第148話
「ちぃと!! ひかいちゃんの!! おようぎくっきんぐ!!」
「……くっきんぐー!!」
はい、光ちゃん、もっと元気よくやろうね。
せっかくこれ、光ちゃんのご両親に見て貰うんだから。
元気いっぱいの方が喜ぶからね。
はい、廸子さんも、もうちょっと二人のお子さんの後ろで元気よくしようね。
もうやだ恥ずかしいみたいな顔してちゃ駄目だよ。
アタシなにしてんだろみたいな、我に返った顔したら台無しよ。
そんなんで視聴率とれると思ってんの。
収益化の条件満たせると思ってんの。
なめんじゃないよ、ユーチューバーをよう。
ユーチューバー業界はもはやレッドオーシャン。
強烈な個性を持っていないと生き残れない。
そんな時代が到来している。
社長しかり、小学生しかり、バーチャルしかり、パンケーキメーカーの達人しかり、確固とした個性が必要なの。そんな腑抜けたことでどうするっていうんだ。
お前の売りは何だ廸子。
三十歳金髪ヤンキー女ユーチューバーだろうが。
もっとうわキッツを前に出していけよ。
まぁ、別にネットに動画を流すつもりはないんですがね。
今回も例によって例のごとく身内の観賞用。
子供達のかわいい姿を映像に残そう。
そういう親心から、ババアとあかりさんに頼まれた訳ですよ。
ちぃちゃんと光ちゃんのお料理クッキングウイズ廸子。
「きょうは、おこさまでもかんたん、おかかくっきーをつくります」
「おからじゃねえの?」
「そうともいいます。ひかいちゃんはおにぎりのぐはなにがすきですか?」
「え、なんで?」
「ちぃはこんぶさんがすきです!! なぜならうめさんとしゃけさんは、しゅっぱいから!! ツナさんはまぜてはいけないたべもののきがすうからです!!」
「そうかな、ツナ、おいしいと思うけどな」
はいはい話がずれてるよとそれとなく注意を促す。
しまったという顔をして我に返るちぃちゃん。
それに釣られてこっちに不満の表情を向ける光ちゃん。
俺に不満をぶつけられても困る。
だって、俺は君たちのお母さんに雇われたカメラマンだから。
かわいいシーンをきりだし、見やすい映像にまとめる動画編集者なのだから。
文句を言うなら、君たちのお母さんに言ってね。
そして、アシスタントの廸子さんは、俺と同じでお母様方からお小遣い貰っているんだから、もうちょっと真面目に進行してね。
ほら、子供達が無軌道状態に入っている。
目で促すと流石に以心伝心の幼馴染み。
それじゃ、さっそく作ろうと小学生二人に料理を促した。
「今日つくるのはおからクッキー。おからで作るヘルシーなおやつだよ」
「ヘルシー?」
「ダイエットとかするときに食べるんだよな? 知ってるぜ」
「……光ちゃんはなんていうか、小さいのにしっかりしてるね」
「ちぃもしってう!! さいきんよーちゃんが、やってるやう!!」
はい、ちぃちゃん、余計なこと言わない。
再就職に向けて、だらけきった体を引き締めようと、確かにダイエットしております。そして、廸子には悟られないよう、今まで黙っておりました。
なので言わないで。
ほら、廸子もなんかいい話を聞いたって感じの顔してる。
そういうことになるから、嫌だったんですよ、ほんともう。
「おっさん、男のくせにダイエットとかしてるのか?」
「よーちゃん、ぽっこりおにゃかきいしてうんだって」
「まー、なー、たしかにちょっとやせたほうがー」
「はい、撮影撮影!! そっちに集中してお嬢さんたち!!」
俺のダイエットはいいから、と、強引に話を打ち切る。
後でからかおうという悪い表情をみせて、廸子はクッキングの説明に戻った。
「はい、まずはこれがおから。といっても、クッキー用に乾燥させたものだね。ちぃちゃん、おからは何でできてるかしってるかなー?」
「おまめさん!!」
「そう、正解。だからちょっとだけお豆さんみたいな肌色してるよね」
「おとうふさんつくるときのしぼりかすなんだよね。ちぃしってる。ようちゃんといっしょって、おかーさんがいってた」
「そうだね、いっしょだね」
「なんでただのクッキングの説明なのに俺が血まみれになっていくんだよ!! いいから、ほら、ほんと料理に集中して!!」
そして、ババアも自分の娘におじさんのことをなんて説明しているんだ。
おからみたいな奴だって、冗談じゃない。
おからがかわいそうだよ。
俺はおからほど人様の役に立つ人間じゃないよ。
って、バカァ。
「はい、真面目にやる!! 廸子!! 次!!」
「お、おっけー。えーっと、そしたらこの乾燥したおからと小麦粉を混ぜていきます。両方ともちゃんと混ぜて、ダマにならないようかき混ぜましょう」
「きゃっきゃっきゃ!!」
「こらちぃ、ちょっとこぼれてるぞ!! もっとていねいにやれ!!」
「えー、小麦粉とおからがいい感じに混ざったら、そこに溶かしたバターと砂糖、あとはバニラエッセンスを加えていきます」
「どろどろだー!!」
「いいにおい。くっきーみたいだな」
クッキーみたいだなも何もクッキーだよ。
しかし、いいコメントいただきました。
光ちゃん、ちゃんと動画映えを意識しているねぇ。
えらいねぇ。
将来は演技派の女優かな。
ドロドロに溶けたバターと砂糖、そしてバニラエッセンスを加えたそれを、小麦粉とおからの混合体に溶かし込んでいく三人。
バターをきっちり注ぎ終えると、廸子がプラスチックのへらでかき混ぜる。
それを眺めてちぃちゃんとひかりちゃんは目を輝かせた。
うぅん、まぁ、ここばっかりは仕方ないよね。
バターめっちゃ熱いから、間違って触ってやけどしたら駄目だものね。
そして、結構な力仕事だからね。
廸子も割ときつそうに額に汗浮かべてるわ。
「はい。こうしてダマが無くなったら、クッキー生地の完成です」
「かんせーでう!!」
「やったぜ!!」
「後はこれを、自分の好きな型で切り出して、オーブントースターで焼いたらできあがり。はい、それじゃちぃちゃん、ひかりちゃん、好きな型を取ろうか」
はーいと唱和する女子小学生二人。
ふぅ、ここまできたら、もう動画としての山は越えたかな。
あとはできあがったクッキーを映してフィニッシュだ。
なんでクッキーを作るだけで、こんなに苦労するんだ。
そんな気がしないでもないけれど、子供の料理ってこんなもんよね。
気を遣うわ。
けど。
星やウサギさんと、いろんな型でクッキー生地をくりぬくちぃちゃんたち。
そんな彼女たちの笑顔を見ていると、時給千円ちょっとで引き受けたこの仕事も、まぁ悪くないかなと思う。
ほんと、子供は天使だよ。
人類の宝だよ。
大切にしなくちゃ。
「ところで、ゆーちゃんはくっきーさんつくらないの?」
「んー、まぁ、じゃぁ私もつくろうかなー」
ちぃちゃんに言われて廸子もクッキーの型を取る。
どうしようかなとちょっと迷って、彼女が手に取ったのはハートの型。
あらあらまぁまぁ、金髪ヤンキーの癖に可愛らしいチョイスだこと。
けどまぁ、そういうとこ、俺、嫌いじゃないですよ。
なんて思っていると――。
「おぉ、はーとだ!! すきなこにあげるくっきーのやつだ!!」
「お、ねーちゃん!! あのおから野郎にクッキーやるの!?」
「ふぇっ!? ち、違うけど!? なんで!!」
「はーとのくっきーさんは、すきなこにあげるための、とくべつなやーうなのです。ゆーちゃん、ちぃにはわかります、それ、よーちゃんにあげるんでしょう」
「照れんなよねーちゃん。まぁ、恥ずかしいのは分かるけどさ」
「いやいや、別にそういう意味じゃ」
と、言いつつ、こっちに恥じらった視線を向ける廸子。
はい、カメラストップね。
ここでちょっと休憩ね。
俺もちょっと撮影を続けすぎて疲れちゃったよ。
いやいや、やっぱり休憩は大切、マジデまじで。
はー。
「廸ちゃん、不意打ちでかわいいフェイスフラッシュ止めて。いい歳でしょ」
「しかたねーじゃんかよぉ!! やめろよ、こっちまで恥ずかしくなるだろ!!」
子供のあおりくらい平然と躱せるようになってください。
でないとあんた、もし俺らに子供が――。
あ、やばいやばい、これはやばいですよ。
想像したらもうほんとやばい奴。
ほんと、なんで俺が血まみれになるパターンになるの。
幸せな廸子との結婚生活――子供付き――とか想像するなんて。
思いませんでしたよ。
おのれババア、謀ったな。
最初からこれが目的だったか。
そんなことを思いながら、俺と廸子はよそよそしく視線をそらすのだった。
「あー、これは、あいのちょうみりょうでくっきーとってもあまうなるやつだな」
「だな」
子供って怖い。
★☆★ モチベーションが上がりますので、もしよろしければ評価・フォロー・応援よろしくお願いいたします。m(__)m ★☆★
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます