第99話

 ちぃちゃんが小学校に通い始めてから1週間。

 さっそくお友達ができたらしい。


 今日はそのお友達との初のお家遊び。

 ふふっ、ほほえましいものですね。


 30を越えたおっさんだというのに、表情筋がおばかになってしまいますよ。

 えぇ、それはもう、心地よい痺れを伴っておばかに。


 ちぃちゃんに、はじめてのお友達か。

 これはちゃんとおもてなしをしてあげなくちゃなぁ。


 そう思った矢先のことであった。


「ひかいちゃんがあそびーくるから、よーちゃんちょっとおそとでてて」


「……ちぃちゃん、どこでそんなやり取り覚えたの? 昼ドラ? ねぇ、昼ドラなの? バアバが見せたの、ちぃちゃんにそんな危険な番組?」


「ちがうおー。ひかいちゃんが、はずかしいからふたりがいいっていうのぉ」


 なんだいそれ。


 子供だけで遊ぶのはそれはそれで危なっかしい。

 大人がどこかで見てないと、何かあったとき大変じゃないか。というか、いったい何が恥ずかしいっていうんだ。


 恥ずかしいのは、昼間なのに働きにもいかず、なんでこの人こんな時間に家に居るんだろうって思われる俺の方だぞ!!


 なんて、言ったところで変わらない。

 そしてちぃちゃんの意思も変わらない。


 どうしたものかなと思っていると、おもむろに玄関のドアが開く。

 目の下に隈を造ったそいつは――ババア。


 あれ、なんだ。

 今日はちょっと帰ってくるのが早いな。


「すまんな陽介。ちぃの世話、ごくろうだった。今日はもう廸ちゃん所に遊びに行ってきてもいいぞ。スロットでも構わない」


「なに気持ち悪いこと言ってんの? というか、マミミーマートはどうしたんだよ? 今日はあんた、珍しく日勤のはずの日でしょ?」


「急遽変更だ。先方の都合でな。今日はどうしても、私がここでちぃのお友達をお相手する必要がある」


 という訳で、さぁ、出てった出てったと尻をけられる。

 なんでそんなことされなくちゃいけないのよ。

 もうちょっと詳しく理由を説明してよ。


 噛みつこうとした矢先、目の前に突き付けられたのは諭吉。


 なんと。

 これだけあれば1日スロットで潰せる(五円)。

 おつりでたぶん廸子にお土産も買える。


 しかし、金では誤魔化せない。

 どれだけ願っても、ちぃちゃんのおもり代を払ってくれなかったババア。

 それが、なぜいきなり俺にここまで甘い対応をするのか。


 なにか裏があるのは間違いない。


「とにかく、早く出て行ってくれ、もう時間がない」


「……分かった。ただ、後で何があったかは教えろよ?」


「……あぁ。無事に生き残ることができたならば、その時には説明しよう」


 発言が物騒。

 これから来るちぃちゃんのお友達ってば、村の権力者の子か何かなの。

 アホいえ、いくら田舎だからって、多少の無茶は許されても、粗相一つで村で生きていけなくなるようなことなんて――。


 普通にあるな。


 よし、わかった、気を付けるよ。

 ありがとう諭吉。


 俺は姉貴からせしめたそれを手にすると、すたこらさっさと家を出たのだった。


 触らぬ神に祟りなし。

 権力者にも祟りなし。

 まったく、やんなっちまう話だよな。

 まぁ、そのうち我が豊田家が、マミミーマートの普及によりこの玉椿町を乗っ取ることになるんだがな、ふっふふのふ。


◇ ◇ ◇ ◇


「という訳で、今日はちょっと早いがマミミーマートへ。廸子さんや、この諭吉一枚でいったいどこまで濃厚なサービスしてくれるのかしら」


「セクハラということは分かるが、サービスの意図が分からない」


「やだもうカマトトとぶっちゃって」


「そして、今は昼時だから普通にお客様がいる。あと、子供もいるんだから、不穏当な発言は控えろ。このエロボケアホニート」


 エロボケアホニートは言い過ぎじゃないかな。

 確かに、エロとニートは当てはまるが、この玉椿の神童と呼ばれた陽介さまに向かってボケとアホとは酷いだろう。

 テストだって、いつも廸子には負けていなかった。


 なのにどうして、どうしてここまで社会人として差がついた。


 ボケとアホなのかもしれない。

 俺はもしかするとボケでアホなのかもしれない。

 思わず繰り出された言葉のナイフに俺は傷ついた。一万円なんて、俺の気持ちを慰める役にもたちやしない。


 ちくしょう、パチスロはなんかそういうきぶんじゃねえし、どうしてくれようかこの手持無沙汰感。

 なんか面白いことでもないかな――。


「おいおっさん!! ぼーっと突っ立ってんじゃねえよ!! ジャマ!!」


「あごべ!!」


 なんて思っていたら膝裏を蹴られる。


 痛い。

 これは痛い。

 本来ならば曲がらない方向に、力が加えられるというこの脅威。

 そう、関節技も怖いけれど、いきなり関節を狙った打撃攻撃も怖い。


 なんてことをしやがる。

 怒りと共に振り返るとそこには、なんとまぁ、スカジャンに黒ジャージ。

 見るからにヤンキールックな少女が立っているではないか。


 年のころは小学生っぽい。

 しかしながら頭は金色。


 うぅむ。


「典型的な田舎ヤンキーの娘と見た!!」


「あぁん!?」


「もう一発蹴り飛ばすぞって顔しないで、ごめんごめん、悪い悪い。お兄ちゃんとお姉ちゃんは友達でさ。ちょっと話し込んでただけなんだ、だから許して」


 こういうのってほら、コンビニあるあるじゃないですか。

 常連さんと店員さんが話し込んじゃって、次の人になかなか回ってこない的な。

 いちいち目くじらたてるほどでもない、コンビニあるあるじゃないですか。


 お嬢ちゃんは、まだそういうの分からないかもしれないけれど、世の中、こんなことはいっぱいあるってもんですよ。

 下手すると、注意しても嫌な顔されて、逆に説教されたり喧嘩吹っ掛けられる類の奴ですよ。ほんと、俺のようなチキンオブチキンが相手でよかった。

 ことを荒立てずに、笑ってすます、大人な男でよか――あふぅん。


「また膝の裏蹴った!! 謝ったじゃん!! なのになんで攻撃するの!! 君のそれはアレだよ、戦隊ヒーローの変身中に攻撃しかける感じの奴だよ!!」


「ヒーロー戦隊みねーからわかんねーよ」


「わからんか。そうか、わからんか。すまんな、俺も魔女っ娘そらみちゃんは守備範囲外なんだ。同じニチアサなのに、平行線だな」


「ニチアサまだ見てんのかよ」


 ライダーと戦隊はかろうじて見れるよね。

 他はまぁ、ちょっと見てるっていうの勇気いるけれど。

 とにかくよかった、そんな子供の趣味に理解のある大人でよかった。

 これで世界の平和はまもら――。


「あいてあいてあいてあいていていてててて!!」


「陽介!!」


「なにこの子、執拗に膝裏狙ってくるんだけれど!! しかも的確に入れてくるんだけれど!! やだ、怖い!! アタイこの娘怖い!!」


「……ふん!! なっさけねーやつ!! バーカ!!」


 その場にしずしずと膝を折った俺。

 そんな俺を見下して、満足そうにレジに並ぶ少女。


 廸子とは違う気合が入ったヤンキー娘。

 彼女は、だがしをしこたま買い込んで、マミミーマートを出て行った。


 なんだったんだ、彼女はいったい――。


 と、ここで、廸子が青い顔をする。


「あれ、日田さん所の娘さん。光ちゃん」


「……日田光。あぁ、小学校までちぃちゃんの送り迎えしてくれてる?」


「そう、そんでもってあきらさんの一人娘」


「なるほど、おらが町のマタギの娘じゃしょうがあんめえ」


 逞しい。流石マタギの娘。

 しかしいきなり初対面の人間にローキックぶちかますのはどうかと思う。

 そこらへん、もうちょっと教育した方が――。


「って、もしかして、あの怒りっぷり、俺なんかやらかした」


「ちぃちゃん経由で、いろいろと話を聞いたららしいよ。お前の酷い話」


「……左様でございますか」


 ちぃちゃんだけならごまかせるけど、他人はごまかせないよね。

 そして、そりゃそんなダメ叔父に向かって、いい感情を抱くわけないよね。


 蹴られて当たり前。

 そしてなるほど、俺が家から追い出された理由が今わかった。


 たぶん、今日遊びに来るのは――。


「ちぃちゃんに、友達は選べよって言ってあげるべきかな」


「叔父を選べないんだから、それを言ったらかわいそうだろ」


 ですよね。


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