第32話 ぎりぎり

 

 まず二人で意見を出し合おうということで、三久の持ってきた一枚のルーズリーフとペンに、『OK』『NG』とわけて書き込んでいくことに決まった。


 どのみち、寝る前に一日目の報告書を慎太郎さんと三枝さんに出さなければならない。なので、それと一緒に提出するつもりだという。


 同居生活の報告と、約束事のきっちりとした取り決め。


 そこだけ切り取るとまるで学生時代の日直みたいだが、その実、『どこまでのスキンシップが許されるか』である。


 ……俺と三久、二人していったい何をやっているのだろう。


「じゃあ、まず性的なことは絶対NGだとして――」

「はい、議長。質問です」

「ぎ、議長……まあ、いいけど。はい、三久」

「その……おにちゃんは、どこからがエッチなことだと思ってる?」

「……」


 そこうやむやにしようと思ったのに、ぶっこんでくるのやめてほしい。


「お……俺もそういうの経験ないから、なんともいえないけど、」


「ないんだ……」


「うぐっ」


 精神に重大なダメージ。


「! あ、ご、ごめんね。そんなつもりで言ったんじゃないから……よかった、じゃあ、ちゃんとはじめてどうし……」


「? 三久、なんか言ったか?」


「ふにぇっ!? な、なんでもないっ、なんでもないから続けて!」


「ああ、うん……」


 同居生活初日ということでテンションがおかしいのか、俺も三久もどこかぎこちない。


 さっきまではほのぼのやれてたはずだったのに。


「やっぱり胸とかお尻を触るとか、かな。あとは、その、見られて恥ずかしいところとか、触られて苦手なところとか」


「じゃあ首筋とか脇、あとは太腿……はっ!? ごめん、おにちゃん今のノーカン! 忘れて!」


 積極的に墓穴を掘っていくスタイル。


 まあ、とりあえず、俺から積極的に三久に触れるのは遠慮したほうがよさそうだ。


「あ、でも、私がおにちゃんの腕に抱き着くのは? 特に今まで意識なんてしてなかったけど、ちょっと胸当たってたよね」


「ちょっとどころじゃなくて、がっつりな。じゃあ、それも『NG』に――」


「そ、それはダメ! おにちゃんの腕って、ちょっと目を離した隙に誰かにとまられてるから、そこは私がひっついて阻止しないと」


「俺の腕は樹液たっぷりか」


 そういえば、隙さえあれば引っ付いてきそうなJK二人組がいたことを思い出す。まあ、さすがに今週中に会うことはない……と思いたいが。


「まあ、ベタベタしてんのは慎太郎さんも三枝さんも知ってるから、それはいいか」


「でしょ、じゃあ、腕に抱き着くのは『OK』と」


 書き込んで、早速俺の腕に抱き着いてきた。


「……暑いから離れて」


「私は平気だもん」


 ……そのわりに頬がほんのり染まっている気がするけど。


 その後も互いに意見を出し合って、約束事を紙に書き込んでいく。手を繋ぐのはアリ、夜遊びの時のように抱き合うのはダメ、夜二人で添い寝するのはダメ……などなど。


 あと、話しの途中で、お風呂については俺が最初に入ることになった。一番風呂だとお湯の温度が高くてあまり好きでないという三久の話だが、そこは俺も追及しないことにした。


「……とりあえず、こんなところかな」


「そうだね」


 初めのうちはどうなるかと思ったが、スキンシップがどうこうを除けば、お風呂や掃除当番をどうするとか、三久に勉強を教える時間をつくるとか、わりと真面目なことも決められてよかった。


「じゃあ、あとはこれを二人に見せに行って――」


「あ、待って」


 立ち上がろうとしたところで、三久が俺の裾をつまんで制止する。


「三久、どうかした?」


「えっと……スキンシップの件で、まだ決まってないところがあるかなって」


「そうかな?」


 お互い大分恥ずかしがりながらの作業だったし、内容なんて稚拙そのものだが、それでも二人で決めたことだから、三久の両親も納得してくれると思うが。


「うん。その、一個だけ、なんだけどね」


「う、うん」


 上目づかいで、唇をきゅっと結ぶようにしている三久の顔が、再び赤く染まっていく。


 またそんな女の子みたいな顔をして。


 そういう顔をされると、こっちもまた変な気分になりそうだ。


「その、く……と口を、」


「ん? ごめん、よく聞こえなかったんだけど……」


「っ、だから、その、キ――」



「――ほほう、なんだい? それ、おばあちゃんにも教えて欲しいねえ」



「ふひゃあっ!?」

「お、おばあちゃん?」


 玄関のほうから声がしたので振り返ると、いつの間にか、祖母がスマホを構えて俺たちのことを撮っていた。

 ランプがつきっぱなしだから、多分、動画か。


「お、おかえり。早かったね、地域の集まりはもう終わったの?」


「大した話じゃなかったら、途中で抜けてきたよ。それより、流行りだからって皆に言われてもたされてたスマホだけど、これ、便利だねえ。駄菓子屋んとこの加奈多ちゃんに教えてもらったけど……これで素材集めが楽になるよ。いずれは必要になるだろうからねえ」


「何の素材かな、何の」


 撮影された時間はちょっとだろうが、間違いなく、先程二人で見つめ合ったシーンは入っているに違いない。


 加奈多さん、余計なことを。


「ところで三久ちゃん、決まってないことってなんだい? 気になるから、おばあちゃんにも教えてほしいねえ」


「……え、いや、あの……あ、あー! ごめんなさい。やっぱり私の勘違いだったみたい! あは、あははは……」


「あら、そうかい。残念だねえ」


 含み笑いをしつつ、祖母はスマホをエプロンのポケットにしまって洗面所へと消えていった。


 ということで、今日のハイライト。


 祖母が、加奈多さんの手によって、ちょっとだけITおばあちゃんになって帰ってきた。

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