055. ◆【不死】の首無しメイド

 クリスタルマインの坑道深く。

 犯罪奴隷によって発見された大結晶層は、すぐさま役人と衛兵らによって実在の確認が行われた。


「おおっ、これが大結晶層か……!」

「すげえな、床一面が全部魔晶かよ。これで何十億になるんだ?」

「発見報酬は2割だっけか、それを独り占めとは、羨ましい……」

「ハハッ、ならお前も重罪犯して鉱山奴隷になるか?」

「したら、どうせ罰金と差し引きでチャラだろが!」


 崩落によって抜けた床の穴から照明を向けると、砕けた岩塊の間から、確かに、広範囲から魔晶の妖しい光が反射する。


「まずは一旦戻って報告と発見報酬の処理だな。見付けた奴がゴネ出さない内に、とっとと釈放手続きを済ませてしまおう」


 役人達と衛兵達は、大結晶層を遠目に見ただけで、その場を後にした。

 判断を下したのは、この採掘施設で所長を勤める役人だった。


 採掘施設で働く役人の仕事は主に、囚人の管理と、産出した宝玉の管理だ。

 個別の囚人が課せられた罰金、領と国への借金の金額については把握していない。

 だから、貴族殺しと聖職者殺しの罪で捕まった、329番と呼ばれた囚人の抱える罰金が、2億cコインを越えることも知らない。


 知っていれば、もう少し正確に埋蔵量を測定したかもしれないが、それだけだ。

 囚人が大結晶層を発見した場合、その発見報酬は、埋蔵量の2割分の金額となる。

 仮に10億c分の魔晶が埋まっていたとしても、妥当な報酬だったとして、問題にはならないはずだった。



 ただ、そこには3つの誤算があった。


 1つは、大結晶層の発見自体が数百年ぶりで、多くの人々は、お伽噺のような情報しか持っていなかったということ。

 かつての発見者がそれを元手に国を起こしたという話は有名だが、まず、当時と現在では魔晶玉、あるいは宝玉の価値が異なる。

 1つずつ手作業で成形していた当時と違い、今は魔導プラントによる自動化が進んでいるため、宝玉1つの価値が1/10以下になっている。

 更には、一口に大結晶層と言っても、その埋蔵量には大きな差がある。今回発見されたものは、比較的小さめの物だった。



 もう1つの誤算は、ここで既に、何度もガチャが回されていたことだ。


 11連ガチャに使用される宝玉は、拳大の物が3,000個。2人が1度ずつと1人が14回、合計で48,000個分の魔晶―――体積で言えば、80立方メートル強といった所か。

 それが僅かの間に消費され、消え去った。

 層の内側はごっそりと空洞になっていた。



 そして、最後の誤算。


『……リッ………スター……ッ!!』


 誰もいないはずの崩落跡に、小さな声が聞こえた。

 ぐらり、と転げ落ちる岩。

 パキリ、鉱物の砕ける音。


『ピロリッ…………スタートッ!!』 


 暗闇の中、蛍よりもか細く照らす、ぼんやりした……ガチャメニュー・・・・・・・の光。


『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』


 夜目が利く者なら、闇の中で結晶の層が溶けて・・・ゆく様を見ることができただろう。


『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』


 発見者は、協同で探索していた犯罪奴隷達が、魔物に襲われて全滅したのを確認した、と報告した。


『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』


 本人はそれを真実だと思っていたし、確かに事実でもあった。


『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』


 犯罪奴隷は・・・・・全滅した。


『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』


 しかし、そうでない・・・・・者が生き残っていた。


『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』


 淡い光に照らされて―――岩の隙間から人影が立ち上がる。


『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』


 白と黒を基調にしたお仕着せは血に塗れて、赤黒く染まっていた。


『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』


 女神のガチャで人が生き残るには2つの方法がある。

 運に任せて単発ガチャを回すか、


『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』


 LRレジェンドレアランクの不死系スキルを引く・・・・・・・・・か。


『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』


 そのメイドは11連ガチャを回し、【不死】のスキルを引いた。

 スキル説明には「死なない」とだけ記された伝説級のスキル。


『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』


 それを引いた彼女は、命懸けで回した11連ガチャを生き残った。

 生き残った彼女は、何度ガチャを回しても爆死することはない。


『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』


 爆発する頭部など・・・・・・・・既にない・・・・のだから。


『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』


 【不死】は、それを得た者を「死なない」存在にしてしまうスキルだ。

 他の不死系スキルは確率や回数の制限があるものの、「死んでも完全回復して蘇生」するスキルだが、【不死】は単に死ななくなるだけだ。

 多少の怪我なら自然治癒しても、頭部のような重大な欠損が元に戻ることはない。


 ガチャで頭部を爆散させた彼女は、そのまま気を失い、しばらくして目を覚ました。

 動けないまでも、声だけは聞こえていた。

 そして自分の仕えた主の死を悟った。


〈……スキル……お嬢様を……お救いする………スキルを………〉


 叫んでも声は出ない。涙も出ない。首から上が無いのだから。

 ただ、何故か目は見えた。


 だからガチャを回した。11連ガチャを何度も。

 人が不死になるスキルがあるのならば、死者を蘇らせるスキルもあるかもしれない。その可能性にすがり付いた。


『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』


 採掘中に傷付けてはならないと、主から預かっていた【時計:領主の懐中時計】を握りしめる。

 主の父親のドロップアイテムであるそれには、【幸運値上昇:上級】の装備スキルがついていた。


 自分が生き残ったのは、もしかすると、その効果もあったのだろうか。

 だとすれば、お嬢様にお返ししておけば良かった。

 そう後悔したが、今更だった。


『エラー! 宝玉が足りません!!』


 気付けば、大結晶層は跡形もなく溶け消え、そこには深い窪みが残るのみだった。


 結果はほとんど全てのヘルランク【爆死】と、SRスーパーレアのスキルやアイテムだけ。

 彼女は知らなかったが、11連ガチャの★★★☆☆星3以上確定枠は、★★☆☆☆星2以下の結果を★★★☆☆星3に変更するだけの物。

 ★★★★★星5固有の強力なスキルを引ける確率は、通常と変わらず、0.01%だった。


〈……お嬢様………お嬢様は…………〉


 彼女はしばらくガチャメニューを見詰めた後、徐に足元の岩を持ち上げ、端に寄せる。


 それから数時間。延々とそれを繰り返した後、不意に動きを止め、床に落ちた何かを拾った。



≪【杖:令嬢の護符杖】を装備しました≫


 ひび割れた高い声が存在しない頭の中に鳴り響いた。


 それは間違いなく、彼女の主のドロップアイテムだった。


 鎖を通した護符のような形の小さな杖。

 護身用というよりは日用で魔法を使う際に使っていた物と、全く同じデザインの―――けれど、全く違う存在。

 頭はなくとも首まではあるので、鎖を掛けることはできた。


〈お嬢様をこんな目に合わせた屑共。

 3人は死んだ。残っているのは、あの黒髪の男か〉


 天井を見上げる。

 大結晶層が溶けて消えた穴と、崩落で落ちてきた穴。

 ドロップアイテムの杖で身体強化魔法を掛け、スキルでも強化された力で登り始める。


 坑道から出られたのは、朝日が上る直前だった。


〈見つけ出して、必ず殺す〉


 【不死】の首無しメイドは、夜明けの山へと消えて行く。

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