第147話

 僕の名前はカルロスいいますねん。

 今、僕はマミミーマートの講習で、いざという時の防犯対策いうのを、社員さんバイトさんみんなで受けてる所ですねん。


 いやぁ、日本は平和や平和や言いますけど、犯罪はいつ襲ってくるか分かったもんやありません。ちゃんと対処できやないかんて、店長が言うんですわ。

 地元の犯罪と比べたらたいしたことないですけど、危機感は大切ですからね。


 そこは僕も――。


「分かりました、全面的に協力します!!」


 言うてしまった訳ですわ。

 そう、それが地獄の始まりやとも知らずに。


◇ ◇ ◇ ◇


「はい、では、マミミーマート玉椿町、防犯訓練をはじめたいと思います」


 マミミーマート玉椿店防犯訓練。

 女ばかりのコンビニエンスストアに、不逞の輩が突入してきたらどうなるか。それは、親父もお袋も危惧しており、度々ババアに訓練しなさいと注意していた。


 そして、そんな長年にわたるババアへの注意が実を結び、本日こうして防犯訓練が行われることになった。全女性職員が駐車場で待機する中、行われるのは――。


「もし、就業時間中に、変質者が店内にきたら5マニュアル!! みなさん女性ですから、いざという時に自分の身は自分の身で護れるようになりましょう!!」


「「「「「はーい!!」」」」」


 とのことであった。


 ちなみに。

 店員役は――。


「なお、本物の女性を訓練の店員役に使うのはどうかとなり、店員役は女装したカルロスくんに務めていたただきます」


「どうもカルロスです!! 今日は張り切っていきます!!」


 女装したノリノリの南米系アルバイトボーイカルロス君。


 そして、変質者役は――。


「どうも、もはやマミミーマート玉椿店の準スタッフ。出没率の高い陽介です!!」


 ということになった。


 うん、そりゃまぁ、そうなるわね。

 女性の変質者なんて希ですよね。

 男が変質者役に選ばれるのは仕方ないね。


 けど、店員役が女装男とは思いませんでした。

 廸子だと思って俺は受けたよこの話。

 廸子ならOKと思って受けたのよ。


 なのになにこれ。どういう仕打ち。


「いいですか皆さん、昨今のコンビニ犯罪は多様化しています。単純な、強盗や恫喝などではなく、中には店員を狙ったセクハラ行為などもあります」


「……うぅん、これ、俺が言い逃れできない奴」


 廸子の奴がじっと、こっちを死んだ目で見てくる。

 お前のやっていることは、犯罪だぞと、そういう圧で俺を見てきやがる。


 うん、まぁ、そんなわざわざ圧かけなくても分かっているよ。

 分かっているから、罪滅ぼしに防犯訓練に参加したんじゃないか。


 まぁ、それで許されるってもんでもないですけど。反省。


 そんな俺の反省はよそに、防犯訓練はババアの進行で進む。

 ちなみに、特に台本的なモノはない。

 その都度、ババアの指示に従って動くことになっている。


 まぁ、楽っちゃ楽な仕事だ。

 普段迷惑かけてるし、ここは素直に従おう。

 そのくらいに思っていた。


「はい、では、変質者パターンその1。カウンターで業務していたら、いきなりボディタッチしてきた、です」


 それは、甘い考えだった。

 うん、まぁ、確かに変質者の所業だよそれ。

 一番わかりやすいパターンだよ。


 けどさ――。


「……やるの?」


「……ヤルンデスカ?」


 男同士でこのセクハラはちょっと艶めかしすぎねえ。

 ちょっと、絵面的にもやばいモノがあるんじゃねえ。

 そんな不安を思って俺はババアの方を見た。


 本気だ。

 マジの目で返された。


「はい、二人ともアクションアクション!! なんのために高い金払って雇っていると思っているんだ!! はよセクハラせんかい!!」


 セクハラせんかいって。


 セクハラにも種類があるじゃん。

 もうちょっと、言葉責めとかそういう感じのにして。

 ボディタッチだなんて、そんな、俺、そこまで激しいセクハラ無理よ。


 戸惑っている俺を見てカルロスくん。


「大丈夫です!! 陽介さん!! 遠慮しないでください!!」


「カルロスくん!!」


「自分、既婚者ですから!! どこ触られても無難な返しする自信あります!!」


「既婚者だから出る自信なのそれ!! けど、分かった、君を信じる!!」


 とう、俺はカウンターの中で待ち構えているカルロスくんに迫る。

 カウンター越しであれば、触れられるのは上半身くらい。

 くびれか、腰か、あるいはお腹か。


 いいや違う。


 男ならば絶対にここに触りに行くってものだろう。

 狙ったのは――。


「大胸筋だ!!」


「オァン!!」


 いい声が出た。

 おい、いい声が出たぞ。


 カルロスくん。

 ちょっと、カルロスくん。

 待って、ちょっと、大丈夫じゃなかったの。

 既婚者だから、大丈夫じゃなかったの。


 カルロスくん。

 そんな乙女声を上げてよかったの、カルロスくん。


 心配になってカウンターの中をのぞき込む俺。

 そんな俺に、心配ないですという感じに顔を向けるカルロスくん。

 どうやら、まぐれあたりだったらしい。


「やられました。まさか、いきなり乳首を服の上から当ててくるなんて」


「え、乳首触っちゃったの!? ごめん、そんなつもりまったく無くって!!」


「このように、変質者は害意がないように言いますが信じてはいけません。変質者は乳首の位置を一発で当てます。生粋の変質者の陽介がその証拠です」


「そんな生まれついての変質者みたいに言うなよ!! たまたまだよ!!」


「はい、次のパターン。変質者が、カウンターに入り込んできて、密着してくる奴」


「おい、聞けやババア!!」


 いいからとっととやれとババアが俺に怒号を飛ばす。

 やれと言われても、俺はともかくカルロスくんが限界だろ。

 お前、もう少し男性従業員の体調を気遣えよ。


 そんな俺の目の前で、カルロス君、男の顔をする。


「……大丈夫です陽介さん。僕は、まだやれます」


「カルロス君!! こんなアホな茶番劇に付き合わなくってもいいのに、君って奴は、なんて真面目なんだ!!」


「特別ボーナス、1万円貰ってますから!!」


 おいババア。

 俺はタダ働きだぞババア。

 お前、何ちゃっかりとただ働きさせてんだババア。


 そっちがその気なら俺もやってやる。

 俺はカウンターを飛び越えてカルロス君の背後に回った。

 そして、そのまま、尻のあたりに俺の股間を押しつける。


「アーーーッ!!」


 古典的な叫びがコンビニエンスストアに木霊する。

 いい顔をして上を向くカルロスくんの耳元で、俺はささやいた。


「どうだ、俺のセクハラぶりは」


「アメイジング……キリマンジャロ……!!」


「ふふっ、そういうカルロス君もギアナ高地じゃないか!!」


「という訳で、変質者は突然距離を詰めてきます。そしてマニアックな隠語で責めてきます。このような事態になったら、まず、慌てず、恐れず、そして容赦なく」


 ○○を潰しましょう。

 そう言って、ババアは俺たちに無慈悲な視線を向けた。


 やれ、という、無慈悲な視線を向けた。


 おいおい、勘弁してくれよ。

 俺の股間の○○は、まだ、臨戦態勢に入っていないんだぜ。

 目の前の相手が男だからな。


 ほんと勘弁して。


 まぁ、人体の急所を狙うのは護身術の基本。

 けど、そんな女性なら誰でもできる護身術なんて芸が無い。

 というか、皆さんそんなの流石にみたく――。


「やれー!! カルロス!! 女の敵を倒せぇっ!!」


「……一撃で仕留めるんです、カルロスくん!!」


「いざとなったら町ぐるみで隠蔽したるさかい、はよやったりー!!」


「みんな乗り気!!」


「……陽介さん。ここが潮時です」


「……カルロス!!」


「覚悟、決めてつかぁさぁい」


 なんかすっげぇ流ちょうな日本語。

 そう言うと彼は、俺に向かってたくましい二の腕を振り回してきた。


 おふぅ。

 なるほど、読めたぜババア――最初からこのつもり。


 ぐふぅ。


「という訳で、セクハラに一番有効なのは、○○を狙うことです。皆さん、よく覚えてくださいね!!」


「「「「はぁい!!」」」」


「……はぁいじゃねえよ」


「……大丈夫か陽介?」


 これが大丈夫に見えるか廸子と、俺は近寄ってきた幼馴染みを睨む。

 力一杯、ラテン系パンチを股間に食らっちまったんだぞ。

 いくら臨戦態勢モードでなくってもやばいことになるわい。


 怒りと悔しさに滲む俺の視界。

 そこに、滑り込むようにして入ってくるパンチラ。

 廸子、お前、今日は非番だから、普通にスカートなんだな。


 似合ってるぜ。


「あ、復活しましたー」


「むっ、予想以上に早い復活だな。さては叩けば叩くほど強くなるマゾだな」


「ちげーよ!! これは不可抗力っていうか、なんていうか!!」


「……陽介」


「お前も、なにそんなゴミを見るような目をしてんだよ!! 見せてきたのはそっちじゃんかよ!! もう!!」


 今回は俺がセクハラされる側かよ。

 俺がうろたえるのに構わず、ババアは無慈悲に、それじゃ、病人を装って密着してきたりパンツ覗いてくる変態の対応と、淡々と防犯訓練を進めるのだった。


 玉いくつあっても足りねえよ、こんな訓練。


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