋肉毛虫ではありませんか。ちょうど良い所に来ましたね」


 知識神ラムダと別れた創世神オメガは、共有スペースの端にいた開拓神パイ・オニアザミの姿を認め、彼女しか使わない若干失礼な愛称で呼び掛けた。

 開拓神パイは書き物をしていた手を止め、怒るでもなく「何か用か」と声を返す。呼び名については些か気になるが、悪意もないため、一々咎めたりはしない。


「あの下衆げすが焼いた土地と、眼鏡めがねとその眷属が枯らした土地の話で、相談があるのですが」


 なお、この下衆げすとは魔王、眼鏡めがねとは知識神ラムダのことだ。


「復興か? それなら自分より、豊穣神アルファ生命神タウ辺りに聞いてくれ」

「生命神は忙しい時に話しかけると怒りますし、ふわふわ頭とは可能な限り関わりたくないのです」

「何だそれは」


 開拓神パイはつい、間の抜けた声を出してしまった。

 ちなみに、このふわふわ頭と言うのは豊穣神アルファのことだ。


「貴方は開拓神でしょう。荒地の開拓の話なら、貴方の専門ではないですか」


 間違ってはいないが、釈然としない部分もある。


「仕方ない。聞くだけは聞こう」


 それでも諦めて聞く体勢に入った開拓神パイに、創世神オメガはその相談事を述べ立てた。


 何の話かと言えば、魔王のせいで不足している霊魂と、知識神ラムダ達のせいで不足している自然発生ポップの話だった。

 聞けばますます開拓神の領分ではない、と開拓神パイは思ったものの、友人の少ない創世神オメガを邪険にするのも哀れに思って真面目に考えてやることにした。


 魔王の権能を受けた者は、肉体/精神/霊魂の全てが焼かれ、消滅する。

 大陸の半分以上が被害を受けた以上、大雑把に考えても大陸に暮らしていた半分以上の霊魂が消滅したことになる。

 生物や死者の持つ霊魂は、その個体の死後ないし昇天後、転生によって新たな生物の肉体を得る。これを繰り返すことで原動機を回し、世界を成り立たせるためのエネルギーを生み出しているのだが、その霊魂の数が減ったのだから新しく生産する必要ができてしまった。


「霊魂の生産自体は、コストはかかるだろうが、通常通り繁殖で行われるのを待つしか無いだろう。確か、繁殖による出産時に転生待ちの霊魂がなければ、自動的に生産するのではなかったか?」

「その通りです。あの下衆げすめによって空白地帯となった地域にも、他の場所で死んだ者の霊魂を元に、地域の生物が再発生リポップし、少しずつ増えて行こうかという所ではありました」

「なるほどな。竜脈が枯れたからその再発生リポップが止まった、という話か」

「それどころか、マナを吸収して生きていた生物は全て死にました。空白地帯は空白地帯のまま、魔物も植物も繁殖を行うことすらできません」


 創世神オメガも今回の竜脈ガチャが魔王討伐に必要だったことは理解しているが、それがもたらしたダメージは無視できないと言うのだろう。

 ガチャに使われた魔力もエネルギーとして回収されたため、直近で世界の運営に問題が生じることはない。が、継続的な収益は減ってしまう。


「だがまあ、問題ないだろう」


 開拓神パイは肩を竦めて答える。


「何故そう言えるのです。竜脈が枯れた地は、今後100年は不毛の地となるでしょう。

 神代ならばともかく、この時代の100年は大きいですよ。その間、土地を遊ばせておくつもりですか」


 むくれた表情で問い返す創世神オメガに、開拓神パイは地上の様子を見るように促した。

 開拓神パイが示したのは、ラビットフィールドと名付けられた土地だ。


「見るが良い。不毛のはずの大地に、少しずつだが人の領域が広がっているだろう」

「……本当ですね。これは?」

「人や魔物は歩いて移り住む。種は風や生物に運ばれ、雨を受けて芽吹く。それが開拓だ」


 自分が何の神なのか、判って話を振ったのではなかったか、と開拓神パイは笑った。


「先程創世神オメガは100年と言ったが、実際そう長くはかかるまい」


 ラビットフィールドの町は元々が草原を開拓するための町だったので、この手のことにかけては初動が早い。今まで彼の地にはいなかった亜人の移民も見られ、将来的には、技術を学んで地元に持ち帰る者もいるだろう。


「なるほど。理解しました」


 創世神オメガは地上の様子を見ていたウィンドウを閉じ、しばらく天井を見上げる。

 溜息と共に首の向きを戻し、開拓神パイに尋ねた。


「それで、貴方は先程からずっと、何を書いているのです」

神の視点3人称で、これまでの会話や心情を綴っている所だ。気にせず続けてくれ」

「気にせずと言われても……それをどうするのですか?」

「いつも通り知識神ラムダに渡す。大天使めたとろんの1人称描写を文字に起こした物語があって、そこへ共に纏めてもらうだけだ」


 恥ずかしいので破棄しろという創世神オメガに、開拓神パイは承諾の返事を行い、目の前でダミーのメモ帳を灰にして見せた。

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