018. 体力測定で平均以下の高校生だって、両手に金属の棒を持っていて、手加減を考えなければ

 舞台上、宝石の山の前でガチャを回そうとしているのは、見た目小学生くらいの女の子だった。

 勿論、その辺のソシャゲのガチャじゃない。

 回したら99%の確率で爆死(物理)する、馬鹿の作ったロシアンルーレットだ。


「待ってましたぁ! 早く回せぇ!!」

「何てこと! うちの子と同じくらいじゃない!」


 さっきまで僕と話していた解説おじさんも含め、老若男女が大盛り上がり。

 悲鳴を上げてる人もいるけど、何が起こるか解ってて舞台を見てるんだから、そういうことだろう。


「さぁっ、最後の1人、8番目の受刑者の登場です!!

 女神様は少女に微笑むのか? 皆さん張り切って応援してください!!」


 とはいえ、自分や知人、嫌いな相手ならともかく……知らない人だしな。

 僕はこの後の歌謡ショーを観たい。

 あと、制服はともかくシャツや下着がすげー臭いので、新しいのを買いたい。

 でも今夜の宿代もないから、先に仕事が欲しい。


 舞台上では受刑者の人が渋るのを、司会の人が煽り、刑吏の人が棒で肩をポンポンしながら促していた。



 そこへだ。



「やめなさいッ!!」


 医療用マスクで顔を半分隠した女子高生の人が、竹槍を振り回しながら舞台に乱入したのである。

 司会の人を叩き伏せ、受刑者の人と刑吏の人の間に槍を突っ込むと、そのまま薙ぎ払う。もちろん刑吏の人の方をだ。


 僕は思わず叫んだ。


「え、山本さん!?」


 それは僕と一緒にこの異世界にやってきた女子高生、山本さんだった。


「な、何だ貴様は! これは領主様が主催された、女神様への奉納を兼ねる神聖な催事だぞ!! 邪魔をして許されると思ってるのかッ!」

「何が神聖な儀式よ! 寄って集ってこんな子供が死ぬ所を見世物にして……!」

「糞ッ、ただで済むと思うなよ!! おい、あの女を捕えろ! 殺さないようにな!!」

「ウォォォラァァァツ!! フン、ガァッ!!!」


 司会の人の指示よりも早く、起き上った刑吏の人は山本さんに飛び掛かっていた。

 役人とは思えない叫び声だ。これはやばい。


 さっきは不意を突かれたものの、本気で向き合えば、相手はごつい大人の男だ。

 山本さんは危機感知スキルの力か、致命的な攻撃は避けるか受け流すかしているものの、手数と腕力、それ以上に経験の差で追い込まれていく。


「ちょっとすみません、通してください……」


 僕は人を掻き分けながら舞台の方に近付いて行った。


 山本さんは利き腕を怪我したのか、左腕で竹槍を構えてどうにか応戦しているけど、もう時間の問題だろう。


 相手がこちらをどう思っているかはともかく、10日も一緒にいた知人が、それも彼女の義憤に駆られて取った行動で、酷い目に遭うのは、良くない。

 近付いてどうするのかと言えば、隙を作って逃がそうとか、その程度のふわっとした作戦しかないけど……隙を突けば、逃げる間くらいは取れるんじゃないかな。


「うっ、すみません、通して、ごめんなさい……っ」


 どうだろう。無理な気がしてきた。

 めっちゃ人多いしな……。


「ウォォォォッ、ダァァッ!!」

「きゃあっ!!」


 しかし、そんな僕の悩みも無意味に終わってしまったようだ。僕が辿り着く前に、山本さんは左肩を殴られて倒れた。倒れる時に頭も打ったかも知れない。

 竹槍は真っ二つに折れ、舞台袖に放り捨てられた。


 両腕を力なく垂らした山本さんは、そのまま右腕を残して縄で拘束された。


「……さぁっ!! 皆さん、お騒がせしましたッ!!」


 刑吏の人が山本さんを舞台の中心まで引きずり、司会の人は満面の笑みでそれを迎え、口元を覆うマスクを顎下に引き下げる。

 観衆の歓声が上がる。大喝采だ。


 山本さんが救おうとしていた子供は、舞台の端で小さく蹲っていた。


「背教罪、傷害罪、公務執行妨害、器物損壊罪ッ!!

 このガチャ刑に、新たな受刑者が飛び入り参加だ!!

 残っている受刑者より重罪となりますので、こちらの少女の刑を先に執行されます!

 ここで当たりが出れば恩赦ッ! 子供を救おうとした少女の献身は報わるぞ!!!」


 そう言って、山本さんの額に手をかけ、虚ろな表情を無理やり正面に向かせた。



 あ、なるほど。




 その手があったか。



 僕は人ごみを掻き分けて進むのを諦めた。


「ちょっとすいま……せんッ!!」

「うわっ、何だお前っ!?」

「キャーッ、た、助けてっ!!」


 諦めて両手の杖トレッキングポールで、舞台までの道を塞ぐ観衆の顔を適当に殴り付けながら進む。


 体力測定で平均以下の高校生だって、両手に金属の棒を持っていて、手加減を考えなければ、突然の暴虐に混乱している一般人には無双できるのだ。


「うごっ、ぎゃああっ!? ひぇっ、血が出てる!」


 血や荒事に慣れた冒険者はこのイベントに興味がないのか、咄嗟に反撃してくる人もいない。

 これなら野性動物ウサギの方が小さくて素早い分、まだ厄介な気もする。


「ひっ、通して!! 早く退いて!! げぶっ」


 一応眼球は避けてるけど、感触的に鼻が折れた人はいるかもしれない。ごめんなさい。

 でも手加減すると、こっちが普通にボコボコにされるからね。


 4人も殴り飛ばせば、さっきまでの苦労が嘘のように、舞台までの道が開いていた。


「ヒッ、やめっ……おいやめぐぶぅッ!!」


 そのまま舞台によじ登り、右手の杖で司会の人の耳を殴り、左で横腹を殴る。

 一瞬呆けていた刑吏の人が、山本さんを放り捨ててこちらに向かってきた所で、


「降参します!!」


 僕は杖を地面に捨て、腹を見せて寝転がった。


 刑吏の人が困惑して足を止めたのを確認し、ガバッと起き上がってさまこう続ける。


「どう見ても僕の方が重罪なので、先にガチャ回しますね!

 司会の人、実況お願いします!!」


 耳と腹を抑えた司会の人も、凄い目でこっちを見ていた。

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