069. 時間は待ってはくれない

 王都について翌朝。

 建物が密集した都会では、家と家の隙間に入れば風も防げるし、官憲にも見つからない。ウサギの毛皮を敷けばよく眠れる。

 ラビットフィールドの開拓村跡を出てから昨日までの10日間は強行軍だったし、久々にゆっくりできた気がするなぁ。

 毎朝のガチャも、草原と違って落ち着いて回せるよ。


 問題はマナが少ないせいで、お腹が減りやすいことだ。

 昨日は大聖堂で色々あった後、まっすぐ冒険者ギルドに向かって、一応拾っていたムサボリオオウサギの牙を幾つか売ってみた。

 1個20cコインという子供のお小遣いみたいな報酬を得られたので、その日の夕食と、朝ごはん用のパンを買ったら、ちょうど文無しになったとこ。


 とりあえず働いてお金を稼がないと。


〈宿に泊まれるようになったら、大司教さまに報告に行かないとですわ〉


 ですねぇ。そういえば王立高等学院? でしたっけ?

 入学試験があるって話ですけど、日程も聞いてないですね。

 姫様がゴースト化するまでに入学できるかな。先に日付だけ調べとかないと。


〈大聖堂に聞きに行きますの?〉


 うーん、お仕事で忙しいと思うので、それだけ聞きに行くのはちょっと気を遣いますね。

 昨日行った冒険者ギルドに、お知らせ掲示板みたいなのありましたよね?

 入学案内とか貼ってあるんじゃないですかね。ついでに探してみましょう。



 ということで、昨日ぶりに訪れた冒険者ギルド。

 予想通り、お知らせ掲示板(正式名称は「地域の情報掲示板」らしい)には、王立高等学院の生徒募集ポスターも貼ってあった。


 ふんふん、なるほど。

 入学試験は「火山の月/15日」。

 入学式の予定日が「万花の月/1日」。

 掲示板の隣にある日付のボードによると、今日は「突風の月/15日」。


 よくわかんないけど、試験は来月以降、入学式は更にその翌月ということはわかるぞ。


〈月の名前は、突風の月、火山の月、緑樹の月、万花の月の順で、それぞれ30日ずつですわ。

 ですので試験は30日後、入学式は76日後ですわね!〉


 えぇと、姫様が鉱山で亡くなってから、今日で大体20日くらいですよね?

 モッコイさんとプレタさんに悪霊化の兆候が見え始めたのが、25日前後だったと思うんですけど。


〈楽しみですわー、憧れの学校生活!!〉


 これはもう詰んだのでは……?





 と思っていたんだけど、それから5日ほど経っても、いまだ姫様には悪霊化の兆候がまるでなかった。

 本当に大丈夫なんです?

 生者が憎くなったりは?

 墓石が魅力的に見えたりは?

 ゴスゴス笑いたくなったりもしてません?


〈全然問題ないですわ! さぁ、今日も張り切ってお仕事しましょう!〉


 個人差、個霊差ですかねぇ。

 このまま何もなければ良いとは思うんだけど、うん、最後まで諦めずに頑張るか。


〈その意気ですわ、329番さん!〉


 姫様の話ですけどね。


 ともあれ、働かなくてはならないのは本当だ。

 王都は物価が高い上に、食事の量も田舎より多く必要だからお金がかかる。

 その分、冒険者ギルドにある仕事の量も種類も段違いに多い。


 護衛依頼だと、帝国との国境線へ食料輸送を行うキャラバンの護衛とか。

 納品依頼だと、ダンジョン50階以降産のドロップアイテムの納品とか。

 討伐依頼だと、3本角の鬼が出るとか、8本角の蛇が出るとか。

 捜索依頼だと、10本角の猫が迷子になったから捕まえてくれとか。

 猫の角多すぎでしょ。捕まえたら刺さるわ。


〈基本的には角が多いほど強いのですわ〉


 身の丈に合った採集依頼にしよう。





 それからまたしばらく、冒険者ギルドに通って生活費を稼ぐ毎日だった。

 依頼が多い分、まとめて複数を受注できるので、ラビットフィールドの町より数段稼ぎは多い。


 落ち着いて寝泊まりできる宿も取れたし、大司教様にも場所を伝えられた。

 あと、宿代もお願いしたら出してくれた。本当に良い人だなぁ。


 当初の予定を終えた僕が未だに王都に留まっているのは、姫様の生前の夢を叶えるためだ。

 学校に通いたかったという未練をなくし、真っ当に昇天させてあげるため。


 だけど、時間は待ってはくれない。

 亡霊が未練を抱えたままこの世に留まっていると、魂が変質し、ヤングゴースト、更にはイヴィルゴーストという魔物に変異してしまう。

 そうなったらせめて、僕の手で消滅させてあげよう。

 僕は心の奥底で、姫様に伝わらないよう、そう考えていた。





 そんなこんなで迎えた、火山の月/15日、王立高等学院の入学試験日。


〈フレー、フレー! がんばれ、がんばれ! 絶対合格ですわー!!〉


 何だか知らないけど、姫様は全然大丈夫そうだった。

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