154. そうして一息に、首を斬り落とした

 僕達が伏せている茂みの反対側、その数十メートル先に、ターゲットがいるらしい。

 薄暗い森の中、僕には見えないけど、コレットさんが言うんだからいるんだろう。コレットさんも視力はそこまで良くないけど、臭いでわかるという話だ。

 下手に姿を見ると、また警戒心を奪われるかも知れないので丁度良い。


 相手は【即死付与】スキルを使う上に、遠距離での連続攻撃ができる。多少の抵抗力は無意味だ。

 そして、警戒心を奪うスキルか、魔法か、催眠術のような技術か、とにかくそのような物も使う。

 おまけに、幻惑状態で視界が狂っていてもなお、矢も魔法も、不可視の念動力でさえ躱してみせる。

 見つかれば終わりだ。だから、見つかる前に倒せばいい。


「もし近付いてきたら教えてね」

「お任せですワン」


 相手のいる方向に向けて、じわじわと、弱いを伸ばす。


 蝙翼人の使う圧力魔法は全て、身体のすぐそばで使う物だ。他の翼人種も似たような物だろう。

 衝撃や斬撃と違ってスピードの出ない圧力魔法は、攻撃よりも補助に使う方が向いている。離れた場所を狙っても、距離に応じて減衰するし、近距離で狭い範囲に収束させても、せいぜい拷問に使えるかな程度。それ以前に、翼人種にとって圧力魔法は種族的な秘伝なので、その存在自体が漏れないように、直接的な攻撃手段に使うことは無いだろう。

 これだけ距離が離れていれば、そよ風が当たる程度の感覚しかない。それがむしろ、都合が良い。不可視の攻撃を躱す相手には、それが攻撃だと認識されてはならない。

 スキルを発動させる媒介にするなら威力は不要だ。攻撃判定があればいいんだから。


 何となく当たった手応えがあれば、一旦魔法を退かせる。それからもう一度伸ばす。退かせる。伸ばす。


「ぐわっ、なっ、何だァ!? 何処から仕掛けて来やがったァ!!」


 何かの状態異常が発症したようだ。


「反対の方に進んでますですワン」

「じゃ、少し近付こう」


 遠くの方で樹木が殺されて消え、一帯に陽光が差し込んでいた。

 やたらめったら刀を振り回し、斬撃を飛ばしているようだ。怖い。


 無茶な使い方をしているのだから、魔法力の消費は激しい。

 荷物の底で死蔵されていた下級魔法薬をがぶ飲みしつつ、一定の距離を保ちながら魔法の行使を繰り返す。


「ぎゃああっ、目が、目が見えねえ!!」


 暗闇状態もついたっぽい。この人相手だと、あまり意味は無さそうだけど。


「お、おお!? ちんの奥義が出ねえぞォ!!」


 魔封状態も来たね。急に伐採が止まった。

 僕の魔法力も尽きて来たので、そろそろ近付いても良さそうだな。


「ぐべっ! うおごごご……動けねえ……気持ち悪ィ……な、何だァ、どうなってやがる……」


 大声で実況してくれるので、何となく状況がわかるのはとても助かる。



 森の中で歪に開けた広場に、6本腕の人が俯せに倒れていた。


「ぐぅぅ……そ、そこに……居るなァ……?」


 絞り出した声にも力が無い。


 ―――――うげえ。


 何だこれ。


 見てるだけで悪寒がすごい。

 

 見てるだけで吐きそうなんだけど。


 僕は義手から矢をポスポス飛ばして、状態異常を上乗せした。

 他の状態異常で抵抗が下がった相手に、数十回当てて、ようやく睡眠状態が発症したらしい。


 殺意の混ざった呻き声が止まって。

 僕はようやく呼吸を再開した。

 どうも、知らない間に息を止めてしまっていたらしい。



 僕達は倒れたままの死死死シシシの人に近寄って、上からそっと覗き込んだ。


「……どうにか勝ったね」

「すごいですワン! やりましたですワン!」


 尻尾を振って喜ぶコレットさんは、続けて言った。


「それじゃ早くトドメを刺しますですワン!」


 僕の主観としては、その言葉に固まって、反応が遅れたのは、2秒か3秒程度のことだったと思う。


「? あ、そう言えば、お兄さんはあんまり人を殺すのは好きじゃないですワン」


 その間に、コレットさんは「そういえば」と言うように両手をポフッと打ち合わせて、死死死の人が落とした刀の1本を無造作に拾った。


「それなら私がやりますですワン」


 そうして一息に、首を斬り落とした。



 何だかんだで、今まで直接的に人を殺したことって無かったようにも思う。

 地元はそういうのあまり無かったし、人が死ぬの自体あまり好きじゃないし。


 でも、それでコレットさん任せというのは、やっぱり申し訳ないな。


「ありがとう。次があったら僕がやるね」

「そうですワン? わかりましたですワン」


 死体が消えて、服や持ち物も一緒に消えた。

 鞘も無くなったので、コレットさんは抜身の刀を見つめて、少し困った顔をしている。


「あ、ドロップアイテムですワン!」

「本当だ」


 数秒前まで死体があった場所には、見覚えの無い朱塗りのくしが転がっている。

 何だろこれ。死死死の人が持ってたのかな。


 拾ってからステータスメニューの「所持アイテム一覧」タブで確認してみると、【髪飾:武神の飾り櫛】とある。

 メニューウィンドウを横から覗き込んだコレットさんが読み上げる。


「装備効果は【即死付与】ですワン?」


 うん、それは知ってた。


 ……物騒な物が手に入ってしまったな。

 これを装備した状態で、うっかり誰かにぶつかってしまったりすると、抵抗次第で相手は死ぬことになる。

 危険すぎるでしょ。


「これは破壊します」

「はいですワン」


 僕は櫛を地面に落とし、バキバキに踏み折った。





 ちょうどその頃、大陸の南半分が魔王の手によって完全に焼失していたらしいんだけど、僕がその話を聞いたのはそれから3日後のことだった。

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