第145話

「最近、陽介ってばパチンコいかなくなったな。やっとお金の大切さに気がついたみたいで私は嬉しいよ。人間はさぁ、こつこつお金を貯めなくちゃ駄目だよ」


「まぁな」


 いつものマミミーマート。

 廸子に何気なく、最近の素行について触れられた。

 嬉しそうな彼女の言葉に、俺は自分でも意識するほど素っ気ない言葉で応えた。


 態度は伝わる。

 すぐに廸子は、褒めたつもりだったんだけどなという感じで、こっちを見た。

 だが、それも俺は涼しい顔で躱す。


 さも、そんなこと当たり前、褒められるようなことじゃねえ、という感じで。


「なんだよ褒め甲斐のない奴。すごい話じゃん、昔はやることないからパチンコ行くとか平然という、手のつけられないパチンコジャンキーだったのに」


「今はいろいろと入り用なので。パチンコなんて暇人の遊びだっての」


「……ようすけがまともなことをいっている」


 そんな驚くことなくねえ。

 と言いつつ、俺のパチンカス遍歴は確かに酷い。

 それくらい言われるのは仕方ないか。


 ほんと、パチンコにのめり込まなければ、廸子と二人暮らしするくらいの蓄えはあっただろう。もったいないことをしたなと今でも思っている。


 けど、後悔した所で、パチンコ台という名のATMに預けた金はかえって来ない。


 まぁ、淡泊に返事をした俺であるが、実際の所これめっちゃ苦労していた。

 禁パチ、めちゃくちゃ苦労していた。


 そんな一朝一夕でやめられるなら、あの業界はあそこまで大きくなってない。

 ほんと、人間の欲望の隙間を上手いことついた商売ですよ。


 そっけなく返事したのは、ほんと照れ隠し。

 まじでよく、パチンコ止めれてると、自分でも思ってる。


 抜け出せたきっかけは他でもない。

 図書館通いを始めたからだ。


 暇つぶしの対象が、銀玉眺めから本に変わっただけで、時間を浪費しているのには変わりない。ないけれど、金が出て行かないのは結構嬉しい。

 もちろん、パチンコをやっていれば増えることもあるが、そんなの希だ。


 まぁ、ようやく俺もこの歳にして、いろんなものが見えてきたということだ。


「廸ちゃん、感心することじゃないぞ。こいつ、普通に金欠なだけだから」


「ばらすなよババア!!」


 はい、もちろん大層なことを言ったけれど半分嘘。

 貯金の底がそろそろ見えだして、どうやって生活すればいいのかなと、そういう状況に追い込まれているからでした。


 明日、コンビニで買う、コーヒーの金すらねえ。


 というのは流石に冗談だけれど、自分で決めていたやばいよ分水嶺を越えたので、ちょっと賭け事については自重しているのだ。


 まぁ、それにしたって、図書館通いでリズムを作っていて、パチンコ屋に行く暇が無いっていうのは事実だけれどさ。

 高校時代の同級生もいるし、迂闊なことできないのよ。


 それを廸子に言うと、あれだけ口酸っぱく注意したのになんだよそれとスネそうだから、俺も黙っていたんだけれど。


 そして、はい、思った通り。

 拗ねた廸子の視線が俺に向かって飛んできましたよ。

 そりゃそうだろうなって俺も覚悟はしてましたよ。


 憮然として頬を膨らます廸子。

 三十歳を越えた女の怒り方としちゃ、ちょっと迫力に欠ける。

 もうちょっとすごんでもいいというか、これはこれでかわいいところがあるじゃないのという感じではある。


 ただ、お怒りはよくよく伝わった。

 ほんと、申し訳ない。


「……アタシがあれだけ言ってもなんも聞かなかった癖に」


「いや、まぁ、そりゃ悪いと思ってるよ」


「いいよ。どうせ陽介はアタシの言うことなんてどうでもいいんだ。勝手に生きてりゃいいじゃんか、バーカ」


「そこまで言うことなくねぇ?」


 こういうことになるだろうから、俺もあんまりこの件についてはどうこう言いたくなかったんだよなぁ。だから軽く流すつもりだったんだよなぁ。

 なのにどうしてこうなる。


 廸子とはやく結婚したいからなと言えば、話は丸く収まったのかもしれない。

 だが、それはちょっと、話が急すぎて俺もちょっと口に出せない。

 なにせまだ、俺は求職中の身分なのだから。


 とはいえなぁ、なんか気の利いた言葉の一つでもかけてやった方がいいよな。

 めっちゃいじけてるし。


「まぁさ、ほぼ依存症みたいな状態だったからさ、こういう差し迫った状況にでもならない限り、治らないだろうなとは俺も思っていたんだよ」


「いや、思うなよ、お前」


「そこで借金とかさ、お前に金をたかるとかさ、そういうことにならずに、すぱっと止められたのは、やっぱりパチンコの虚しさに気がついたからだと思う訳だよ。何気ない日常が大切っていうの。まぁ、そういうこっぱずかしい言い方になっちまうけれどさ、廸子と一緒の毎日が大切だからこそ、踏みとどまれたっていうかさ」


 おっと、みるみる機嫌がよくなっていくぞ。

 俺の単純金髪ヤンキー幼馴染みさま。

 まるで分かりやすく機嫌がよくなっていくぞ。

 なんだよお前、そんなのあらたまっていうことじゃないだろって、そんな感じで照れくさそうに顔を赤らめて居るぞ。


 ほんとチョロい、廸ちゃん。

 チョロい、激甘設定。


 こんなん惚れない幼馴染みがいると思いますかね。

 そりゃ、三十年に渡って中毒みたいに気にかけちゃうのも仕方なしですわ。

 ギャンブル中毒ならぬ幼馴染み中毒注意ってもんですわ。


 そらパチンコに通わなくなっても、コンビニに通うのがやめられないのは仕方ありませんわ。こいつは卑怯ってもんですわ。


「とにかく、お前が居てくれたから俺もこうしてすっぱりと、悪い遊びから足を洗えた。だからそんな拗ねるな。お前が居てくれたから俺は立ち直れたんだぜ」


「……アタシが居たから」


「そうそう。もしこれが、姉貴や美香さんなら、きっとこうはならない。パチンコはやめれたかもしれないが、同時に人間もやめていたに違いない。俺が俺のまま、パチンコをやめれたのは、廸子、お前が信じて俺を待っていてくれたから」


「……よ、よせよ、そんな、むず痒いセリフ。アタシは何もしていないし、陽介が自分の力で立ち直ったんじゃない。そんな、なんだか照れるよ」


 はい、チョロい。

 デレモード入りました。


 ちょっとおだてりゃすぐにデレデレの天国モード入れてくれるんだから、ほんとこの幼馴染みってば攻略が楽で助かりますわ。

 薄い所を引いて、さらにそこから奇跡のような確率をたぐらないと勝てない、パチンコ・パチスロと違って、あまあまだからほんと楽ですわ。


 よし、勝った、これで廸子の機嫌は戻った。


 はぁやれやれよっこいしょ。


 どうにかこうにか、話は丸く収まったなと一段落。

 一息吐いて、そんじゃまぁ浮いたお金でコーヒーでもいただきますかねと、廸子に言うと、俺は彼女からアイスコーヒーのカップを受け取るのだった。


「まぁ、けど、この手の奴は急にぶり返すことがあるからな。今はなんとかやめられてるけど、またいつギャンブルに手を染めるか分かったもんじゃない」


「そうだな、じーちゃんも、何度禁煙しようとして失敗したことか」


「気を緩めないようにしなくちゃ。それこそ、一生、いつまたそういう状態に戻るかもっていう、危機感を持って俺は生きてかなくちゃいけないんだよ」


「辛いけれども、頑張ろうな陽介」


 あぁ、と、廸子に俺が応え、うん、と、廸子が頷く。


 これが、これこそが、幼馴染みの絆。

 略して、幼馴染み絆。


 きっとこれから先、また俺が道を踏み外しそうになったら、廸子が身を挺して止めてくれるのだろう。だからこそ、俺は安心して生きていける。

 そして、廸子を失望させないために、自分を律していける。


 すねた彼女を慰めるために言ったが、実際、俺が真人間に戻れたのは廸子のおかげだ。きっと彼女のためならば、俺はなんだって我慢することができるだろう。


 きっと、他にも、いろんなことが。


「おいこら、お前らまで美香と実嗣みたいな激甘トークし出したら、私はいったいどうすればいいんだ」


「ババア」


「店長」


「廸ちゃん、今日はもういい。せっかくいい雰囲気になったのだから、二人でちょっと遊んできなさい。なに、案ずるな陽介、小遣いは私が出してやろう」


 そう言ってババアは、1980円きっちり、俺に小遣いを渡してきた。


 そう、ご休憩三時間しっぽりよろしく価格(ランチ付き)を。


 って、うぉい!!


「廸ちゃん、今が高確率チャンスタイムだ!! ここで決めてしまえ!!」


「わ、わかりました、千寿さん!!」


「待て、何がチャンスタイムだ!! おい、馬鹿、なに言ってんだババア!!」


「既成事実チャンス!! 入れてしまえばあとは結婚タイムまで待ったなし!!」


「いくぞ陽介!!」


 いかねえよ。

 落ち着けよ。

 チョロい通り越して怖いよ。


 お前、もうちょっと自分を大事にしろよ。


 落ち着け、と、なんかちょっといつになく鼻息の荒い幼馴染みの頭頂部に、俺はチョップを食らわした。


 はぁ、いかんいかん。


「なんでだよ!! 夫婦になって身を固めた方が、ギャンブル止めるぞって気持ちが高まるって話だったろう!!」


「それとこれとは話が別だ。ちょっと落ち着け」


 こいつはこいつで、違う意味であぶなっかしいな。

 俺は憤慨する幼馴染みをどうにかなだめすかすのだった。


 ほんともう、場に流されやすいなコイツは。


 ちゃんと、変なことしないように、俺が保護してやろう。

 はぁ、はよ結婚してえ。


 パチンコじゃねえけれど、今更姉貴にあおられなくても、俺たちの関係は確変モードには入っているのだった。


 あとはまぁね、どこで踏ん切りをつけるか、それだけですよ。

 今日、ここじゃないってのが確かなだけで。


「とりあえず、ちょっと高めの夕食でも食べて帰るか」


「あ、それもいいな」


「えー、なんだよー、ラブホでも食べれるじゃないかー、なんで入らないんだよラブホー。玉椿名物のラブホー。お前ら、いい歳なんだから、一度くらい入っとけ」


 うっせえババア、それ以上言うとセクハラで本社にクレーム入れるぞ。


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