第8話『遺跡都市で聖剣を引き抜こう!』
3日間の船旅を終え、俺とアリスは、東の大陸にあるという遺跡都市にたどり着いていた。船旅は、アリスにとっては少々過酷なものだったようだ。
彼女は、船旅の途中で何度か涙目で口を抑え、どこかへ消えていった。……おそらく、海の魚たちに餌やりにでも行ったのだろう。
初めは心配で、何度も様子を見に行ったものだが、どうやら船酔いというもののようで、やがて慣れるしかなかった。
俺にとっても初めての船旅だったのだが、揺れる甲板の上でバランスを取りながら、遠ざかる故郷の大陸を眺めていると、なんというか、船乗りさんたちって凄いなと、心底思うのだった。
何事も経験してみないと分からないものだ。
この遺跡都市は、観光で外貨を稼いで暮らしているようだ。港町とはまた違う、独特の活気があった。石畳の道、風化したような建物、そして、どこか懐かしいような、それでいて異国情緒あふれる空気。
いろいろな土産物屋さんを覗いてみたが、どこの店員さんもどこか森の民っぽい感じの、自然素材を活かした素朴な衣装を着ていた。その素朴な雰囲気が、この都市の魅力を一層引き立てている。
この遺跡都市の目玉の観光スポットは、遺跡ツアーと、聖剣抜剣チャレンジとのことであった。
特に都市の中央の公園にある聖剣抜剣チャレンジの前には、朝から長蛇の行列が出来ていて、多くの旅人や観光客が我こそはと挑戦していた。その熱気は、まるで祭りのようだった。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 今なら聖剣抜剣チャレンジ銀貨3枚だよ。この都市にきた人達はみんな挑戦していくよ。旅の記念にどうだい?」
聖剣抜剣チャレンジの受付の男が、俺たちに声をかけてくる。その男は、日に焼けた顔に人の良さそうな笑みを浮かべていたが、どこか胡散臭さを感じつつも、アリスの瞳がキラキラと輝いているのを見て、俺の心は揺れた。
「ブルーノ、せっかくだからやってみましょうよ~! この遺跡都市に来た人はみんな挑戦しているわ。旅の記念に私達も、ね!」
アリスが、俺の腕を掴んで揺さぶる。
その瞳は、まるで子供のように純粋な好奇心に満ちていた。ちょっと、うさん臭いなとは思ったが、アリスが、にこにこと楽しそうにしているので、ついつい、挑戦してみようかなという気になってしまった。
彼女のこの笑顔を見られるなら、銀貨3枚など安いものだ。
「そうだな。思い出作りに、一回だけ挑戦してみよう」
俺は、行列の最後尾に並び、順番を待つ。行列自体は長いものの、挑戦者たちは次々と剣に挑み、そして諦めていくため、思いのほかすぐに俺に順番が回ってきた。この回転率の速さで1人銀貨3枚だ。元手のお金も要らず、良い商売だと感心する。
「はいはい。次は、熊のようなお兄ちゃん。頑張って引き抜いてね!」
受付の男が、俺の体格を見て、にやりと笑う。その言葉に、周囲の観客からも期待の眼差しが向けられるのを感じた。俺は、聖剣の柄をしっかりと握り、引き抜こうと試みる。
――――――重い。
まるで深く地に根を生やした巨木を引き抜くような、途方もない重さと、地中に吸い込まれるような感触が、俺の腕を襲う。
腕力だけでは引き抜くことは不可能だと、瞬時に理解した。俺は目をつむり深呼吸し、一旦全身の筋肉を弛緩させる。そして、木こりの仕事で培った、全身を使う力の込め方を思い出す。
若木を引き抜く時のように、全身の筋肉を使うんだ。靴底を地面にガッシリとつけ、太ももに力を込める。腕だけでなく、大腿筋、腹筋、背筋、胸筋、体中の全ての筋力を総動員する。
血液が全身を駆け巡り、全身が一回り肥大化するような錯覚に陥る。まるで体全体が心臓になったかのような、脈動を感じる。マブタを固く閉じ、剣を引き抜く事のみに集中する。その瞬間、俺の脳裏に、一筋の光が見えた。それは、大木を切り倒す瞬間に感じる、力の流れ、抵抗の最も弱い一点。
「――ここだッ!」
俺は、全身の筋肉を総動員し、岩に刺さった聖剣を、渾身の力で引き抜いた。岩から……聖剣は、確かに抜けた。ズシリとした重みが、俺の両腕にのしかかる。
「聖剣、抜けたぞ」
俺の声に、周囲の観客や、受付の男の顔に驚きの表情が広がる。どよめきと、僅かな拍手が起こる。
「……いやいや驚いた。あんた凄ぇ馬鹿力だなぁ。この聖剣を岩から引き抜いたのは、俺も長い人生を生きているけれど2人目だよ」
男の言葉に、俺は眉をひそめた。
「二人目とは? 俺の他にもこの聖剣を抜いた者が存在するのか? もし差し障りがなければ、どのような男だったのか教えてくれるか」
世界は広い。俺が抜けたのだから、他にも抜ける者がいるのだろう。ちょっとした好奇心から質問を投げかけた。
「あれは10年くらい前の事だ。その男は熊のような巨体をした木こりの男だった。更に不釣り合いなことに、兄ちゃんの彼女のような金色の髪をした小さな子を連れていた」
10年前に来た木こり。熊のような巨体。金色の髪の小さな子。俺の親父だろうか。それならば、その小さな子というのがアリスのことかもしれない。
まだ、確証には至らないが、大きな手がかりとなりそうな情報だ。俺の胸に、僅かな期待と、戸惑いが入り混じる。アリスの出自の謎に、一歩近づいたのかもしれない。
「なるほど。それじゃあ、この聖剣は俺がもらっていいのか?」
俺は、聖剣を受け取ろうと手を伸ばした。しかし、受付の男は、困ったように首を横に振る。
「すまないね。一人目の時にも言ったんだが、この聖剣に相応しい持ち手が引き抜くと、刀身が光り輝くそうだ。お兄ちゃんの場合は光ってない」
「むぅ……そうか。貰えないのか。それは、残念だ」
俺は、聖剣の柄から手を離した。落胆を隠しきれない。
せっかく引き抜いたのに、とんだ骨折り損だ。
「申し訳ないけど、聖剣を元の岩に戻しておくれ。それが出来るのはお兄ちゃんくらいだ」
俺は黙って、聖剣を元の岩に戻す。ズシン、という音と共に、聖剣は再び岩に深く突き刺さった。俺と店員のやりとりを見て、俺たちの後ろで行列を作っていた観光客や旅人が、『ひどいぼったくりだ』とか、『……なんだ詐欺かよ』とか、ガヤガヤと騒ぎ出した。
「お兄ちゃんにはいただいた銀貨を返すよ。それと、お兄ちゃんの彼女さんも特別にタダで挑戦してもいいから、申し訳ないけどそれで許しておくれ」
男の言葉に、アリスが驚きの声を上げた。
「え~っ! 私が?! ブルーノみたいな筋力ないわよ」
「はははっ。アリスも言っていたじゃないか。こういうのは思い出作りだ。試しに一回挑戦してみなよ」
俺は、アリスの背中をそっと押した。アリスは、俺の言葉に促されるように、聖剣の前に立つ。
「もー! しょうがないわねぇ。それじゃあ、えいっ!」
アリスが、戸惑いながらも、聖剣の柄を掴む。その小さな手は、聖剣の柄を包み込むにはあまりにも華奢に見えた。そして、無造作に柄を掴み、引っ張る。
…………すると、まるで鞘から抜いたかのように、スルリと聖剣が抜けた。
そして、アリスが聖剣を持つと、剣の刀身から、まばゆいばかりの輝きが放たれた。聖剣が、まるでアリスの光を吸収し、それを増幅させるかのように、まばゆい光を放っている。
その光は暖かく、清らかで、見る者の心を洗い流すかのようだった。
「あははっ! 確かに物は試しね。なんか抜けちゃったみたい」
アリスは、驚きと喜びが入り混じった表情で、聖剣を眺めている。その姿は、光に包まれ、まるで伝説の勇者のようだった。
「おじさん。光って抜けたぞ。俺たちがもらっていいんだよな?」
俺は、半信半疑の受付の男に、念を押すように問いかける。
「まさか……貴方様は……。いえ……そんなことは、あり得ないはず……いえ……なんでもございません。この聖剣はあなたを選ばれました。この聖剣は、あなた様がお持ち下さい。聖剣の鞘も差し上げます。どうぞ、大切にお使いください」
男の言葉は、まるで信じられないものを見たかのような、畏敬の念に満ちていた。周りで見物していた観光客たちが、拍手と歓声をあげている。そして『すまん! 詐欺じゃなかった!』『おっさん悪口言ってごめん!』『怪しい!あの女、じじーのサクラじゃね?』などの外野の声が耳に入った。
こんなに大勢の人から称賛されたのは、初めてだ。称賛されているのは俺ではなくてアリスだが、それでも、俺は、嬉しいものだった。ただのキラキラ光るおもちゃであったとしても、アリスが喜んでくれるなら俺は嬉しい。
確かにいい思い出になりそうだな。
アリスのこの輝く笑顔を見れただけでも、この街に来た価値があった。
「良かったな、アリス。タダで良い物を手に入れられたな」
「そうね。おじさん、面白かったわ! この剣大切にするわね」
アリスは、鞘に納めた聖剣を腰にぶら下げて、少し誇らしげに歩いている。その姿は、まるで絵本に出てくる姫騎士のようだった。彼女の持つ不思議な魅力が、また一つ明らかになった瞬間だった。
「アリス、その剣重くないか?」
俺の問いに、アリスは首を傾げる。
「そうかしら? ほとんど重みを感じないわ」
「ふむ……。ちょっと俺に持たせてくれ」
アリスは、聖剣を無造作に俺に渡す。
「……ッ!! 重い」
あまりの重さに、危うく膝を付きそうになるが、全身の筋肉を強張らせ、なんとか踏みとどまり、アリスに聖剣を返す。
……さすがにアリスが俺より力持ちという事は無いだろう。
何らかの魔力的な仕掛けが施されていたとか、そういう事なのだ、と、……思いたい。……そうでなければ、……俺の男としてのプライドがボロボロだ。俺が信じるのは、鍛え上げたこの体だけだ。頭はあんまり良くないので……そこだけは、絶対に……負けたくない。
「アリス一つだけお願いがある」
「なにかしら?」
「アリスの聖剣を寝る前に一時間ほど貸してくれないか?」
「何に使うの?」
「世界は広い。……この世界にはとてつもなく重い物が存在する事が分かった。だけど、俺はそれに負けたくない。だから、毎日その聖剣で素振りをして、重さを感じなくなるくらいまで俺の筋力を鍛えたいんだ」
アリスは、俺の言葉に、くすりと笑った。
「ふふふっ。ブルーノって昔っから顔に似合わず意外に負けず嫌いよね。パパと腕相撲して負かされたあとは、いつも隠れてトレーニングをしているのを見ていたわ。やっぱり、そういうところはブルーノも男の子なのね」
「むぅ……子供っぽい考えかもしれないけど、アリスが軽々と持っているのに、俺がまともに持つことも出来ないのは、ちょっとかっこ悪いと思ったんだ」
「いいわよ。昔っから、あなたは生粋の努力家だったものね。寝る前の一時間と言わず、訓練をするときはいつでも貸してあげるわ!」
「ありがとう!」
俺は、アリスの優しさに感謝した。この聖剣が、俺をさらに強くするだろう。そして、アリスを守るための、確かな力となることを、俺は確信した。
新たな旅の目的が、また一つ増えたのだった。アリスの持つ聖剣、そして彼女自身の謎。それらが、俺たちの旅を新たな方向へと導いていく予感がした。
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