112. ヤンス殿
《雪椿の会》とかいう怪しい地域互助エンターテイメント団体の案内を受けていた僕と侍の人は、案内役
「混血を見世物にするのでござるか」
侍の人は複雑そうな顔、というか、若干嫌そうな顔をしている。
確かに品の良い趣味ではないよね。
「違いますですワン、失礼ですワン! 混血の人が見世物をするんですワン!」
何だかコレットさんが難しいことを言い始めたけど、その辺は実際に見てみるとわかった。
プロだわ。プロのパフォーマー。
《雪椿の会》の
宿舎で挨拶した何人かに少し見せてもらったけど、もうオーラからして違う。
背中に翼の生えたマーメイドの人の歌と演奏。(※隣の部屋から壁を殴られた)
6本腕の
猫顔のフェアリーの人が演じる1人ショートコント。(※オチに入る直前で「続きは本番で」と中断された)
それぞれ時間は短かったけど、確かな技量を感じた。
あと、混血の魔物の芸もあるらしい。
キツネとイヌの間の子とか、ウサギとリスの間の子とかが、輪潜りや綱渡りするの。
正直こっちのキツネやウサギに良い印象まったく無いんだけど、これは見たいなぁ。
「コレット殿、先程は失礼仕ったでござる。これは見事な芸でござった」
「本番の舞台だともっと凄いんですよね」
「わふふっ、お判りいただけましたですワン!」
とはいえ、演者の人が変わった外見をしている、というのも売りの1つなんだろうけど。
亜人の定義には「人間との間に子を成せる」的なのがあって、「亜人」と「亜人ではない魔物」を分類した太祖は、かつてナカバラ帝国に君臨した何とかいう女帝だと言う。
現代に伝わる分類の大半は、侵略した国の男を奴隷にし、娯楽としてあらゆる魔物(当時の基準)と交わらせた観察記録を元にしている。
その記録には当時帝国で手に入ったありとあらゆる魔物―――単なるウサギやタヌキ程度ならまだマシで、人を食らう怪物、猛毒のある蟲、生気を吸うゴースト、全身棘だらけな岩の獣、明らかに炎の塊にしか見えない物などなど、美醜や好悪以前の問題な相手も含まれていた。
ただ、この記録のお陰でインテリヒツジのような、他の人族とは掛け離れた外見の種族が亜人に認められたわけで、これには当時のインテリヒツジ達自身も驚いていた、とインテリヒツジ族の伝承にあるらしい。
といっても、一部の亜人同士では子供ができない、できにくい組み合わせもあるし、それ以外でも亜人同士の混血には壁がある。
単純に棲息地が離れていて出逢いがないとか、各種族の個体数が少ないとかそういうのもある。
「うちの両親はどっちも異常性癖だったニャリ。
お陰でアタシの結婚相手は異常性癖の倍重ねが最低条件ニャリ。もう絶望的ニャリよ~……」
何とも言えない空気になったので、僕達は
その後、ステージと客席のある建物も覗いて、見学会はおしまい。
「《雪椿の会》で働く人は、仕事のない時間なら無料で
舞台推しのコレットさん。
それは良いんだけど、結局僕達の仕事は何なんですかね。
たぶんここで働くことはないと思うから、忘れてたなら忘れてたで、別にいいかな。
「コレットさんはこの仕事わりと楽しんでるんですね」
僕は何気なくそんなことを言った。
「はい、まあ、楽しいですワン……」
すると、急にコレットさんの尻尾と耳が垂れ下がってしまう。
んん。直前まで元気だったのに、どうしたんだろう。
とそこへ、
「それで、拙者らはもう帰っても良いのでござるか?」
すごい帰りたさそうな侍の人が話の流れを断ち切るように口を挟んできた。
僕も正直そろそろ帰りたかったけど、何となく言いづらい空気だったので、やっぱりこの人を連れて来て良かったな。
帰る前に課長さんに声を掛ける必要があるということで、部屋に案内してもらう。
「コレットとお2人さん。見学は終わったの?」
「はい、終わりましたですワン」
「そう、ありがとう」
課長さんは机で書き物をしていた手を止めて応接セットのソファに座り、僕達にも着席を薦めた。
僕と侍の人は課長さんの向かい側に、コレットさんは課長さんの隣に座る。
「それで、お2人さん。ここで働く気になった?」
「まず、何の仕事をするのかを聞いてござらん」
課長さんの問いを受け、ついに侍の人が指摘してしまう。
「……コレット?」
「わふっ、忘れてましたですワン! でも私もそれ聞いてなかったですワン!」
「そういえば言ってなかったかもしれないわね。でも予想はついたでしょう?」
「はいですワン……」
ううん。先に聞いてあげるべきだったかも。
でも、僕は聞かないまましれっと帰る予定だったし、侍の人も似たような感じだったのかな。
「珍しい種族なら
「はいですワン」
僕は異世界人だけど、空気を読んで黙っておく。
外見は人間と変わらないし、話が面倒臭くなるだけなので。
「ま、仕方ないわね。
明日また説明するから、興味が有ったら同じ時間に来てくれる?
今日は舞台はお休みだけど、何なら賭場で遊んで帰ってもいいわよ?
あら、でもお金がないからここに来たんだった」
課長さんはケラケラ笑って僕達を送り出し、僕と侍の人は適当に挨拶だけして帰途についた。
僕はその辺の雪の上で寝ればいいんだけど、侍の人は普通に宿に帰る必要があるので、途中まで一緒に歩くことにした。
時間としては夕方頃だけど、空は雪雲が覆っていて、道も暗い。
「《隻腕》殿、気付いたでござるか?」
「何をでしょう」
「あの
そんなのあったっけ。全身朱染めの服は気になったけど、そんな細かい所見てないな。
「あれは、ヤンス殿の物でござった」
前を向いたまま侍の人は言う。
ヤンス殿。……ヤンス殿とは?
あ、一緒に幽霊屋敷の依頼を受けた、
ヤンスって語尾だったな。僕も他人のこと言えないけど、侍の人も適当な呼び方するな……。
「たまたま似たようなデザインだったんじゃないです?」
「いや、小さい物なれど、肉球の意匠も同じでござった」
「それこそ、たまたま似たようなデザインだったんじゃ……」
「
ふうん。親戚とかでも、ないか。
ヤンスの人も地元民じゃなかったしね。
行方不明になったヤンスの人が付けていた耳飾りを、《雪椿の会》のスタッフの人が付けている。
なるほどなぁ。
「やはり怪しい団体でござるな。近付かない方が良いでござろう」
そんな話をしていたら侍の人の宿に着いたので、玄関前で別れた。
野宿だとばれると何か恥ずかしいので、僕は別の宿に泊まっているというような雰囲気を出してごまかしたけど、たぶんバレなかったと思う。
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