第162話
コンドームが余ってしまった。
「……どうしようこれ」
ラブホで初めてコンドームを買った俺たちは、普通にそれを余らした。ホテルのゴミ箱に捨てて帰ればよいものを、もったいないからと持ち帰ってしまった。
そして、処分にあぐねいて今に至っている。
TENG○ならばお洒落インテリアとして家の中に置いておいても大丈夫。
けど、コンドームは流石にちょっとお洒落で済ませないよな。
置き場所にとても困る。
さりとて、隠すと言っても、俺の部屋の中じゃいざというときに使えない。
こう、なんか二人の気分が盛り上がったときに使うことが出来ない。
いこっか。
しよっか。
に、なっちゃった時に、またコンドームがないってなる。
そもそも二人して実家住まいなので、お外でないとそういうのできない。間違ってちぃちゃんに見られたら地獄だし、誠一郎さんに感づかれても地獄である。
前者は主に家族からなにやってるんだと糾弾される。
後者は誠一郎さんに婚姻届を市役所からお取り寄せさせられてしまう。
なので家ではできない。
これを家に置いておく意味は無い。
ならいったい、どこにこいつを常備するべきか――。
「超リアル感覚!! 薄々0.02㎜とか買っちゃったから!! ちょっとお高い奴買っちゃったから、捨てるに捨てれない!!」
お互いはじめての記念なんだし、高級感じゃないけれど、二人を隔てるモノは薄い方がいいかなと思って、高いの買ったのが良くなった。
おかげさまで充実した時間を過ごせたし、むしろ、なんていうかはじめてなのによくここまでやれたなって感じだったし、感謝している。けれど、五枚はちょっと多かった。二枚中途半端に残ってしまった。三枚使っちゃうあたり、あ、やっぱり俺らも年相応の男と女なんだなって――バカァ!!
どうしよう。
とにかくどうしよう。
まぁ、こいつは任せろよと預かった手前、どうにかする必要がある。パッケージはホテルに捨たから良いが、二枚のコンドムをなんとか隠す必要がある。
どこだ。どこに隠せばいい。
家族に見つからない場所で、俺の目が常に及び、そしていざ廸子とそういう気持ちになったとき、さっと取り出せる場所。
答えは一つしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「で、助手席のこのなんか車検証とか入れる場所に、とりあえず入れてみたと」
「……あぁ、なんかこう名刺入れを装って、入れてみましたと」
「働いてないのに名刺入れなんてある時点でおかしいとか考えないの?」
「だって助手席乗るの廸子だけじゃん!! ほんでもって、廸子ってばなんで今日に限ってそこ開けるかな!! なんで開けちゃうかなぁ!!」
「しかたないだろ!! お前、店の中ならともかく、二人っきりだと――」
意識しちゃうんだからと尻切れトンボに言う廸子。
音声がミュートする共に顔を真っ赤にして彼女は俯いた。
はい、エロい沈黙。
廸子ちゃん顔真っ赤にして口元隠すのマジ乙女。
お前それだけ乙女力高いのに、年増ヤンキーやってるのもったいないぞ。
あとベッドの上でも、割と乙女なのほんとびっくりしたぞ。
ガツガツくるかなと思っていたけど、意外と受け身で混乱したぞ。
というか初めてどうしだと、どうすりゃいいかわかんないよね。
予習はいっぱいしてたはずなのに、もう、ほんとわかんないよね。
まぁ、手をつないで寝転がっているときが一番幸せなんだけれど。もうなんていうか行為よりも、二人でじゃれ合ってるのが一番幸せなんだけれど。年頃の二人だからもうちょっとあるかなと思ったけど、意外と事後の方が幸福感が高くて、なるほどSEXってのは奥が深いなと、そういうことを思ったりした訳だけれど。
うん、俺もオーバーヒート気味だわこれ。
ミラーで確認したけれど、顔真っ赤である。
そりゃ三十年以上そういうことをしてこなかったんだから、仕方ないよね。
分かんなかったよ、初体験がこんな甘酸っぱいなんてさ。
そして、余ったコンドームをどう処理すればいいかなんてさ。
あかんこれ以上考えてたら本当にダメになる奴やこれ。
「……まぁ、一箱千円って高いよな」
「……五枚ってのもまた、微妙な枚数だよな」
「そうだよ、多いんだよ。もっとこう、いい感じに使い切れる枚数にしてくれないと困るよ。まったくそういう所に気が利かないんだからさ」
「ほんとだよな。五枚って。いくらなんでも体力も時間も足りないよな。商品が悪いよまったく。ちゃんとマーケティングしてんのかね」
よし、いい感じにコンドームの悪口に話を持って行けたぞ。
共通の敵、コンドームにより、こっぱずかしい空気を中和できたぞ。
依然としてどこにコンドームを格納するべきか、答えは見つかっていないけれど、廸子といつもの感じで会話ができるようになったぞ。
よくやったぞ俺。
そして、すまんコンドーム。
あんなに世話になっておいて、敵にしてしまって申し訳ない。
コンドーム。
またそのうち、お世話になるけど、その時はよろしくコンドーム。
とにかく、このままコンドームの話を続けるのだ。
ヘイトをコンドームに集めるのだ。
「値段も高いよな。なに、千円って。ちょっと買うの戸惑っちゃったよ」
「そうそう。こんな薄いゴム五つに千円ってさ。一つ二百円とか、おにぎり二個買えちゃうよね。おいそれと買えないっての」
「ほんとそれな。どうしていいか分かんなくて、ホテルの中にあった自販機で買ったけれど、ドラッグストアとかで買ったらもうちょっと安いんじゃないの」
「けど、玉椿町にはドラッグストアがねぇ!!」
「コンビニはあるけどアタシの職場だからな!!」
いいぞコンドーム。
いい感じに笑い話に昇華してくれるぞコンドーム。
お前、なかなか便利だなコンドーム。
人の身を守りつつ、笑いも取れるなんて、器用な奴だなコンドーム。
なのに、悪口言ってごめんよコンドーム。
「薄さ。やっぱ薄さなのかね。厚めの奴なら安いんじゃねえ?」
「厚めとか言われても、アタシ別にそれ使ったの前が初めてだからわかんないし。値段の相場とか分かんないし」
「あー、それな。ドラッグストアとか行ったら、適正価格分かるのかね。あと、どれくらいの薄さがスタンダードなのかとか」
「前に町の薬局の前の自販機で売ってたけど、あの店潰れてからなくなったもんな。やっぱ、ちゃんとそういうの知るには、ドラッグストア行くしかないのかもな」
「ホテルにぼられっぱなしはよくないもんな」
「よくないよな。あ、そういえば、調度化粧品が切れてたんだよ」
「俺もシャンプーが切れてたんだよな。いや、お前の所でも買えるけれど」
「ドラッグストアの方がどう考えても安いしな」
よし。
後学のためにドラッグストアにちょっと行ってみるか。
はい、もう健全。
俺たちは、いろいろな恥ずかしさを乗り越え、いつもの幼馴染みに戻っていた。
一線越えちゃったから、なんかぎくしゃくするかなと思ったけれど、コンドームに対する怒りを共有して、前と変わらない幼馴染みの関係を回復することができた。
ありがとう、コンドーム。
男と女の味方コンドーム。
お前のこと、悪者にして悪かった。
けど、感謝してるよ。
そんなことを思いながら、俺と廸子は夜の玉椿町をドラッグストアに向かう。
正しいコンドームの価格を知るために。適正価格をはっきりとさせるために。
◇ ◇ ◇ ◇
「……増えちゃったよ、コンドーム」
「……三十枚千円はいくらなんでも安すぎだよ。こんなのホテルの買うの馬鹿らしくなっちゃう奴じゃん」
「しかも、なんか、薄さもそんな変わらないし」
「0.02㎜って、割と普通なんだな」
コンドーム。
増えるのかよコンドーム。
お前、コンドーム。
俺たちの心の隙間に入り込むのかよコンドーム。
いや、入り込むのは違う隙間だけれど、コンドーム。
あぁ、コンドーム。
どうしてこうなったコンドーム。
箱入りお徳用。今度こそ、もう、隠しようがないそれ。しかしながら、ホテルで買うことを考えたら、あきらかコスパが良すぎる。貧乏性である俺たちに見逃すことはできない。コスメと、シャンプーと、一緒に買わずにはいられない。
だって、明らかにボラれてんだもん。
ひでえ商売だなホテルってさ。
「……とりあえず、助手席に隠しておきます」
「……そうしてください」
ほんでまた俺ら顔真っ赤だよ。
もう、俺たち、幼馴染みの関係には戻れないのね。
あぁ、コンドーム。
顔から被れるものなら被りたいよコンドーム。
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