第111話

「廸子さん、こちらの水着はどうでしょうか。セパレートタイプで、あまり圧迫感もなく動きやすいかと」


「いやいやいやいや、なに言ってんの九十九ちゃん!! こんな紐――布面積が小さい水着なんてむり!! 恥ずかしいじゃん!!」


「玉椿町の川ですから人の目などありません。いえ、ありますね一つだけ。陽介さんという、廸子さんの体をみせつけるべき相手が」


「見せつけなくていいから!! もっとこう無難なのにしよう!! わたし、これでもう三十二歳なんだよ!! 年相応の水着じゃないと着れないよ!!」


 そんなことない!!

 廸子はどんな水着でも似合う!!

 流石に女児用のひらひらした感じのは無理だと思うけれど、清楚系のパレオタイプから、イケイケビキニ、競泳水着に最悪スクール水着でもバッチこい!!


 俺はどんな廸子の水着姿でも受け入れる用意があるぞ!!

 そう、シミュレーションは万全!!


 千の水着姿の廸子といやんばっかんあはんうっふん自主規制したからな!!


 などと言うと、いよいよ廸子が暴走モードに入るので自粛。

 ガールズトークに任せるまま、俺は廸子と九十九ちゃん、そして、ちぃちゃんのやりとりを生温く見守るのだった。


 うん。


「女の子たちが水着選んできゃっきゃうふふとか、寿命が延びる奴ですぞー」


「そんないいもんかね。あと、めっちゃ周りから見られてるぞ不審者」


「つれないこというなよ松田ちゃん」


「事実だし。まったく、水着くらいで何を。おこちゃまだなぁおめーはよう」


 ここは市内のショッピングモール。

 かつてジャスコと呼ばれ、今はイオンと呼ばれし場所。

 そこのちょっと気が早い水着コーナー。


 廸子たちの和気あいあいとした姿を横目に、俺と松田ちゃんは打ち合わせ。


 表向きは――落ち込んだ美香ちゃんを励まそう、ちょっと早いけど、玉椿町水遊び大会(アンオフィシャル)。そこで着るための水着を選ぶため。

 そして、本当は。


「ちぃちゃんと美香さん、この二人をなんとか守りたい。力を貸してくれ」


「んー、力貸せって言われてもな。俺は探偵よ。たいそうなことはできねえぞ」


「またまた御冗談を」


「いや冗談じゃ――ってはぐらかしてもしゃーねえよな」


 松田良作。

 神戸でも名の知られた探偵に大切な人たちを守る協力を仰ぐためだ。

 もちろん、お友達価格なんて期待していない。彼はそれで食っている人間だ。払うべきものは払う覚悟は持って、俺もこの場に挑んでいた。


 まぁ、ちぃちゃんについては、経費で落ちるからいいんだけど。


 某コーヒー屋のドリンクを二人で啜る。

 いい感じにフローズンになったそれを上手に吸うことができず、ずっ、ずっ、と、何度も詰まらせる辺りがなんとも間抜け。

 三十歳オーバー男子に、おしゃれ飲み物は敷居が高いね。


 まったく。


「けど実際、できることなんてたかがしれてるぜ。探偵ってのは、調べることしか能のないお仕事よ。ちぃちゃんを狙っている相手も、美香って娘を陥れようとしている相手も、素性は探れても、どうすりゃいいかとなると難しい」


「……だよな」


「……と、普通の探偵なら言うね」


 ほれ、と、松田ちゃんが俺に茶封筒をいきなり渡す。


 いったいどこから取り出したんだ。

 そう思いつつ中を見ると、そこには二つの書類。


 一つは――。


「まずは早川家の方だ。非嫡出子を嘯いている男、巽元市のバックについてる奴らはだいたい割った。その中で相川家乗っ取りに積極的なのは元市と兄弟分のヤクザ未満ハングレ。他の奴らは、上手くいったら甘い汁吸わせてもらおうっていう日和見だ。ぶっちゃけ、思った以上にしょっぱい連中だぜ」


「……暴力団とかは出てこないってこと?」


「まぁな。もっとも、下手な面子のつぶし方をしたら奴らも出しゃばってくるだろうが。そこはうまくやれとしか言いようがねえ。本市とそいつの兄弟分がドジ踏んだくらいじゃ、鼻で笑ってはいおしまいってなもんよ」


 とりあえず、この書類を神原の爺さんのお知り合いに渡しておけば、万が一ということにはならないだろうと松田ちゃん。


 十名足らずの名前が並ぶリスト。

 本当にこれで大丈夫なのだろうかと思う自分もいたが、ここはもう専門家の彼を信じるほかなかった。


 わかった、と、まずはちぃちゃんの件を飲み込む。


 もう一つ。


「こっちは骨が折れたぜ。使えるツテを全部使ったよ。いやぁ、このクソ爺、相当女に恨み買ってるね。クズ過ぎて反吐が出る。俺もこういう女の敵には、大手を振って道を歩いてもらって欲しくないからさ。ついつい熱が出たわ」


「これって?」


「田辺美香を陥れた上司――川北五郎が過去に関係を強要した女性たち。全員が、今回の件について、必要があれば証言するってさ。確か、部下が関係強要されて、出しゃばって干されたんだろう?」


「そうだけど?」


「その娘が声をあげるのが一番手っ取り早いが会社の手前がある。だったら、あとくされのない連中が声をあげればいい。元社員からホステスに、取引先の奥さんとそらもう多くの怒れる女性たちが、証言台に立っていいとさ。川北五郎と心中するくらいはできるぜ。いや、上手くやれば、なかったことにだってできる」


 悪い顔をしてくつくつと笑う松田ちゃん。

 ちょっと怖い。


 なんてーか、黒いオーラが白いスーツから漂っているのが見える。

 ほんと頼りになるっていうか、敵に回すと怖いっていうか。

 姉貴や美香さんとは違った逞しさがある人だよ。


 なんてーか憧れるな。

 そんなに歳、代わらないはずなのにね。


 さて。

 美香さんの一件は、彼女が部下をかばって表ざたにしなかったらこそ起こった。もし、美香さんを陥れた人物――川北五郎が豚箱に入れば悲劇は起こらなかった。

 いくら派閥と言っても罪を犯した人物をかばうほどに愚かではない。


 松田ちゃんが持ってきた資料の意味はそういうこと。


 川北五郎に対して集団訴訟を起こし、彼の立場を崩してしまおうという訳だ。

 そうなってしまえば、彼のために動いている派閥――美香さんの復職を邪魔する連中は、こいつはまずいと妨害の手を緩めるだろう。


 とはいえ、これも考えもの。


「使い方を間違えればさらに立場は悪くなる。タイミングはよく考えろよ。あと、やるなら徹底的。彼女たちもいろいろなもんを投げ出して協力してくれてるんだ」


「……ありがとうございます」


「本当は使わずに陥れるのが一番いいんだがな。まぁ、そこまでの資料は見つけられなかった。悪い。だが、安心しろ。川北五郎にのんのんと生きててもらいたくない奴は、またぞろいるってことは間違いねえ。味方は多いぜ」


 ぽんと俺の肩をたたいて笑う松田ちゃん。

 今度は、邪気を纏っていない。


 純粋に俺を応援してくれている笑顔だった。


 本当に頼りになる人を友達に持った。

 もし、松田ちゃんが居なかったら、こうもうまく事はすすまなかっただろう。


 いや、まだ、何も始まっちゃいない。

 これからすべて、始めることになるんだけれども。


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