第4話 誰にも気づかれないように

最終列車は思ったより空いていた。

志央はドア付近の席に座ってザッと辺りを見渡す。

サークル帰りの大学生グループ、仕事帰りのサラリーマン、デート帰りのカップル。そして、車内ではビールの空き缶が床をコロコロと転がってる。

そんな車内で華恋が安心したような様子で言った。

「誰も何も言わないね」

「どういうこと?」

有名人じゃないんだし当たり前だろと思って返す。

「この時間に中学生が乗ってても何も言ってこないってこと。普通なら補導されるよ?」

「あーそういうことか」

「あーそういうことかってもし補導されたらどうすんの?」

華恋が慌てた様子で志央の腕を強く掴んで言う。彼女に掴まれてる部分が少し痛い。

「それはその時考えるよ」

「その時じゃ遅いよ」

志央は、めんどくさいなーと言いたげな目で華恋を見る。

そういえば、志央は華恋がどういった理由で家出をしているのかまだ知らない。だけど、彼女の様子から大人に見つかったらまずいということだけは分かった。

華恋が理由を話すまで聞くつもりはないけど彼女にもそれなりの事情がありそうだ。

「逃げればいいじゃん」

「は?」

華恋が眉を顰める。

「逃げる。それしかないだろ」

「でも、いつかは捕まるよ。アニメやドラマの家出のシーンでもそうでしょ?」

「でも、それはアニメやドラマの話でしょ?現実はどうなるか分からないじゃん」

「そうだけど、それでもいつかは捕まると思うよ」

華恋の言葉に志央はもうなにも言い返さなかった。これ以上彼女と争ってもお互い自分の意見が正しいと思っているし一歩も譲る気はないだろう。ここでこれ以上口喧嘩をしても何も変わらない。

志央は黙ってリュックの中から家を出る前に作ってきた鮭おにぎりを1つ取り出して華恋の方に向けた。

「やるよ」

「中身は?」

華恋が不機嫌そうに返す。

「鮭」

「私が1番好きなのは海老マヨだけどせっかくくれたんだし食べてあげる」

「嫌なら食べなくていいよ」

志央がおにぎりを引っ込めようとすると華恋が慌てて志央の手からおにぎりを奪いとった。

「私、2番目に鮭が好きなの」

華恋は自分のリュックからペットボトルのお茶を出すとそれを膝に置き志央から奪い取ったおにぎりのラップを剥がしもそもそと食べはじめた。

「あんたってさ、意外と料理上手いのね」

「おにぎりは料理には入らないだろ」

「でも、美味しいよ」

そう言うと、華恋はお茶を一口飲んだ。

「普段料理するの?」

「するって言うか親にさせられてる」

「得意料理は?」

「オムライス」

「へー、いいなー」

華恋は最後の一口を頬張ると志央が食べているおにぎりに視線を向けた。

「それもう1つある?」

「あるけどまだ食う気?」

「お腹空いてるもん」

華恋は「何か悪い?」と言いたげな目で志央を見た。

志央のクラスの女子は給食を減らす女子や残す女子が多くて増やす女子は見たことが多かった。お腹が空いてるからかもしれないけどこういう子は少し珍しかった。

「晩ご飯食べてないの?」

「うん。食べずに家出た」

華恋は短い返事を返すと再びおにぎりをもそもそと食べた。

結局、1人2つ鮭おにぎりを食べたため明日以降はご飯をどこかで買わないといけない状態になってしまった。

本当ならこの鮭おにぎりは志央の今日の夜と明日の朝の朝ご飯でお昼以降はファストフード店か安い牛丼屋かファミレスで済まそうと考えていた。

自分の計画が狂ってしまったのは嫌だったが、それは華恋と一緒に行動すると決めた時からそうなることが確定していたし仕方ない。

そうこうしているうちに電車は終点の駅に到着した。

他の乗客に釣られるように志央達も降りてエレベーターに向かった。華恋の重いスーツケースを持って階段を登るのはめんどくさかったのとエレベーターなら一応個室だし他の乗客とすれ違わなくて済むと考えたからだ。

志央がエレベーターのボタンを押すと、エレベーターの扉はすぐに開いた。そこに2人で急いで乗り込む。もし、大人に見つかったら補導されるかもしれない。

やがて、エレベーターが改札に着いくと、志央は乗客達に笑顔で「ありがとうございました」と声をかける駅員に目を向けた。あそこで捕まったらせっかくの家出が台無しになる。

志央が駅員の顔色を伺ってタイミングを見計らってると、後ろにいた華恋が怪訝そうな表情を浮かべた。

「さっきから何をチラチラ見てるの?」

「駅員」

「駅員さんが何?さっさと行けばいいでしょ?」

「そういう訳にはいかないんだって」

志央はイラついた声で返すと、別のホームについた最終列車の客が改札を通るのを見計らって駅員から1番離れた改札へと向かった。

「ねぇ、これいつまで続ける気よ」

後ろにいる華恋が交通系ICカードをタッチしながら言う。

「明日の朝まで」

志央が再び駅員の方を見ると、駅員は出張中のサラリーマンと思われるスーツケースを持った若い男の人に道案内をしていた。今、駅員が話をしているのは若いサラリーマンでこっちを見ていない。

それを確認すると、志央は足早に改札から離れ駅の出口を目指した。

「お前さ、ここの駅来たことある?」

「何回もあるよ」

華恋がめんどくさそうな表情を浮かべて答える。

何でもいいからはやくして、と言われてもないのに言われたような気分になる。いや、華恋のことだから実際に思ってるのかもしれない。

気が強くてマイペース。思ったことははっきり口にしないと気が済まない。嫌いな訳じゃないけど、華恋は志央が苦手なタイプの女子だった。

「じゃあさ、どっか24時間営業の店知らない?」

「駅近のファストフード店とファミレスと安い牛丼屋くらいしか知らない」

「その中で店員の目が遠いところは?」

「ファストフード店じゃないのー?2階席に行けば掃除以外には滅多に来ないでしょ」

華恋がめんどくさそうに返す。

そんな彼女に対し、志央は心の中で「めんどくさい女」と呟くと駅近のファストフード店を目指した。

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