第157話

 九十九ちゃんにお手紙が来た。

 有馬に残してきたホテル。そこの従業員達から、近況報告も兼ねて時節のあいさつが届いたのだ。どうやらみなさん元気にやっているらしい。


 ババアが紹介してくれた新しい経営者は理解も実力もある人らしい。

 九十九ちゃんにはホテルのことは今は忘れ、青春を謳歌して欲しいとのこと。

 今のところ九十九ちゃんがどう思っているのかは分からないが、とりあえず肩の荷が下りて普通の学生らしく青春できているのはいいことだと思う。


 とはいえ、家族同然で育った人たちからの便りだ。

 楽しそうに俺たちに報告する九十九ちゃんの表情は活き活きとしていた。

 遠からず彼女はホテルに戻るだろうなと、そんなことを俺は思った。


 さて、それはさておき。


「取引のある業者から宝塚のチケットをいただいたのですが、どうしましょうか」


「相談の内容がセレブリティ過ぎて上手い返し方が分からない」


「だろぉ?」


 という訳で。

 どうしたらいいか分からない相談を受けた廸子から、俺は呼び出されて神原家にやって来ているのだった。


 いやー、片田舎のおっさんに、宝塚のチケットについての相談はちょっと荷が重いわ。荷が重いし門外漢過ぎて答えなんて出てこないわ。


 むしろ九十九ちゃんの方が宝塚については知識あるんじゃない。


「というか、宝塚のチケットとか貰うんだ、どういう理屈な訳?」


「食材の仕入れ業者の方が、劇場近くのファンカフェにも食材を流しておりまして。そこのマスターからファンが余らしたチケットをいただくんだそうです」


「宝塚のファンカフェとかあるの、すごいな」


「廸子や、この日本で最も古いアイドルぞ。そんなもんあってもおかしくないだろう。しかも聖地みたいな場所じゃないか、お察しよ」


「お母さまが生きていらっしゃった頃に、何度か分けていただきまして。その名残で、年に一度ほど家族の分を送ってくれるのです。といっても、お父さまが亡くなられてから、忙しくて見に行けていないのですが」


 と、少し寂しそうに言う。

 まぁそうよね。

 経営大変そうだったものね。


 けれども今年はその重荷もなくなった。

 折しも夏休みもすぐそこという季節である。

 日程さえ合えば、里帰りもかねて見に行ってもいいのではないか。


 ホテルのことも心配だろうし。


「いいんじゃない。変に気兼ねせずに行ってきなよ。お母さんと見に行ったってことは、宝塚にそれなりの思い出もあるんでしょう?」


「いえ、それはその通りなんですが――」


 と言って、彼女が取り出したのはチケット。

 それは三枚――九十九ちゃんと、廸子と誠一郎さんの分と思われる――あった。


 内容はちょっとよく分かんない。

 俺、宝塚とかあんまり見ないから。


 うぅん、なるほど。家族分って訳ね。

 神原家に引き取られたのも把握していらっしゃる訳ね。

 流石は食材卸、用意のよろしいことで。

 それくらいの気配りができなきゃ、業界生きていくのは難しいってことですか。


 やるな食材卸。

 そして、やってくれたな食材卸。


「私も実家に帰ろうと思っていましたので、一枚は大丈夫なのですが、このだぶついた二枚をどうしたものかと」


「いやもういいじゃん、べつにそんな無理して見に行かなくても」


「特別席で一枚一万円ちょっとするんですよ」


「それはもったいない」


 一万円する最前席をみすみす使わないのはもったいない。

 そりゃ廸子も返答に困って俺に助けを求めてくる訳だよ。

 常識的に考えてそれを使わないのはなしだ。


 なしだけれども、廸子も誠一郎さんも、宝塚に興味があるかと言われればノー。そして、宝塚に行くなら、当然有馬の旅館にも顔を出さなくてはならない。


 もちろん彼らは家族だから、一緒に旅行に行くのは別に構わない。

 けれども行く先が行く先である。


 親戚の家にお邪魔するのって結構勇気が要る話だよ。

 何より三重より遠い地とあってはおっかなびっくり。

 彼らの懐事情はあんまり知らないが、よくないことは明白である。


 廸子と誠一郎さんが悩むのも仕方なし。


 うぅん、これは本当に、どうしたものかねと俺は頭を悩ませた。


「前に俺たちが有馬旅行にいけたのは、九十九ちゃんが金を都合つけてくれたからで、ぶっちゃけあんな旅行をやろうと思うと――」


「ぜんぜんお金が足りません。あとシフトの都合がその日はつかなくて」


「だよねぇ。急な話だものねぇ」


「皆さんでいけないとなると。私一人だけで行くということになるのですが。その場合、2万円の損失に」


「転売してしまおう。いや、けど、せっかくのご厚意にそんなことしていいのか。それに、席的に固まっているだろうから、できれば知っている人が隣の方が……」


「悩ましい所ですね」


 いっそ、誰か誘う人が居ればいいのですが、と、九十九ちゃんがごちる。


 その時、ふと、思いつきのように、以前九十九ちゃんに気のあるそぶりをみせていた少年のことを思い出した。

 そう、確か、野球部キャプテンの――。


「そうだ、鈴木くん、鈴木くんはどうだい?」


「まて陽介、それはちょっと!!」


「……なんでそこに鈴木が出てくるんですか?」


 相変わらず九十九ちゃんは鈴木くんに関心がねぇ。

 残酷なくらい、どうしてって顔している。


 いやけど、彼が九十九ちゃんに、何かしら思うところがあるのは間違いない。


 だとすれば、九十九ちゃんに宝塚に誘われて、嬉しくない訳がない。

 きっと目を輝かせてそのお誘いに乗ってくることだろう。


 まぁ、まだ中学生の彼らが、県外にまで行くのはどうかという話はある。

 だがそこはそれ、旅館の従業員や誠一郎さんの兄弟の力を借りることもできる。

 ちょっと監視は多いけれど、できないデートではないだろう。


 というか、ときめき案件じゃねえ。

 災い転じてラブコメじゃねえ。

 我ながら見事な機転。


 と、廸子の方を見ると、難しそうな顔をしてこちらを睨んでいた。

 まるで九十九ちゃんのことも考えてあげろよ、と、そんな感じに。


 あ――。


「ま、まぁ、けど、九十九ちゃんが誰と行きたいかだからねえ。特に学校で接点がある訳でもない鈴木くんを、いきなりデー……宝塚に誘うのはリスクが高いような」


「いえ、言われてみれば、悪い案ではないかもしれません」


「「え!?」」


 あれ、なに、前に話をしたときには、明らかに脈なしという感じだったのに、これはもしかして脈があるの。

 実はひっそりと、そういう関係を温めてきた感じなの。

 

 なんだよ九十九ちゃん。

 真面目少女かと思いきや、ちゃんとやることやってんじゃん。

 青春しているじゃん。


 もー、あの断られ方からして、これは脈はなかろうなと思っていたけれど、思った以上に青春しているじゃないのよ。


 お兄さん、それ聞いて安心よ。


「よし、なら、チケットを鈴木くんにあげてしまいなさい。それが一番だ」


「……陽介。けど、いいのか」


「こういうのは勢いが大切だ。九十九ちゃんがあげたいなら、その心に」


「いえ、彼は確か三人家族ですので、チケット三枚お譲りすれば丸く収まると」


 おっと、雲行きが怪しくなって参りましたよ。

 これはときめき系の青春話じゃない感じの、そんな空気が漂って参りましたよ。

 というか、ちょっとヤバい感じがいたしますよ。


「そうすれば、宝塚のチケットは無駄にはなりません。それに、有馬温泉への帰省は私一人で事足りますから」


「……えっと、九十九さん? 鈴木くんとご一緒したりなんかは?」


「はい? なぜ家族水入らずの所を、わざわざ私が入って邪魔しなくてはならないんですか? おかしなことを聞きますね、陽介さん」


 いや、まぁ、その通りだよ。

 その通りだけれど。


 すまん、鈴木くん。


 君をそんなボロボロにするつもりなんてなかったんだ。

 ちょっとフォローするつもりだったんだ。


 チケット渡されて、一緒に行こうぜっていう、鉄板シチュ。

 そう思わせて、家族で行ってこいという残酷話。

 こんなことになってしまって、本当にごめん。


 けど、九十九ちゃん、なんか妙に腑に落ちた感じだから、あえて止めないね。

 ごめん。


「まぁ、鈴木もたまには息抜きするのもいいでしょう。これで少しは、口うるさくなくなるはず」


「……廸子。俺、九十九ちゃんが将来ちゃんと結婚できるか、今から不安」


「……あたしも」


「どうしてですか陽介さん? 根拠も無くそんなことを、セクハラですよ?」


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