第112話
とにかく、松田ちゃんは俺の依頼をこなしてくれた。
十二分というくらいに、完璧に依頼をこなしてくれた。
かしこまって、俺は膝を松田ちゃんへと向ける。
俺はゆっくりと彼に向かって頭を下げた。
「ありがとうございます、松田さん。このご恩は一生忘れません」
「おー、まぁ、そうだな」
「探偵の相場というのが私には分かりませんが、いくらでも申してください。なんとか工面してみせます」
「んなのいいよ、水臭いな。友達だろうがよ」
「いや、けど、俺は今回仕事として」
いいんだよと松田ちゃんが顔をしかめる。
これ以上言うなよとばかりにちょっと眉根を寄せて。
その優しさが、ちょっとばかりありがたくもあり、申し訳なくもある。
そんな俺の気持ちさえも察したのだろう。
ばつが悪そうにくせっけの髪をかき乱し、松田ちゃんは俺に言った。
「そのうちきっちり、なんかで返して貰うわ。あれだ、俺に絶対服従券的なので。そん時が来たら覚悟しとけ」
「……エッチなことするのね!! エロ同人みたいに!!」
「おめーの話をシリアスから一気にギャグに持ってけるの、ほんと一種の才能だと思うわ。脳みそどういうい構造してたら、そんなこと言えるの」
すんません。
なんかちょっと、ここ最近のシリアスに疲れていて。
そして、せっかく松田ちゃんが話をずらしてくれたので乗ろうと思って。
頭を上げると、松田ちゃんが俺の顔をのぞき込む。
サングラスの向こうに見える瞳は優しいものだ。
「気を張り過ぎだぜ。つっぱったってどうなるもんでもない。力抜いてけ」
「うん」
「誠一郎さんもいるしお前の親父さんも頼りになるんだろう。姉さんもタフだし。あとは、まぁ、俺もいるしな。心配すんな。力を合わせりゃどうとでもなる」
そう、思いたい。
そう、信じている。
けれども、やはり、病気のせいだろうか。
最近、このまま俺の日常が、音を立てて壊れてしまうんじゃないか。
不安な気持ちでいっぱいになるんだ。
美香さんが居なくなって。
ちぃちゃんが居なくなって。
姉貴が泣いて。
廸子も――。
そんな嫌な想像ばかりが、頭をめぐってどうしようもなくなる。
どうしてこんなことになってしまったのだと嘆いてしまえばそれまでだ。
運命としか言いようがない。
悪い巡り合わせ。
なのに、それでも、なんだか、それらのすべてが自分のせいのように思えて、自分が何か悪いものを引き寄せている気がして、たまらなく怖くなる。
そして、ずるずると、悪い方向に引きずり込まれて――。
「陽介!!」
そんなことを考えていた時、急に俺の名が呼ばれた。
目の前の松田ちゃんではない。
それはちょっと気の早い水着コーナーにいる俺の幼馴染。
彼女は涙目でこちらに向かってくると、俺の椅子の後ろに回り込んだ。
続いて、こちらに水着を持ってやってくるのは九十九ちゃんとちぃちゃん。
「助けて!! 二人が私に恥ずかしい水着を着せようとしてくる!!」
「……恥ずかしい水着て」
「廸子さん!! この黒ビキニがいいと思います!! この横乳がいい感じに男心をくすぐる、黒ビキニがいいと思います!! ねぇ、陽介さんもそう思うでしょう!! この黒ビキニ、ぜったい廸子さんに似合うって!!」
「ゆーちゃん!! そらみちゃんのまじかるすぽーてぃっしゅふぉーむがいいよ!! ちょっとそらみちゃんよりおっきいけど、かわいくなるとおもう!!」
一つ、いやんばっかん何見てんのよ黒ビキニ。
男大歓喜のスケベ肉抜き、いろんなところから女の子のエッチな肉体が見える、とってもセクシーお水着。
一つ、魔女っ娘そらみちゃんコラボレーション、かわいいふりふりお水着。
いやらしさはないけれど、三十路の女がそれを着ているというシチュエーションが、とてつもないやばさを感じさせる魔性のお水着。
どちらも確かに、大変やらしい。
「もっと普通の水着にして!! 私、もう、ほんと、いい歳なんだから!!」
「……廸子よ」
「なんだよ陽介」
「俺、もしお前が許してくれるなら――Tバックのめっちゃ食い込んでる奴とか着てほしいんだけれど」
「……ふざけんなぁ!!」
子供の前でそんなもん着れるかと叫ぶ幼馴染。
はたいてくれたおかげで、ほんのちょっぴり俺は心が楽になった。
一人で闘っているのではない。仲間が居るのだと気づいて楽になった。
そうだよな。
俺だけじゃないんだよな。
みんながいるんだもんな。
「美香さん元気付けようって話のときに、いったい何考えてんだ、お前は!!」
「だって、廸ちゃんの水着なんて見るの、子供の時以来だから」
「気持ち悪いこと言うんじゃねえよ!!」
きっと、なんとかなる。
なるよ。
◇ ◇ ◇ ◇
中部国際線セントレア。
数年ぶりの日本への帰国理由は、この世で私が唯一愛することができた弟が残した厄介な事件と、その家族にまつわるものだった。
正直に言って、弟が愛した女も。
弟が残した一粒種にも。
さほどの興味は私にない。
だが、彼に今際の病床で頼まれたのだから仕方ない。
「ねぇ、あの人」
「すごいね、外国人かな。超イケメン」
「ちょっと声かけてみようよ」
「なんでなんでなんで。ちょっと、どうしてそうなるのよ」
「ほら、じゃんけんねじゃんけん」
私はこの世界が好きではない。
いや、厳密にはこの世界の愛し方が分からない。
誰かを利用しようとして暗躍する者。
二枚舌で誰からも好かれようとする者。
人に縋らなければ生きていけない者。
献身という安っぽい言葉に陶酔し自己を忘れる者。
誰も彼も、人に何かを求めて生きている。
それを反吐が出るとは言わない。
だが、なぜそうできるのかが分からない。
そうしなければ生きられない人間の心の一面は分かる。
けれども、なぜ強く孤高であることを選ばないのかが分からない。
強くなければ生きてはいけない。
これは絶対不変の真理である。
愛とはそんな強さから来る孤独のさらに先にあるもの。
故に、孤独を知らなければ真実の愛は抱けない。
そんな仮説を胸に抱いて、私は今日まで生きてきた。
あるいは、自らの半身ならば無条件に愛せるだろう。
しかしその愛は、私の前から転げ落ち、奪われ、そして永遠に失われた。
空っぽの私を埋めてくれる、真実を、いつだって私は探している――。
「あ、あの、すみません。外国の方ですか」
「……いえ、日本人ですよ」
「あ、すみません。その、綺麗な銀髪でしたので。てっきり、そうなのかと。日本語お上手ですね。って、そりゃそうか、日本人ですものね。あははは」
「よく言われます。お気になさらないでくださいレディ」
銀色の頭は父方のモノだ。
大正の頃に、どういう経緯か外国人を妻に持った曽祖父は、私の祖父をこの世に産み落とした。どうしたことか、父と双子の弟は黒髪だったが、私だけが銀色の髪で生まれてきた。
顔立ち背格好もそっくりなのに。
髪だけが決定的に違う。
けれどもそんな私を、双子の弟は愛してくれた。
兄と呼んでくれた。
それだけを、私は、真実不変の愛なのだと信じることができた。
だから応えねば。
「あの、今日はどうしてこちらに?」
「愛を探しに、やってきたんですよ」
「……愛?」
「えぇ。真実不変の愛を」
僕の家族をよろしくお願いしますと、息も絶え絶え頼んだ双子の弟。
匡嗣のために。
私は日本に帰ってきた。
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