『お前は家族じゃない』とエリート一家から追放された俺を癒してくれたのは、十二年ぶりに再会した幼馴染でした
たかた
第1話 びしょびしょ
「――来ちゃったなあ」
バス停から降りると、そこは別世界だった。
もちろん異世界転移をしたとか、そういう話ではない。あくまで気分の問題だ。
今、俺は実家のある東京を離れ、九州のとある県境にいる。
飛行機で一時間半、鈍行電車で二時間、そしてバスで一時間。一番距離を稼いでいるはずの飛行機の時間の倍、電車とバスに乗っている計算になる。
県境を越えることなく、県内の移動だけで三時間だ。乗り換えの時間もあるとはいえ、いったい何の冗談だろうと思った。
だが、俺の目の前に広がる景色を見れば、納得せざるを得ない。
「緑……」
そう、一面の緑。自然が広がっている。
道路はもちろん走っているが、それ以外は一面の田んぼ。遠くには山。
ポツポツと民家らしき建物はあるが、それ以外はなにもない。いや、本当はあるのかもしれないが、都心で生まれ育った俺にとっては、まるでそこが砂漠のように感じられた。
都会のことをコンクリートジャングルと言う人もいるが、俺から言わせてみれば、こここそ本当のジャングル……とまで言うのは、さすがに失礼か。
「……ともかく、移動しないと」
目的地は、母方の祖母が住む家。幼いころ、両親の都合で一度だけ一か月ほど過ごしたはずだが、記憶にはほとんど残っていない。
母親から聞いた住所を頼りに、スマホで目的地を設定する。
目的地付近まで、およそ三キロの道のり。
長距離移動で大分疲れているが、もう少しだけ頑張らなければいけないらしい。
多分、これまでの人生で一番長い距離を歩いている。
明日の筋肉痛が心配だ。
――ブブブブ!
「――おわあっ!? な、なになに?」
スマホに目を落として歩いていると、ふと、耳元でものすごい羽音が響く。
びっくりして屈むと、俺のちょうど頭上を、親指大ぐらいはありそうな蜂が通り過ぎていった。
都会育ちで虫のことには詳しくないが、オオスズメバチというやつだろうか。
本能でやばいとわかる。もしあんなのに刺されでもしたら……首筋に冷たいものが走る。
「……田舎って、怖い」
すでに選挙権も付与されている19の男のつぶやき。
昔はそんなことなかったはずだが……やはり、虫と触れ合う機会が減ると、自然と恐怖心が勝ってしまうのだろう。
周りを警戒しながら、ナビ音声に従って祖母のいる家を目指す。見たところ目的地まではほぼ一本道だから、迷うことはほぼないだろう。
――ポツ、ポツ。
ふと、上から降ってきた雫が頬を濡らした。
空を見ると、いつの間にか、分厚い灰色の雲が太陽を覆い隠している。
嫌な予感。
――ザアアアアアアアッ!
「やっぱりか……! ああ、クソっ!」
その直後、急にすごい勢いの雨が俺を襲った。予感通りだ。
しかし、蜂に襲われかけたと思ったら、次はゲリラ豪雨か。
なんだかここに来て微妙に嫌なこと続きなのだが、大丈夫なのだろうか。
「とにかくどこか雨宿りできるところは……あ、」
見つけた。目測にして50メートルほどだろうか。県道から脇道にそれたところに、古ぼけたトタン屋根のついた小さな物置小屋のようなものがある。
脇にさび付いて根元から折れたバス停の時刻表の残骸が置かれているから、もしかしたら廃止された路線なのかもしれない。
ともかく、少しの間だけ雨宿りさせてもらおう。
「お邪魔します……」
誰に言うでもなく呟いて、トタン屋根の下へ。かなりさび付いていたので中も相当埃かぶっているかと思ったが、案外そうでもない。中には木製のベンチがあるが、わりと綺麗に保たれている。
もしかしたら、誰かが畑仕事の後の休憩場所として使っているのかも。
「…………」
トタンを強く打ち付ける雨音と聞き、屋根を伝って地面に落ちる滴を眺めながら、俺はため息をつく。
「これからここで暮らせって言われてもなあ……」
滴が集まってできた水たまりに映る、自分の顔。
ひどく疲れている。
もちろん、今日の長旅によるものだけではない。
濁りかけた瞳に、やつれ気味の頬。最近は食欲もそれほどなく、今日もゼリー飲料を無理矢理喉に流し込んだだけだ。
「……まあ、それもこれも、全部俺のせいではあるんだけど――」
「うひゃあああああっ!? 雨っ、びしょびしょ~!」
「ん……?」
これまでのことをつい思い出し、ネガティブな気分に落ちかけた瞬間、そんな大きな声が俺の耳に届いた。
女の子の声――多分、俺と同じく傘を持たないまま、運悪く雨に遭遇してしまったのだろう。ご愁傷さまだ。
この辺の近くに住んでいるのだろうか。
そういえば、そろそろ時間は夕方に差し掛かっている。
「こんな時に限ってチャリはパンクしちゃうし……と、とにかく雨宿りっ! えっとえっと……うん、やっぱりあそこかな!」
少女がそう言うと、バシャバシャとした足音が、どんどんとこちらへ近づいてきた。
どうやら考えることも同じだったようだ。まあ、この辺で一時的に雨をしのぐ場所といったらここしかなさそうなので、当然といえば当然か。
後から来る子のため、俺はベンチの奥の方へと移動する。
とりあえず、会釈ぐらいはしておくべきだろうか。無言でいたらびっくりするだろうし、この人相だから通報されるかもしれない。
「ひーっ……もう、今日はずっと晴れだって、おはようテレビのお姉さん言ってたのに、って――あれ?」
「あ、どうも……」
押してきた自転車を脇に止めて、中に飛び込んできたびしょ濡れの少女と目が合った。
白を基調としたセーラー服に、紺色のスカート。地元の中学、いや、高校生だろうか。
「…………」
俺の会釈に、女の子はきょとんとした顔で返す。
やはり驚かれてしまっただろうか、くりっとした丸い瞳が俺の顔をじっと見つめている。
「えっと、俺もちょうど雨に遭っちゃって、それで――」
「――もしかして、遥(はるか)お
「え?」
彼女からの返答は、意外なものだった。
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