第29話 なぐさめ
※※
「……ごめん、なさい」
最後にそう言って、三久の話は終わった。
まさか三久が父と話していたとは思いもしなかった。
しかし、だからこそ、三久は俺のことを連れ出したのはわかった。
小さいころから三久は唐突だが、理由もなく、俺が困るようなことをするような子ではない。
「……そっか」
「うん」
「ごめんな。俺のせいで、三久にそんなことまでさせちゃって」
「なんでおにちゃんが謝るの? おにちゃんのせいじゃなくて、悪いのは私なのに。勝手に電話して、勝手に言い負かされた私が、全部全部。おにちゃんには、怒る権利があるのに。余計なことするなって、大きなお世話だって」
「それは、そうだけど」
この件で早谷家に改めて電話が行くことはないにしても、祖母の方には連絡がいく可能性はある。祖母がそんなことで俺たちのことを怒ることはないだろうが、しかし、余計な心配をかけさせることはあるだろう。
本心を言えば、ほんの少し迷惑なことをしてくれた、かもしれないが。
「……でも、俺なんかのためにここまで泣いてくれる子のことを怒るなんて、そんなの、俺にはできないよ」
「おに、ちゃん」
三久を慰めるように、俺は彼女の体を抱きしめ、頭をやさしく撫でてやる。
やはり、三久の体は本当に華奢だ。運動で引き締まっていても、それでも十分、女の子であることを感じられる。
ちょっとでも力を入れたら壊れてしまいそうだが、それでも抱きしめずにはいられなかった。
ああ、そういえば、こんなこと、昔にもあったよう気がする。
『うわーん、おにちゃんいたいよー!』
『ああもう、ほら、だっこしてやるから泣き止めって』
『……ほんと?』
『うん、ほんと』
『やった、えへへ』
だっこといっても、子供なので、ただぎゅっと抱きしめてやるぐらいのことしかできなかったが、それでも、そうすると三久は必ず泣き止んで落ち着いてくれた。
三久が俺のことを頼ってくれて、甘えてくれることが、内心誇らしかったし、嬉しかったから。
だから、俺がもし三久に何か言うことがあるとするならば。
「三久」
「うん」
「弱い俺のために怒ってくれて、ありがとう。強いな、三久は」
「そんなことないよ。最弱だよ、めちゃザコだよ、私なんて」
「いや、強いよ三久は。俺だったら、父さんや兄さんが電話に出た時点で逃げ出してる」
幼稚でもなんでも、電話して文句の一つや二つでも言えるぐらいのメンタルがあれば、おそらくこんなことで体調を崩したりしない……というか、大学にもちゃんと合格していただろう。
結局、全ては俺の弱さが招いてしまったことなのだ。三久に余計な心配をかけさせたのも、そのせいで突っ走らせてしまって、泣かせてしまったのも。
自分のせいで、俺はいったい何回、目の前の女の子を泣かせれば気がすむのだろうか。
「ぅ……」
悔しい。情けない。
こんなことですぐにへこたれる自分が。家族の顔色ばかりを気にして、立ち向かうことすらできない自分が。
三久を抱きしめる腕の力が、知らず知らずのうちに強くなっていく。
「おにちゃん、泣いてるの?」
「いや、これはその――」
「……いいよ」
俺が言い終わる前に、三久が俺の背中に腕を回す。
「言ったでしょ。今度は私がおにちゃんのことを助けるんだって。だから、おにちゃんが泣きたいときは、私を頼ってくれていいんだよ?」
今度は俺が慰められる番だった。これまでは、あくまで幼馴染の年下の女の子でしかなかった彼女の対応が、匂いが、今はこんなにも自分の心を穏やかにしてくれる。
「ありがとな、三久」
「うん。……ねえ、おにちゃん」
「なに?」
「もうちょっとだけ、このままでいい?」
「……しょうがないなあ」
「あ、そんなこと言って、本当はおにちゃんも私とくっついてたいくせに」
「いや、そうでもないけど」
「うそ~、今もずっと私のことぎゅってして女子高生の体を堪能してるくせに」
「なんて人聞きの悪い……」
だが、もう少しだけこうしていたい気持ちは、三久と同じだった。
「……あ~、二人だけの世界に浸っているところ大変悪いんだけども、もう夜明けなんで、いい加減帰りませんかねえ?」
「「……あ」」
呆れ顔でポリポリと頭をかく加奈多さんに気づいて、急に恥ずかしくなった俺と三久は互いにそろりと離れる。
雰囲気に流されて忘れていたが、俺と三久、もしかして相当恥ずかしいことをしていたのでは。いくら互いに慰めるためとはいえ、だ。
顔が、頭全体がゆだっているように熱い。
「……ん~、まあとりあえず、式の日取りが決まったら知らせろよ、ってことでいいか?」
「「よ、よくないっ!」」
その後、完全に朝帰りとなった俺と三久は、すでに起きていた祖母に二人で頭を下げた後、慎太郎さんと三枝さんに土下座して謝った。
幸い書き置きもあったのと加奈多さんもいたこともあって説教は数分で終わったが、心配なのに変わりはないので、夜遊びは今後できるだけ控えることと、もし出歩くときはちゃんと許可を取って、加奈多さんなど、大人の人についてもらうようしっかり注意された。
「一緒に謝ってくれてありがと。やっぱりおにちゃんはやさしいね」
「そうだよ。ちょっとは感謝してよ」
「えへへ」
結局その日、俺は予備校を、三久も学校を休んだ。夜遊びの疲れか、三久のおかげで安心したのか知らないが、例の夢を見ることはなかった。
しかし、これで事件は終わらなかった。
――7月を迎え、もうすこしで梅雨もあけようかという時、
「おにちゃん!」
大きなリュックを背負った三久がウチの玄関に立っていた。
また何かしようと企んでいるのだろうか、だが、彼女はいつになく真剣な表情をしている。
「なに、その荷物。どっか遠くへ旅にでも出る気?」
「う~ん、捉えようによっては、そうとも言うかもしれない!」
しかし、三久はそのリュックをどすんと玄関に置いた。
入っているのは、衣服やドライヤー、化粧品の類と、あとは学校で使う教科書など。
他はわかるとして、なぜ教科書がいるのか。
その答えは、三久自ら答えてくれた。
「今日からしばらくの間、おばあちゃんの家でお世話になることを決めました!」
「……うーん?」
俺のためを思っての行動だろうが、もう少し加減を覚えてくれる嬉しい。
とりあえず、どうしようか。
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