第2話 華恋との出会い

駅に着く直前のところで志央は乗っていた自転車を近くの雑林に捨てた。この先大人に邪魔されない限りここに帰ってくるつもりはないしもうこれは不用品だ、と判断した。

駅の電子掲示板で電車の確認をする。

あと、2本で今日の電車は終わりだ。でも、終電は隣の駅までしか行かない。終電の1本前も県内ではあるもののこの地域からはかなり離れた地域まで行く電車があった。

終電の1本前の電車はあと5分で到着する。

志央は駅の階段を走って登り出した。誰とも競争なんてしてないけど、リレーかマラソンの選手になったような気分で長い階段を走った。気持ちいい。

そんなことを思いながら階段を登っていると頂上に自分と年が近そうな女の子がいた。Tシャツにショートパンツ、スニーカーといったカジュアルな服装をしていた。そして、大きな黒いリュックを背負っていることから旅行か何かの帰りなのだろう。そんな彼女が志央の方を振り向く。彼女のポニーテールが軽く揺れる。

志央が「あ」と思った時にはもう遅かった。

狭い階段で大きなスーツケースを2つ持つ彼女と志央がぶつかる。

落ちる。自分も彼女も。スーツケースも。

彼女が手を離した2つの大きなスーツケースが派手な音を立てて階段の下に落ちたあと、自分達も床に落ちた。

志央の上に覆い被さる形で落ちた彼女は志央を見るなり一瞬顔を赤らめるとすぐに口を開いた。

「あんた、バカじゃないの」

「は?」

確かにぶつかったのは志央が悪い。

でも、だからと言ってそんな言い方はないだろうと思った。だから、つい彼女に喧嘩を売るような返事をしてしまう。

「急にリレーの選手みたいに走ってきて人にぶつかって謝罪もない訳?」

「ご、ごめん」

小さい声でボソボソと謝る。先生や先輩なら兎も角目の前にいるのは自分と年が近そうな女子中学生だ。今の自分はそんな彼女の言いなりになっているようで嫌だった。

「あとさ、あんた中学生でしょ?こんなことせずに早く家に帰りなよ」

「お前だって中学生だろ?」

思わず言い返してしまう。お互い人のことを言える状況じゃないけど。

「わ、私は親戚の家に行くの。そっちはどこに行くの?」

彼女が慌てた様子で言う。そんな彼女の様子から彼女が言っていることが嘘だと志央にはすぐ分かった。

女子って都合が悪い時に嘘つくの好きだよな、と思いながら志央は彼女とは反対に本当のことを話した。

「家出だよ」

「家出ってどこに行くの?」

「まだ決めてない」

志央が答えると彼女は短く「ふーん」と短い返事をすると何かを考えるように目線を上に向けた。そして、短い沈黙のあと彼女は口を開いた。

「じゃあさ、私も一緒に行ってもいい?」

「は?」

それが本音だった。なんでどこの誰だか分からない人が自分の家出についてくるのかよく分からなかった。

よく映画やドラマでは、こういう時主人公が好きな女の子であるヒロインと家出をしている。こういう時は大体、主人公がヒロインを連れ出すパターンが多い。

でも、現実ではどこの誰なのか分からないヒロイン役の女子が主人公役の志央についていきたいと頼んでいる。これが一目惚れした相手だとか友達とまでは行かなくても相手と顔見知りだったりしたら充分あり得たと思う。だが、志央も彼女もお互いの第一印象はあまり良くないし顔見知りでもない。

志央には、どこの誰だか知らない男子と一緒に家出をしたいと考える彼女の気持ちがよく分からなかった。

そんな志央の気持ちをよそに彼女は勝手に話を進め出した。

「遅くなったけど、私の名前は宮原華恋。宮司の宮に原っぱの原で宮原。華やかの華に恋愛の恋で華恋。」

ご丁寧に名前の字まで教えてくれた華恋と同じように志央も挨拶を返した。

「俺は、住田志央。住むに田んぼで住田。志に中央の央で志央」

「志央ね、OK。志央は中学生?」

華恋が「今更だけど」と短く付け足して聞く。

「中一」

「私と同じじゃん。何中?」

「南中」

「あー、それ私が通う予定のところだ」

「通う予定?華恋は今中一だよね?」

「二学期から転校する予定の学校ってこと」

華恋はそう言うと立ち上がって転がったままになっていたスーツケースを元に戻した。

「じゃあ、転校生なの?」

「私が家出からちゃんと帰ればね」

志央の問いかけに対して華恋はニコッと笑って答えた。

それと同時にホーム内にアナウンスがながれた。

「間もなく2番乗り場に列車が参ります。危ないですから…」

そのアナウンスに2人して顔を合わせる。

「志央ってどの電車に乗る予定なの?」

「次の電車」

多分乗れないけどなんて言ったら華恋が怒る気がしたからそれは黙っておいた。

「それもう来るじゃん」

華恋は重くて大きいスーツケース2つを持つと1つずつ持ち上げて駅の階段を登ろうとする。このペースじゃ絶対次の電車には乗れない。

志央は華恋が持っているスーツケースのうち1つをもぎ取ると急いで階段を登り出した。

後ろで「それ私のスーツケース!」と叫ぶ華恋に「持って行くだけだよ」と返す。

別に田舎という訳でもないのにこの駅にはなぜかエレベーターがなかった。だから、向こう側のホームに行く時は階段を使うか裏の入り口から入るしか方法はなかった。

通路を走っていると電車が到着する音楽が聞こえてきた。ヤバい。電車が着いたら多分、前から人が来て通れなくなる。

志央は振り向いて華恋に「急げ、華恋」と促す。だが、華恋は疲れた様子で「もう次でいいじゃん」と言うだけだった。

そうしているうちに電車が到着した気配がし向かい側からたくさんの人がこちらに向かって歩いてきた。

志央の脳内でゲームオーバーの音楽が流れる。どうやら今日は、最終列車に乗るしかないらしい。

そんな志央の後ろでは、やっと階段を登り切った華恋が疲れた様子で「もう電車着いたの?」というとぼけた声が大勢の人の足音に混じって聞こえてきた。

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