第5話 初めての夜

志央はファストフード店に入って驚いた。深夜なのにそこそこ客がいたからだ。それも不良みたいな如何にも夜遊びが好きそうなタイプの客ではなくて普通の大学生がフロートを飲みながら勉強していたりサラリーマンがポテトを齧りながらスマホをいじったりしていた。

「深夜の飲食店って意外と客いるんだな」

そう隣にいる華恋に志央が耳打ちすると「どうせ終電を逃した人達よ」と返事が返ってきた。

「そんなことよりさ、お腹すいたー!志央何か奢ってよ」

「えっ、さっき食べたばっかりだろ」

本当はそんなに驚いてない。自分もおにぎり2つじゃまだ足りなかった。食べ盛りの男子中学生はおにぎりだけじゃ満足しない。

でも、華恋にまた奢るのが嫌で志央は空腹じゃないフリをした。

「じゃあ、私のだけで良いから買ってよ」

「そんなこと言われてもお金ないし」

華恋は一瞬ムッとした顔をしたが、すぐに「じゃあ座って待ってて」と言って注文カウンターへと向かった。

志央はそんな彼女を見送ると、階段を上って2階席の1番端のソファー席に座った。端っこの席ならあまり目立たないだろうと思った。

席に座ったことを機に電源を切っていたスマートフォンに電源ボタンを押す。

きっと、お母さんやその再婚相手からのメッセージや着信はきてないだろう。だが、もしきていたら後々面倒だから一応無料メッセージアプリの通知を確認してみる。

通知は志央が追加しているニュースの公式アカウントからきていただけでそれ以外は何もきていなかった。

まだ大丈夫だ。まだ誰も自分達の家出に気付いていない。

志央は次にスマートフォンのニュースアプリを開いた。男子中学生がニュースアプリを入れているなんて梅田達や華恋に知られたら絶対笑われるだろう。

でも、世の中のことを知っていて損することはないし高校受験のことを考えたらこの選択は間違っていない。面接で「最近気になったニュースは何ですか?」なんて聞かれた時に助かるだろう。そう考えると、ダウンロードしていて損はない。

ニュースアプリで全国ニュースと地元のニュースを目にする。自分達のことがニュースに載ってないか目を通す。もし、「中学生男女が行方不明!」なんて記事が書かれたら折角の家出の計画が台無しになる。

幸い全国ニュースにも地元のニュースにもそのようなニュースは載っておらず志央はほっとした。

志央がスマホから目を離すと、料理を注文した華恋がトレーを待ってキョロキョロと辺りを見渡していた。志央が彼女に手を振ると、彼女は頬を膨らませた。

「あんたさ、2階席に行くなら行くって言ってよ」

「華恋だって何も言わずにカウンターに行ったじゃん」

「普通注文してくる以外何も言わないでしょ?」

華恋はテーブルにトレーを置くと「これあげる」とぶっきらぼうに言うと志央の前にハンバーガーとポテトとオレンジジュースを置いた。

「私の奢り。文句はなしで」

華恋はそう言ってハンバーガーにかぶりつく。彼女が食べているのは、チーズと薄いハンバーグが入ったこのファストフード店で1番安いハンバーガーだ。

志央もハンバーガーを食べようとすると、前に座っていた華恋が机の上に置かれたスマートフォンを見た。

「志央ってスマホ持ってたんだ」

「うん」

「私も持ってる。連絡先交換しよ」

華恋はそう言って自分のスマートフォンを操作し、無料メッセージアプリのQRコードを出した。

志央がスマートフォンをかざすと、「華恋」という名前と共に志央も知っているクマのキャラクターのアイコンが表示された。普通の女子中学生という感じだった。

やっぱり、志央には普通の中学生っぽい華恋がどうして家でなんかするのかがよく分からなかった。

目の前で志央の母方の祖父母のポメラニアンの写真の志央のアイコンを見て「可愛いところあるんだねー」とケラケラ笑う華恋を見て志央はそんなことを思った。

その日は、アラームを設定して交代で仮眠をとった。幸いこのファストフード店は、フリーWi-Fiが繋がっていたこともあり志央も華恋もお互い荷物の見張りをする時はスマホゲームをしたり動画サイトを見たりして時間を潰した。

本格的な旅のはじまりは明日の朝9時だ。

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