第167話

 という訳で。

 走一郎くんの厚意というか、たっての願いというか。

 そういうこともあり、俺たちは彼の会社の社用車で海に行くことになった。


 金曜日。早朝十時。

 豊田家の前に集まった俺たちは、その車が走一郎くんと共にやってくるのを今か今かと待っていた。


「そういや、走一郎くん車の免許持ってないよね? どうやってここまでくるの?」


「あ、なんか運転してくれる人は頼んだみたい。なんかその人も、玉椿町に用事があるらしくって、こっちに泊まるからちょうどいいとか」


「へー、ラッキーだな」


 つっても、玉椿町に泊まるところなんてないけどな。

 ビジネスホテルは軒並み潰れてラブホテル。民宿もやってるっちゃやってるけど、ここからはだいぶ離れた所にある。

 キャンプするなら、それこそ車ないと難しいんじゃねえ。


 いったいどんな人が来るのだろう。


 なんて思っているとステップワゴンが車通りの少ない玉椿の国道を走ってきた。

 鈴鹿ナンバー。間違いなく、走一郎くんの所の車である。


 俺の家の前で停車したその車。

 助手席から飛び出したのは走一郎くんだ。

 おまたせしましたおはようございますという彼の表情は、結構な距離を走行してきたというのに、割と健康そうだった。


 よかった。

 やっぱり家の乗り慣れた車ならそれほど酔わないなんだな。


 遅れて、ちょっと待ちなさいよと降りてきたのは夏子ちゃん。

 清楚な白ワンピに大きな麦わら帽子。

 もう完全にラノベのヒロインだ。


 美少年に美少女。

 まさに夏を彩るのにうってつけの二人と合流した俺たちは、さて、それじゃ行きますかと、荷物を積み込もうとした。


 その時である――。


「お前が、豊田陽介か」


 ドスの聞いた渋い声がどこからともなく聞こえてきた。

 いや、どこからも何も、ステップワゴンの運転席から。


 のっそりと運転席から降りた彼は、このクソ熱いのにビジネススーツ姿。

 紅色のネクタイをビシッと決めて、サングラスをかけてこちらを見てきた。


 これが、ちょうど玉椿に用事のあった人。


 けど、なんだろう――。


 どこかで見た覚えが――。


「あ、お兄ちゃん。紹介するね。この人が僕のお父さん」


「……そ、走一郎くんのお父さん!?」


「いつも息子がお世話になっているそうで。一度、お話をさせていただきたかったんですよ。えぇ、夏子さんの件もありましたしね」


 ちょっとそれはもう終わった話でしょうと、お父さんに食い下がる走一郎くん。

 仲がよくなければこういうやりとりも発生しない。

 けれど、まぁ、なんとなく話の流れは分かる。


 走一郎、黙っていなさいと、と、彼のお父さんはいきなり怒鳴った。


 怒鳴りなれていないのだろう、シュンとする走一郎くん。

 そんな彼と夏子ちゃんを背中に回して俺の方に近づいたお父さんは――。


「息子の交友関係についてとやかく言うのはどうかと思っているんだ。しかしね、豊田陽介くん。君のように、仕事もしていなければ手に技術もなく、あまつさえセクハラを子供に教える人間を、放っておくほど私も放任主義じゃない」


「……あぁ、まぁ、それが普通の親だと思います」


「海水浴旅行については決まってしまったものなのでしかたない。けれども、今後は息子との付き合いをひかえてもらえないかな――」


 そう言って、サングラスを外した。


 見たことのある顔だった。

 あれ、この人どっかで見たなという顔だった。


 走一郎くんの面影があるけれど、どことなくそれとはまた別の見覚えがある。

 そんな顔だった。


 過去に会っている気がする。


 どこだろうか。

 割と最近だったような。


 そんなことを思っていると。


「おーい陽介。お前、飲み物くらい持ってけ。コンビニで買ってたらバカにならんだろう。節約しろ節約。うちは貧乏なんだか――うん?」


「……あれ?」


 親父と、走一郎くんのお父さんが顔を合わせる。

 しばしの沈黙の後、二人は手を上げるとお互いを指さしあって一言。


「……先輩?」


「……京一郎くん?」


 あ、完全に思い出しましたわ。

 前に酒場で親父と一緒に飲んでた人だ。

 そんでもって、二人とも鳩が豆鉄砲食らったような顔してますわ。


 なんでこんな所にって顔だわ。

 そんでもって、その視線がすぐに俺と走一郎くんに向きますわ。

 仕方ないですわ。


「……嘘でしょ?」


「……もしかして、俺らの息子達?」


「「友達になってるぅうう!!」」


「「ネタが古い!!」よ!!」


 俺も走一郎くんも、この時ばかりは親に向かってツッコんだ。

 というか、俺たちもちょっと信じられなかった。


 知り合いって。

 しかも、オフロードレースに出場したパートナーって。

 いやはや。人の縁ってのは奇妙なものがあるね。

 そんでもって、こうなると話は泥沼よね。


「いや、まさか先輩の息子さんだったとは。ろくでもないろくでもないとは、会う度に聞かされていましたけれど、まさか本当にこんなろくでもなかったとは」


「だろう。実物で見ると本当にろくでもないだろう。ほんと嫌になる」


「あ、これ、和解するパターンじゃありませんね。というか、会う度にろくでもないって人に言うとか、親父ほんとひどい、まじでひどい」


「……お兄ちゃん」


「けどまぁ、先輩の息子さんですしね」


「まぁ、俺の息子だからな」


「そしてなぜか親父の息子で納得しちゃう流れも解せない」


 先日の酒場での雰囲気から、この二人が喧嘩するようなことはないだろう。

 うん、やっぱ和解の流れになるよね。

 持つべきものは親というべきか、縁というべきか。

 なんにしても、奇妙な話もあったもんである。


「まぁ、先輩の息子さんということであれば、私もあまり大きなことを言えない」


「……いや、ほんと、すみません」


「謝ることないよお兄ちゃん!! お父さんがいろいろと過干渉なだけなんだから!! いいじゃない、僕の交友関係くらい放っておいてよ!!」


「……そうだな。お前に悪い虫がついたらいけない。優しい性格を利用しようとするろくでなしを追い払いたい。そう思っていたが、少し思いが行きすぎたようだ」


 走一郎。

 息子の名を呼んで、親父さんは彼を引き寄せる。


 その頭に手を乗せて、彼は――子の成長を見守る父親の顔で言った。


「いい友達を見つけたな。大切にするんだぞ」


「……うん!!」


 どうやら、俺は許されたらしい。

 と、思ったらいきなりこちらを振り返った京一郎さんに睨まれる。


「先輩の息子ということで、一旦は信頼してやる!! しかしな、もし今後走一郎を体よく使おうとしたら、その時は覚えておくがいい!!」


「いやいや、そんなことしませんって。いやほんと、マジで」


「どうかな。私が何度、合コンの客寄せパンダとして先輩に利用されたことか」


「それはもう謝ったでしょうよ、京一郎くん。ほんともう、ごめんってば」


 親父。

 その会社に勤めてたころ、普通に結婚してたよな。

 なにしてんだ親父、お前この馬鹿野郎。


 そりゃ話の流れ的に許されると思ったけれど、釘刺されるのもしかたねえわ。


「……しかし、そんな先輩を私は尊敬しているし、人生を教わったと思っている。陽介くんだったね。確かに、私から見ると、君は本当に最低のニートだなと言いたくなるような相手だ」


「なんでそんな姫騎士っぽい言い回ししました?」


「だが、走一郎にとっては頼れる兄貴分なのだろう」


 これから、息子をよろしく頼む。

 そう言って差し出された力強い手。


 会社をそして家庭を、走一郎くんと奥さんをこれまで支えてきた、そんな立派な男の手を、俺は、しっかりと握り返した。


 もうそれ以上、言葉は必要なかった。


 と、その時である。


「……なんだ、このものすごい排気音は!!」


「まさかこれは!!」


「お爺ちゃんのバイクの音!!」


「まてまてまてーい!! 京一郎!! お前、徳治郎さんの家に迷惑をかけるとはどういうつもりじゃ!! 徳治郎さんはワシの兄貴分だった男!! そんな男のお孫さんを信じられないだと!! やはりお前は昔から根性がねじ曲がって!!」


「……あれが京一郎くんのクソ親父さん」


「……そうです。あと、なんか、先輩のボケ親父と仲良かったそうです」


 なんじゃ、なんじゃなんじゃと、言いながらヘルメットを脱ぎバイクから降りたのは、走一郎くんのお爺ちゃん。

 スポーツバイクでやって来たじいさまは、親父と京一郎さんを眺める。

 そして、俺と走一郎くんを眺める。


 なにやら察したのだろう。

 彼はいきなり尻餅をつくと。


「え、わしらの息子たち、友達じゃったのぉぉおお!!」


「「「「もうやった!!」よ!!」」」


 血を感じさせるリアクションをしてみせるのだった。


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