第107話
僕の名前はカルロスいいますねん。
玉椿町にやってきて数か月。
ようやく仕事にも慣れてきて、地域の住民にも名前と顔を覚えられてきました。
ただ、故郷のマイファミリーを思うて、おセンチになる時期でもあります。
まぁ、そんな気分になってもしょーもない。
僕が稼がな妻も子供も困るから、頑張るしかあらへんのですがね。
とはいえ、顔も見られへんのはつらいもんです。国際電話もかけられへんし、やり取りは仕送りの返事にくる写真はがきくらい。
見るたびに大きくなってく写真の子供たち。
きっとこの日のためにおめかしをしたのだろう妻。
これがこたえますねん。
いったい、あと何年日本で頑張ったら、家族にまた会えるんやろ。
あっちでそこそこ、まともな生活ができるんやろ。
陽気なラテン系で通ってるけど僕も人間です。
そんな時ですわ――。
「カルロスさんですか?」
「はい。いらっしゃいませ。なにか御用でしょうか」
「私、テレビ番組のディレクターでして、日本で家族と離れて暮らしている外国人労働者の方で、協力してくれる人を探している所なんですよ」
突然、なんやよう分からん話が舞い込んできたのは。
◇ ◇ ◇ ◇
「え!? マミミーマートにテレビ取材が入る!?」
「あぁ、カルロスくんを取材したいらしくて。『YOUはどうして日本で働いてるの、金のためなの』っていう、外国人労働者バラエティ」
ろくでもねえバラエティ番組だなおい。
金のために決まってるだろ。
タイトルで結論出しておいてそこ聞くかね。
放っておいてやれよ。
ぷんすこ。
「しかし、なんでカルロスくん?」
「さぁ。そこんところはよくわかんねぇ。けどまぁ、なんか見返りとして、家族を日本に一時的に連れてきてくれるとかどうとかで」
「絶対視聴率取れる感動二時間スペシャルの奴やん」
「でしょ。それでまぁ、カルロスくんもどうしてもって言って千寿さんに頭下げるもんだからさ。まぁ、それなら仕方ないかと引き受けたわけよ」
はー、まぁ、そりゃ大変。
それであれか、マミミーマートをちょっと小奇麗に掃除している訳か。
廸子ちゃんも化粧して、胸に詰め物してセクシー店員をキメてる訳か。
わかりやすいなぁもう。
テレビ番組の取材で妙に気合の入っている幼馴染。その空回りっぷりに思わず苦笑い。なんだようという廸子に、別にぃと俺は意地悪に切り返した。
けどまぁ、テレビの取材かぁ。
「まぁ、俺も実際そういう立場になったら落ち着かないだろうな」
まず就職しなくちゃだが。
再就職だって怪しいもんであるが。
それはさておき、テレビの取材を受けるなんてきっとそうそうない経験。
おめかししてしまうのはなんとなく分かる。
バカにしたけど、俺もスーツとか無駄に着てきそうだな。
いや、コンビニでスーツは流石にちょっとおかしいか。
「頑張れよ廸子。もしかしたらテレビ見た男性が、ひとめぼれしましたってやってくるかもしれないぞ?」
「んもー、んなわけないだろー、なに馬鹿なこと言ってんだよー」
「完全に舞い上がってる。落ち着け廸子、自分の歳を数えて正気を取り戻せ」
「どういう意味だよ」
アラサー金髪コンビニ店員ヤンキー女子にひとめぼれする男なんていません。
いてもヤベー奴です。そういうのに関わったら絶対人生ひどい目にあうぞ。
おめかしするのは構わないけど、そこはわきまえとけ。
まぁ、廸子に限ってそんなことはないだろうけれど。
なんて、たわいもない話をしているとマミミーマートの入り口に人だかりが。
先頭を歩いているのはカルロスくん。
黄色いポロシャツにジーパンという普段着で来た彼は、店の前でなにやらせわしなく手を動かしている。つたない日本語でいろいろと説明しているのだろう。
これは俺が居てはお邪魔虫になるかね――。
「んじゃまぁ、いろいろあるだろうから、今日はそこら辺でも散歩してくるわ」
「あ、そう。気を付けてな。もうそろそろ、熱中症とか厳しい時期だから」
「わーってるよ」
そう思うならこれもってけと、カウンターの中から何かを投げる廸子。
キャッチしたのは、いわゆる清涼飲料水。
なんだ、用意のいい奴だな。
ありがとなと礼を言うと、めかしこんだ廸子はせっかく付けたファンデーションが落ちるのも気にせず、いたずらっぽくわらった。
ほんと、そんなめかしこまなくても、十分可愛いのだがね。
まぁ、廸子の可愛さにあんまり多くの人間が気が付くと、俺も困るのだけれど。
マミミーマートの入り口から外へ。
カルロスくんたちの邪魔にならないように、そっと脇に逸れると車を駐車場に止めたまま、田舎道を歩き出す。
滅多に車の通らない玉椿の県道。
歩道をゆるゆると歩いて、俺は田んぼの方へと降りて行く。
しばらくして、俺は後ろを振り返った。
「なんかようっすか、美乃利さん」
「あらぁ!? あらあらまぁまぁ、バレちゃっていましたか!! 流石は千寿さんの弟さん!! 勘が鋭い!! うぅん、どこまで分かっちゃってます!?」
「カルロスくんに、嘘の番組の取材って言って近づいたことまで。たぶんだけど、姉貴も気づいてる。だから今日は、姉貴もちぃちゃんも店には顔出さないよ」
「ありゃー、それは残念。結構、予算をつぎ込んだんですがねぇ」
ついてきたのは、カルロスくんの取材を行っていたはずのスタッフ。
しかしながら、その人並外れた美貌と栗毛色の髪には見覚えがある。
そして、手持ちの情報――急に姉貴がシフトをずらして休み、ちぃちゃんに学校を休ませ小旅行に出かけた――を総合すると、その人物が誰なのかは想像できた。
いや違うな。
今回の一件の糸を引いているのか誰か、おのずと分かった。
目深く被った帽子を外して、その長いウェーブがかった髪を広げれば、にっこりと笑う美女がその場に現れる。
普段はメイド服を身にまとう彼女は今日はパーカーにジーパン。
けれども、奇跡のように完璧な位置にある泣き黒子が、彼女の隠しても隠し切れない美しさと存在感を、強く俺に思い出させる。
いつもこの人は、こうやって唐突に俺の前に現れる。
「ご無沙汰しております陽介さん。早川家筆頭家宰の柵橋美乃利にございます」
「相変わらず綺麗っすね。一目見て分かりましたよ、なんかいるなって」
「あらお上手」
「で、なんの用っすか。さっきも言いましたが、姉貴は」
「いえ、今日は陽介さんにご相談が」
「相談?」
「ご忠告と言った方がいいかもしれませんね」
ご忠告だって。
何を馬鹿な。
あんたらが俺たち豊田家に何かしてくれたことが一度だってあったかよ。
匡嗣さんの結婚式にしても、葬儀にしても、一方的にあれやこれやと仕掛けて来て、姉貴と家族をひっかきまわしてきたくせに。
それが今更、忠告だって。
「けっこう、俺らとアンタらは他人様ですから」
「まぁまぁそういわずに」
「警察呼びますよ?」
「むしろその方が都合がよろしいかと」
そう言って、にこにこと笑って美乃利さんは、ひょいと距離を詰めてくる。
豊満な胸を揺らして、怪しく美しい顔を上目遣いにしてこちらを見る。
たいていの男なら狼狽えるそんな仕草を前に、俺は冷たい視線を向けた。
より現実的な、冷たい視線を。
「アンタがそこまで言うからには、なんかよっぽど重要なことなんだな」
「はい。奥様からこの件については、約束を破ってでも豊田家にお伝えするよう厳命されておりますから。もしことが失敗しましたら、私、明日から無職ですわ」
「アンタほどの器量よしなら、どんな仕事でもやっていけるでしょう」
「早川家ってね、とっても居心地がいいんですよ。ちょっとやんちゃしてもほら、揉み消せるでしょう。理想の職場ってやつですね」
ほんと、姉貴も姉貴でろくでもねえところと縁を結んだもんだよ。
どうやらこの話、聞かない訳にはいかないだろう。
俺は腹をくくった。
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