第30話 おしかけ


 三久の押しかけ宣言の後、


「とりあえず詳しく話を聞こうか」


 ということで、ウチの居間に関係者全員が集められた。


 メンバーはオレ、三久の当事者二人と、後は慎太郎さん、三枝さん、そして祖母の三人組の計五人。二家族会議である。


「で、三久」

「うん」

「うちの家でお世話になるってことは、」

「つまり、ここに住むってこと」

「なんで?」

「そっちのほうがいいかなと思って」

「なんで?」


 ちなみに話している間、手入れされずとも綺麗な三久の眉毛はずっと逆の八の字から動かなかったので、決意も固そうだ。


「ここに住むってことは、俺と一緒に住むってことなんだぞ?」


「そりゃそうだよ。おにちゃんはここの人なんだもん、追い出すわけにはいかないでしょ」


「そういうことを言ってるんじゃなくてだな……」


 家族や親戚ならいざ知らず、俺と三久は他人なのだ。しかも年頃の若い男と女の子。


 一つ屋根の下で暮らすのは、さすがにまずいだろう。


「慎太郎さん、三枝さん。本人、こんなこと言ってるんですけど、いいんですか?」


「普通の親ならどう考えても『×』でしょ。いくら二人の仲がいいとはいえ……あ、遥くんが心配するまでもなく、ちゃんと三久には言ったよ。ねえ?」


「ええ。それにお隣さんなんだから、会いにいこうと思えばいつでも行けるでしょう? わざわざ住む場所を変える必要はないんじゃない? って」


 慎太郎さんと三枝さんは俺と同じ立場を取ってくれている。まあ、一人娘の両親なんだから当然か。


 だが、意外だったのは祖母だ。


「私は別に構わないよ。爺さんが早くに死んでから遥が来るまで、ずっと一人で暮らしてたからね。三久ちゃんぐらい元気で明るい子がいてくれたら、私も嬉しいし」


「ほら、家主のおばあちゃんが『いい』って言ってるんだから、いいでしょ?」


 祖母の援護射撃もあって、三久もなかなか折れてくれない。準備もよかったし、もしかしたら事前に相談していたのかも。


 ちなみに二階には他にも空き部屋はあるので、スペース的な問題はない。


「ま、三人の心配はもっともだけどね。遥も三久ちゃんもお年頃だし、見た感じ仲もすごくいいから、何かの間違いでがあるかもしれない。遥は予備校生だし、三久ちゃんはまだ高校に入ったばかり――まだちゃんと責任がとれる立場じゃないからね」


 その点は当然、祖母も理解しているはずだ。隣人とはいえ、他人の家族の大事な一人娘を住まわせるのだから。


「じゃあどうして」

「それでも……三久ちゃん、話してもいいかい?」

「……うん」


 三久が頷くのを見てから、祖母は改めて口を開く。


「三久ちゃんが言ってきたんだ。『自分がおにちゃんをもっと支えてあげたい』ってね。慎太郎君も三枝さんも薄々感じていた通り、娘夫婦、つまりは遥の実家だが、少々問題を抱えていてね。その家庭環境に馴染めなかった遥は随分苦しんだ。今もその傷を引きずるほどにね」


 先日の夜遊びの一件で、少しだが、俺の事情を慎太郎さんと三枝さんにも話している。加奈多さんもなので、近しい人には周知の事実になりつつある。詳しい闇にまで触れたのは、祖母以外では三久だけだが。


「それだけ厄介な家庭だ。普通なら関わり合いなんて持ちたくないはずさ。面倒すぎるからね。でも、三久ちゃんはそれでも遥のために『支えたい』と言ってきてくれた。遥のことを見守ることしかできない私と違ってね」


「三久……そうなのか?」


「ん……うん」


 頬を赤らめて、三久は俯いた。


「……今のままじゃ、ただの『お隣さん』じゃ、おにちゃんはずっとこのまま前の家のこと引きずっちゃうんじゃないかって。おにちゃんは優しいから『今のままでも十分』って言ってくれるけど、私的には、もっともっと私に甘えて欲しいと思ってる。私はあの家の人たちとは違う。勉強がダメでも、すぐに体を悪くしても、見捨てたり一人にしたりなんかしない。私はずっとおにちゃんのそばにいるよって」


「それを証明したいから、俺と同居するってことか」


「そうしないと、私がすぐに気づけないから。おにちゃん、何かあってもすぐ隠しちゃうし」


「それは……余計な心配かけさせないように――」


「そっちのほうが嫌だよ。私ってそんなに信用ないんだって、逆に落ち込んじゃう」


 そういえば、それで泣かせてしまったのだ。中途半端な気の使い方は、三久のことを傷つけてしまう。


 それだけは、俺もしたくない。


「だから……ね?」

「う……」


 俺のことをそこまで考えてくれるのは嬉しい。

 三久がそばにいると、とても落ち着く。もし夜に嫌な夢で目を覚ましたとしても、彼女がそばにいてくれたら……と思うことも、あの夜以降、正直ある。


 でも、だからと言って、やっぱり一緒に住むことは難しい。


 俺は慎太郎さんと三枝さんのほうにちらりと目をやる。


「あなた、どうする? 遥くん、大分説得されちゃってるけど」


「う~ん、当人同士と、それからミサヱさんの許可があってもねえ……隣といっても、他所様の家に住まわせるわけだから、の問題を抜きにしても、お金の問題とかもあるから」


 祖母は気にしないだろうが、当然、住まわせるのだから、食事やその他の費用のことも保護者としては考えなければならない。親しき仲にも礼儀ありで、関係は常にフラットでなければならない。


 ここは早谷家としては譲れないところだろう。


「ま、さすがにそう考えるだろうね……じゃあ、同居期間を一週間限定にする、ってのはどうだい?」


「……一週間、ですか」


 その提案に、慎太郎さんの険しい表情がわずかに揺らぐ。


「ああ。私も元々ずっと住まわせる気はさすがにないからね。そのぐらいだったら、ウチも金銭的に負担になることもないし、そこまでアンタらも悪い気にはならないだろう?」


「それぐらいなら……でも、」


「後の問題は本人たちを信用するしかないね。そこだけは、親の問題だ」


 そうして、祖母が俺と三久のほうをそれぞれ見て、言う。


「どうだい、二人とも? 一週間、間違いなんてないってことを誓えるかい? 風呂の時、寝る時、着替える時、二人きりの時。一緒に住んでいると、つい気持ちが高まる時ってのが、気を付けていても必ずある。我慢できるかい?」


「なんか、経験者が語るみたいな口ぶりだね」


「実際、私が爺さんとそうだったからね。偉そうに説教するのもなんだが、私たちはその……ダメでねえ」


 ぽっと頬を赤らめる祖母。


 ……コメントは避けるとして、そこらへんは昔も今も共通らしい。


「で、どうだい? 二人は私と爺さんのようにならないと誓えるかい?」


「うんっ、大丈夫! おにちゃんも、そうだよね?」


「俺まだちゃんとOKしたわけじゃないんだけど……まあ、慎太郎さんと三枝さんには『ご安心ください』とだけ」


 三久に手を出す度胸があるならそもそもこんな話にならないので、よっぽどのことがなければ大丈夫……だと思う。


「……あなた?」


「む、むむぅ……じゃあ、」


 唸るだけ唸って、慎太郎さんは言葉を絞り出した。


「み……三日っ。とりあえず三日間様子を見て、問題がないようなら一週間。あと、遥くんと三久には、それぞれ、今日何をしたかの報告を毎日してもらうこと。このぐらいするんだったら、認めないことも、ない……かな」

「そんなに娘の行動を管理したいの? ……おとーさん、キモい」


「っ……これでもすごく譲歩したほうなのに」


 娘をもつ父親の辛いところだ。俺も、いずれは慎太郎さんみたいになることがあるのだろうか。俺が結婚して子供だなんて、まだちっとも想像できないけれど。


「すいません、慎太郎さん、三枝さん。三久のこと、ちょっとだけお借りします。心配せずとも、必ずいつもの三久のまま、お返ししますので」

 

 姿勢を正して、俺は正面の二人へとしっかりと頭を下げる。


 お願いを聞いてくれたのだから、きっちりと条件は果たすつもりだ。


「え? ああ、そこは信用してるから、そこまでかしこまらなくてもいいよ」


「??」


 だが、二人の心配は別のところにあるようで。


「遥くんは将来有望だし、問題ないんだけど。ウチの三久がどうにも……なあ?」


「ええ、三久は自分の欲求に正直なところがあるから……うふふ」


「っ……!? も、もうなんば言いよっと!? 話は終わったっちゃけん、早く家に戻って、ほらほら!」


 顔を真っ赤にした三久が、二人の背中をぐいぐい押して強引に家から追い出していく。


 どうやら二人は俺ではなく、約束を破るとしたら三久だろうと考えているみたいだ。……まあ、それはともかく、あまり過度に甘えたり甘えられたりという行動は避けておこう。


 説得は出来たが、これは結局子供のわがままを認めてもらっただけ。


 もし勝手が出来るとしたら、それはしっかりと責任をとれる大人になってからだ。


「じゃあ、その……これから一週間だけど、よろしくね。おにちゃん」


「……うん、こちらこそ。よろしく頼むよ、三久」


 祖母の『若い、若いねえ』という愉悦混じりの呟きを耳にしつつ、俺と三久の期間限定の同居生活がスタートした。

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