第113話
「げっ、ニートが居る。ほんとお前、いつでもコンビニ居るな」
「んんー? ちょっと光ちゃん? ちぃちゃんのお友達だからってその言葉は見過ごせなくってよ? よろしくて、貴方もレディならもうちょっと言葉を」
「おかーさん、なんか変質者に声かけられたー」
やめて。
もうほんとそういうのやめて。
確かに俺は昼からコンビニに入り浸っている社会腐適合者・オブ・ザ・ニート。
どうしようもないクズ野郎かもしれない。
けれど、法的に悪いことは何もしていない。
ホワイトニートでもある。
ニートだからって十把一絡げで犯罪者と考えるのはやめて。
世の中には、心の清らかな正しいニートもいるの。
そして、日田さんところはガチマタギ。
そんなの相手にして、暗室栽培のエリートニートの俺が勝てるはずない。死への直行便。俺の日常にサスペンスを放り込まないで。そういうのはノーサンキュー。
がちゃりとカウンター奥の扉の戸が開く。
はたして日田母登場か。
ついに、おらが町のマタギの家に嫁いだスナイパーのご尊顔を仰ぐ時が来たか。
そう身構えたけれども肩透かし。
出てきたのは廸子であった。
「ごめん光ちゃん。いまちょっと、あきらさん配達に出ちゃってて。あと三十分くらい店には戻ってこないと思う」
「……あ、そう、ですか」
え、光ちゃん、いきなり態度変えすぎじゃない。
というかあれ、なにこれ、普通に年相応な女の子みたい。
君ってあれじゃん、なんか大人になったらびっくりするほどおしとやかになり、小さいころ絡んできたガキ大将が美少女になった件について、みたいな感じの男女の娘じゃないか。なのに、なんでそんな普通に年相応ガールっぽい反応するの。
元祖男女の娘の廸子ちゃんそこんところ知ってるの。
俺が視線を向けると、我が幼馴染みは辺りを見回してから俺の方にやって来た。
「あー、まー、ひかりちゃん結構うちに来るんだよ。あきらさんの様子見に。お前、最近になって昼にも来るようになったから知らなかっただろうけど」
「……まじか。あれか、かぎっ子って奴」
「かぎっ子って奴。なんか、マミミーマートで働くのも結構ぐずったらしいよ」
うぇえぇ。
こんな生意気なおにゃのこムーブかましておいて、いきなりそんなかわいそう設定ぶっこんでくるのやめてく。俺ね、そういうの結構流されるタイプなのよ。
ていうか、もう既にかわいそうになひかりちゃんってなっちゃってますよ。
そらそうだわな。
この年頃の子供からしたら、お母さんと一緒に居たいよな。
彼女の母がどういう思惑でコンビニでバイトしているのかは知らないけれど、子供としては家に居てほしいよな。そら、寂しくなってお母さんに会いに来るよ。
なんだよ、と、こっちを睨むひかりちゃん。
男勝り。
ズボンを穿いたボーイッシュガール。
その睨みに、ついさっきまで怯えていた俺だが、もはやそんなものはない。
あるのはただ母が恋しい子供に対する思いやり。
うん――。
「あのさ光ちゃん。なんで俺のことをそんな嫌ってるのかわからないけれどさ。あんまり気にしないでうちに遊びにおいでよ」
「……」
「ちぃちゃんさ、光ちゃんのことお姉ちゃんみたいに思ってるから。九十九ちゃんもだけれど、やっぱり、年の近いお姉ちゃんってのは、特別仲良くなるものだよ」
「……わかってるよ。そんなの」
「ちぃちゃんのこときらい?」
「そんなこと、ある訳ないだろ!!」
「でしょ? だったらさ、ちぃちゃんもお母さんと遊べなくて、結構寂しい思いしているからさ。一緒に遊んであげてよ。そしたらさ、きっと喜ぶと思うから」
お母さんと一緒に過ごせない寂しさを知る、君ならそれを理解できるだろう。
そしてそれを埋め合わせる方法も。
ある意味で彼女がちぃちゃんの友達になってくれてよかった。
お姉さん役になってくれてよかった。
俺にはつらく当たるけれども、光ちゃんはたぶんいい子だ。
それも、ちぃちゃんにいい影響を与えてくれる、そんな娘だ。
彼女の手を取って俺はお願いする。
「これからもちぃちゃんと仲良くしてあげてね。何かあったら、俺を頼ってくれていいから。まぁニートだけれど、これでも子供のためならちょっとは頑張れるんだ」
「……」
沈黙。
言葉を間違えたかなと思う俺のむこうずねに、いきなり衝撃が走る。
蹴り飛ばしたのは目の前の光ちゃん。
この野郎、人がせっかくいい話風にまとめようとしているのに――と思う俺の目の前で、彼女は活き活きとした表情を見せた。
なんだかちょと、俺に心を開いてくれたような、そんな溌剌とした表情を。
「誰がニートなんか頼るかバーカ!! バーカ!!」
「んだとこの野郎!! ニートにだってなぁプライドがあるんだ!! 働いてないのは子供と一緒だろ!! まったく、これだから餓鬼は嫌なんだ!! 帰って、飯食って、風呂入って、ゲームして、好きな子のことでも考えながら寝ろ!!」
「いねえよ、馬鹿じゃねえの!!」
「やだ光ちゃんてば遅れてるー!! 好きな男の子もいないだなんてー!! ちなみに俺にはいるもんねー!! ほら、この廸子ちゃんのことを思って、毎晩布団の中でもぞもぞしているもんねー!!」
「えばっていうことじゃないよきもちのわるい」
大丈夫。
もぞもぞってそういう奴じゃないから。
もっとこう悶々とした、なんていうか健全な奴の方だから。
そういうことをするときは、精神を集中してしっかり座った状態でやるから。
ちぃちゃんが急に部屋に入って来て、なにやってるのーとかならないように、細心の注意と、最高の集中力でもってするから。
だから、安心しろ廸子。
そして光ちゃんも。
「まぁなんだ。確かにこんな情けない大人、ちょっと気持ち悪いかもしれないけれどさ、俺のことはまぁ空気だと思って、気軽に遊びにおいでよ」
「……変態はそういうこと言うって、前にお母さんが言ってた」
「うむ。確かに俺は変態だ。だが大丈夫、俺はね、こう見えて、金髪三十路行き遅れヤンキー女にしか興味がない、ちょっと変わった変態なんだ」
「ちょっとかわったしゅみにされるみにもなれや」
言葉のあやって奴じゃん、廸子ちゃん。
まぁ、そこはこらえてやってよ廸子ちゃん。
実際、ぞっこんラブで、他の人なんて目に入らないんだからさ、廸子ちゃん。
「まぁ、お母さんやお父さんの方には俺からも挨拶するらさ、仲良くしようよ光ちゃん。ちぃちゃんの友達に、嫌われたままってのは俺も気分が悪いからさ」
「……ふん」
と言いつつ、光ちゃんは背中を向けなかった。
なんとなく、俺にはこの子のことが分かった気がした。
突っ張っているように見えて甘えん坊。
気を許した人にしか、甘えられない不器用な子。
俺の幼馴染も、確か、小さい頃はそんな感じだったな。
ほんと、最初はまったく相手にもしてもらえなかったっけ。
「ニートと友達になると、ニートがうつるからごめんだね」
「まぁ、それは全ニートに対する差別よ。いけないわ、光ちゃん」
「……けど、真面目にそのうち働くなら、ちょっとくらいは大目にみてやるよ」
上から目線だなぁ。
けどまぁ、それがこの娘の、今できる精いっぱいのコミュニケーション。
だとしたら、大人の俺が受け入れてやるべきだろう。
大丈夫。
ニートってのはさ、図太くないとできないもんなのよ。
「オッケー分かった約束するよ」
「……ちょっとだけだからな」
「分かってる分かってる」
ふんと鼻息を鳴らして、お菓子コーナーに去る光ちゃん。
けれどもその足取りが心なしか軽やかに俺には見えた。
これで気兼ねなく豊田家に遊びに来てくれるようになればいいが。
まぁ、そこは、気長にやろう。
「……ところで廸子さんや、さっきの話の続きになるのですが」
「あぁん? お前の好きなアダルトビデオのジャンルの話か?」
特殊な女性呼ばわりしてごめんねごめんね。
俺はまた、光ちゃんとは違った方向にいろいろと面倒くさい、そんな幼馴染のご機嫌取りを開始するのであった。
あかん、怒髪天や。
どうしたもんかね。
まぁけど、廸子だからな。
最後にゃ笑って許してくれるだろう。
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