第172話
コテージは二棟借りた。
男性三人に女性五人では流石にバランスが悪い。
なので、美香さんについては男性グループに交ざって貰うことになった。
まぁ、俺と走一郎くんでは、実嗣さんを前に手の出しようがないし、そもそも美香さん強いし、なにより彼女今日しこたま飲むだろうから、そこはまぁ、安心だ。
コテージが別でも食事は一緒。
海辺――といっても遊泳はできない――が見えるキャンプ場&コテージ。そのバーベキュースペースで、俺たちはちょっと遅い夕食を食べていた。
子供達が多いので、必然、食べるものは分かりやすいものになる。
「ねー、よーちゃん、このうぃんなーさんもーたべていいー? たべていいー? ういんなーさん、たべてほしいっていってるようにみえうよー?」
「まだもうちょっとかな。片面が焼けてないから」
「はぐはぐはぐ。はぐはぐ。はぐはぐはぐはぐ」
「光ちゃん、とうもろこしがボロボロとこぼれてますよ。ほらほら、もうちょっとゆっくり食べてください。まだまだいっぱいありますから」
わんぱくのちぃちゃんと光ちゃんに俺と九十九ちゃんが対応する。
大胆なように見えて人見知りの強い光ちゃんだが、海で遊んで心を開いたのだろう。素直に九十九ちゃんに口元を拭かれるのは意外かつ微笑ましかった。
ありがとう九十九ねーちゃんと言う辺り、これは彼女もすっかり懐いたな。
このまま、ひかりちゃんのおてんばにちぃちゃんが引っ張られるかと心配だったが、その彼女が九十九ちゃんに懐いてくれれば問題はないだろう。
お子ちゃまと言えば。
まだ年齢的には高校生。
仕事はしているけれど青春ど真ん中の走一郎くん。
そして、箱入りお嬢様女学生の夏子ちゃん。
俺たちと同じく、幼馴染みから恋人にシフトすることができない二人は、仲良く肩を並べて肉を焼いていた。なかなかいい雰囲気だ。遠目に見ている限りには。
「ほら、走一郎。ちゃんと野菜も食べなさい。肉ばっかり食べてちゃダメよ」
「もー、夏っちゃんてばやめてよ。お母さんじゃないんだから」
「私には幼馴染みとして、走一郎を健全に育てる義務があるのよ」
「いつ発生したのさそんな義務」
夏子ちゃんてば独占欲が強いよな。
まぁ、年下の美少年というだけで希少価値は高い。
それでなくても、走一郎くんの守ってあげたくなる弟オーラは凄まじいものがある。彼女がそうなってしまうのも仕方のないことのように思う。
ただまぁ、彼女の前では、ちょっと彼の自慢の弟オーラもかげるんだけれど。
「ほら、ほらほら、もっと野菜食べなさい」
「あっ、あっ、やめてよ夏っちゃん!! そんな勝手にお皿に盛らないで!!」
「私が採らなきゃアンタずっとお肉ばっかり食べてるでしょ!!」
「けど、その、あの――か、か、間接」
「なに?」
「なんでもないよう!!」
走一郎くん、頑張れ。
夏子ちゃんも廸子に言われて幼馴染み脱却を目指しているみたいだけれど、まだまだ骨身に沁みた姉貴分ムーブが取れていないようだ。
彼女側の進展を期待していたら、この恋は二十代までに決着がつかない。
対して走一郎くんは最初からそういう意識があるのだろう。
それともいろいろと刺激したのがよかったのか、最近、随分と意識している。
この幼馴染みは、走一郎くんの方を押した方がきっと上手くいく。
ただまぁ、性格とこれまでの関係もあって、まだまだ難しそうだけれど。
「ほら、ほらほら!!」
「こんなにいっぱい食べられないよ!! もう、夏っちゃん!!」
「……微笑ましい限りねぇ」
「……あぁ、ほんとだな」
そう言って、俺の隣でもきゅもきゅと、野菜を食べる俺の幼馴染み。
いや、もう、ちゃんと恋人になっちゃっているんだけれども。
廸子はといえば、昼のことがよほど尾を引いているのか、いつになく食が細い。
なんていうかなぁ、もっとこう、こいつバクバク食べるんだけれど。食べた上で、そこそこスタイルいい奴なんだけれど、何を遠慮しているのだろう。
お前のために結構な量のカルビとか豚トロとか買ったのに。
あ、やっぱ、ちょっと今日は控えめにしとく、とか。
そりゃないぜってもんである。
さらにビールまで我慢してるし。
「……飲まないの?」
「陽介も我慢してんじゃん。だから、アタシも我慢する」
「いや、俺は病気だから」
いいの、と、言ってウーロン茶を飲む廸子。
寝床もある、騒いでも面倒見てくれる人もいる。
飲むにはもってこいの場なのだけれど。
なんで妙なやせ我慢するんだろう。
誠一郎さんの血を継いで、お前も酒は好きだろうがよ。
飲まなきゃやってらんない類いの人間だろうがよ。
やっぱり、昼間の山波との会話がまだ尾を引きずっているんだろうか。
「心配しなくても、昼間のことはもう大丈夫。本当に、ちょっと食欲ないんだ」
「それはそれで心配だろうがよ」
「……そうだよね」
「無理してこの旅行の都合つけてくれたのか? だったら、お前、別によかったんだぞ? 俺だけでちぃちゃんを遊びに連れて行っても……」
言った矢先に口に焼きおにぎりを詰められた。
口周りに広がる熱気に、思わずむせかえってそれを吐き出す。
すると、妙に意地悪そうな顔をして、廸子が俺を眺めていた。
お前なぁ。
なんだよ、こういう悪戯するくらいには元気なのかよ。
「アタシだけ置いてきぼりにして旅行とか、それはそれで許せないからねぇ」
「だったらもうちょっと楽しそうにしろよ。ほれ、肉を食え、肉を。ちゃんといい肉買って来てるんだから。国内産。安全な奴」
「分かってるって。ちぃちゃんたちに変なモノ食べさせられないものね」
「なに言ってんだよ、お前にも食わせられねえよ。どうなるか分かんないけれど、これから子供産んだりとかあるんだから。そういうのはちゃんとしなきゃだろ」
廸子が目を見開く。
そんなこと考えていたのか――という驚きとはちょっと違う。
なんだろう。
その表情は昼間に山波と会ったときのそれに似ていた。
あれ、これ、もしかして、俺、またセクハラ案件やらかした。
子供がどうとか、そういうのって、ナイーブな話でした。
けどまぁそれは俺も真剣に考えているからであって――というか、お前に手を出したことを俺なりにも自覚しているからであって。
別にそんな顔をしなくてもいいじゃん。
俺、お前に、俺の子供を産んで欲しいよ。
男の子でも女の子でもいいから、元気な子供を――。
「おらぁーっ、お前らぁーっ!! 酒もないのになにいちゃいちゃしとるー!! 今日一日、複雑な志摩の道を運転したチャン美香さまに、酌をするとかそういうのないんかー!! オラー!!」
「そしてここで、シリアスな空気をぶち壊して、大暴れするよっぱらいが一人」
「美香さん、いけない、そんな悪いお酒の飲み方。もっと身体を労りなよ」
「やだもー実嗣さんてば、こんな酔っ払っている私にも優しいんだからぁ」
「そしてこっちはこっちでザルのように飲んでいるのにまったく酔わないのな」
「まぁ、美香さんという素敵な女性に、既に酔っているからとも言えるね」
「素面でも、酔っていても、それ言える実嗣さんを俺は心から尊敬しますよ」
一番バーベキュー楽しんでいる年長者二人。
複雑な志摩の道路を、華麗なドライビングテクニックで危なげなく運転して見せた彼らは、かれこれ一時間近く、肉を食らっては酒を飲み、酒を飲んでは肉を食らう、バーベキューの鬼と化していたのだった。
まぁ、海水浴場で俺たちに変わって、子供達の面倒を見ていたのもあると思う。エネルギー不足なのだろう。それを補給するような、豪快な飲み食いっぷりだ。
そして、惚気っぷりだ。
「あぁ、ダメ、実嗣さん。私、どうやらそろそろ、限界みたい」
「それはいけない美香さん。どうしたらいい?」
「近づかないで。これ以上、近づかれたら、貴方の視線で気絶してしまうわ」
「まったく、なんだそんなこと。だったら視線が重ならないよう、隣に座ろう」
「あっ、実嗣さん」
「ふふっ、美香さん。さぁ、どれが食べたいかな。言ってごらん」
「マキシマムギガホルモンが食べたいです。脂がしっかりのったやつ」
「「いやほんと、あんたらどっか別の所でそういうのやってくれません!?」」
ようやく元気の出た廸子と一緒につっこむ。
というか、こんなんにまとわりつかれて迷惑な訳がなかった。
元気がなくても、元気が出るってもんだよ――。
あぁ。
案の定、美香さんがこちらを悪戯っぽい目で見ている。
「ふふっ、どうやらちょっとはいつもの二人らしくなったみたいね。ダメよ、そんなせっかくの旅行なのに深刻な顔してたら。エンジョイしなくちゃ。せっかく休みの都合をつけてくれた千寿に申し訳ないでしょう」
まったく、その通りで、ございます。
ババアの代わりに、その幼馴染みに諭された俺たちは、顔を見合わせるととりあえずその青ざめた顔を、明るくすることからはじめるのだった。
そうだよな。
せっかくの旅行なんだし、楽しまなくちゃな。
「ねー、よーちゃん、おしょくじのあとはなびすうのー?」
「打ち上げ花火とかあるんだろう? なー? なー?」
「あー、はいはい。するからするから。するからもうちょっと待ってね」
子供達にも、不安な顔みせてたら、いけないしな。
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