第79話
「大人には大人の都合がある。けど、子供にだって大人に面と向かって何かをいう権利がある。九十九ちゃんがどうしたいのか、素直に言ってみな」
「……廸子さん」
とても大叔母と又姪の会話とは思えない。
年齢が一回りも違うのだ。そら家系図上の関係なんて成り立たないわ。
これでもうちょと歳が近ければ話もまた違ったんだろうがね。
どうしても、大人が子供に聞く形になるのは免れなかった。
なんにしても。
廸子は九十九ちゃんの気持ちを確かめるつもりだ。
彼女自身には、このホテルを継ぐつもりはない。
けれども、困っている身内を前に見て見ぬ振りができぬほど、彼女は冷酷な女ではない。もし、九十九ちゃんに助力を求められたなら、彼女はきっとそれに応える。
いや、親戚だからだけではない。
大人としても見捨てられない。
俺の幼馴染、廸子はそういう女だ――。
優しいんだよ。
いつだって。
誰にだって。
だから、俺みたいなロクデナシにも、分け隔てなく接してくれる。
だからこそ、俺が悪者になってでも止めてやらなくちゃならない時がある。
「私、私は、なんとしても炭泉閣を続けたいです。お父さまが大切にされていらっしゃった、この場所を、次の時代までつないでいきたいです」
「……そう、分かった。それで、そのために、貴方が成人するまで、代わりに大人とやりとりする相手が必要ってことね」
「やってくれるのですか、廸子さん」
「おい、待てよ廸子。お前は本当にそれでいいのか?」
「……陽介」
今がその時だ。
肉親の情に流されて。
不憫な子供への情に流されて。
道を誤るかどうかは別として、自分の意思ではない道を行こうとする廸子に対して、俺がしっかりとそれでいいのかと問うべきだった。
廸子。
優しいお前にこんなことを言うのは心苦しい。
きっとお前のことだ。
目の入る範囲で、つらい思いをしている人がいたら、助けてやりたいとおもっているのだろう。
けれど、そんな自己犠牲による助けは、なんの助けにもならない。
自分を殺してまで、寄り添わなければならない人生なんてないんだ。
人は、もっと、自由に生きていいんだ。
お前だけが、世の苦しみをすべて引き受けて、無理して笑う必要なんてない。
廸子。
本当にどうしたいのか、決めるのは、お前の方だよ。
「廸子、正直に言えよ。九十九ちゃんも、言ったんだから、正直にお前も答えろ。お前はいったいどうしたいんだよ。本当に、この旅館の女将になりたいのか。違うだろう。お前がやりたいのはもっと――」
「……陽介と子作りしたい」
「……」
「……はい?」
んんー?
なんか、様子がへんですぞ。
ちょっと待ってちょっと待って。
いったん落ち着こう。
保護者の方もいらっしゃるしね。
そんな前でね、子作りとかね。
そんな物騒な単語をいきなりべろんと出したりしたら、やっぱりいけないと思うわけですよ。
うん。
こっち来てから、逆セクハラパターンが多いな。
俺は眉間を抑えた。
「サッカーチームくらい子供が欲しい!!」
「具体的な数字にまで言及しだした!?」
「女の子でも男の子でもいい!! いっぱいかわいい子が欲しい!!」
「野球チームじゃダメなの!! というか、どうした廸子!! どこに羞恥心置いてきたの!! なんでそんな――ハッ!!」
廸子の手に握られている、それ。
銀色のフォルムに簡素なプリント。
けれども絶対旨いと思わせてくれる、信頼と実績のアルコール飲料。
それこそは、どんなホテルでも置いていある奴。
お食事のおビールが足りなかったら飲むやつ。
そう。
「アサヒ!! スーパー!! ドッライ!!」
「あー、いいなぁ、ワシも飲みたい。廸子、ちょっとくらいええじゃろ。旅先なんだし」
「ダメ!! おじいちゃんは、要経過観察中なんだから、ダメ!!」
風呂上がりだ、まずはいっぱいでひっかけやがったな廸子。
それでもって涼しい場所を求めて、ふらりと屋上にやってきたな廸子。
お前、なんだよ。
これまでの真面目な雰囲気全部ぶち壊して――のんべれけ状態だったのかよ。
いつになくシリアス、このままギャル女将廸子が誕生してしまうのかと心配したけれど、ただのよっぱらいのたわごとかよ。
かーもう、だから酒はほどほどにって言っているだろう。
お前、結構酔いやすい性質なんだから。
「だからねぇ、九十九ちゃん……。ごめん!! やっぱむり!! アタシ、陽介と結婚していっぱい子供造らないとだから!!」
「そ、それなら、別に有馬でもできるじゃないですか!! いえ、むしろ、それくらいたくさんのお子さんをお造りになるなら、広い屋敷のあるこちらの方が!!」
「屋敷が広くても遊ぶところが少なくっちゃね。ほら、ここだと温泉街だから、ちょっと情操教育に悪そうじゃない。いや、温泉街がそういうところって言ってるわけじゃないけれど、ほら、不倫旅行とか目にしちゃうとさぁ。よくないよねぇ」
「……酔っぱらっているのに、割とまともなことを言っているぞ」
「流石は俺の孫娘。酒は飲めども飲まれねえ。たいしたもんだぜ廸子」
「いや、けど、あの、その」
「というか、九十九ちゃんも家に来たらいいじゃない。家族みんなで暮らそう。きっとそれはそれで楽しいよぉ。大丈夫、一人くらい家族が増えたって、問題ないから。あたしゃこれでも、結構稼いでいるからね、えへんぷい」
ホテルの支配人に向かって堂々と言うことです?
お前廸子、確かに以前なんかのついでに給与明細見せてもらったよ。
残業と基本給で、なかなかな額になっているのは確認しましたよ。
それでもホテルの若女将の手取りと比べたら、少ない方だとは思いますよ。
零細ソフトウェア会社の平社員よりかは絶対にましですけど。
あぁもうほんと。
マジでマミミーマートの社員になろうかしら。(白目)
「だからー、ホテルなくなっちゃっても、何も心配することなんてないよ。大丈夫だから。お姉ちゃんが、ちゃんと九十九ちゃんの面倒は見てあげるから」
「いえ、そんな問題では、なくてですね」
「もー!! わがまま言うんじゃありません!! というか、単に家族がいなくなって寂しいだけなんでしょう!! だったらいいじゃん、別にホテルのことは気にしなくっても!!」
「ホテルの従業員たちの生活もあるんです!! そんな簡単に決められることじゃないんですよ!! 任せられる人だっていませんし――」
「あ、それならそれこそ大丈夫」
にっと廸子がいたずらっぽく微笑んで俺の方を見る。
どういう意図、何を考えているのと少し迷うが、そこは幼馴染の以心伝心。
なるほどその手があったかと、俺は納得する。
おいおい、何を納得してるんだという顔をする誠一郎さんの前で、俺はスマホを取り出すと、とある人物へと電話をかけた――。
「もしもし。仕事中にかけてくるとはいい度胸だな陽介。人がせっかく有馬温泉の旅行チケットを分けてやったというのに。ちゃんと廸ちゃんとセックスはしているんだろうな?」
「あー、それはー、まぁー、まだ日も高いことですし、おいおいということで」
「約束を守るのは社会人としての基本中の基本。そんなこともできぬとは」
「今は俺のダメ人間ぶりを責めるのはいいから。それよりも、姉貴。ホテルの経営者、あるいはかつてそれに携わっていた知り合いとかいない? 至急相談に乗ってもらいたいことがあるんだけれど」
「……うん? MBA取得の際に、何人かそういう経営者との知己は得ているが。なんだいったい、何があったんだ。まさか、有馬温泉でベンチャー旅館を始めようだとか、トチ狂ったことを考えている訳ではあるまいな」
ないない、ないからと断って、彼らに連絡を取ってくれないかと依頼する。
俺が働く気にでもなったと勘違いしたのだろうか。
弟が働くためならばと、姉貴はなんだか感極まった声色で俺に言った。
うん、ごめんね。
俺、全然そういう気はないから。
ほんと悪い。
そいじゃよろしくと俺は電話を切る。
餅は餅屋。
経営は経営者。
まぁ、姉貴のようなやりて女経営者のツレならば――間違いはあるまい。
このホテル、任せたとしても、十分にやっていけるはずだ。
「今のは?」
「陽介がなんとかしてくれたんだよ」
「え、陽介さんが?」
「あいつな、ニートでな、どうしようもないけどな、ここぞという時にはどうにかしてくれるんだよ。アタシたちが本当に困ってるときには、身を挺していろいろとやってくれるんだよ。まぁ、だいたい千寿さんに泣きつくんだけどな」
うっせえやい。
助けてやったんだから文句なんて言うなや。
そいでもって、自慢げにすんなや。
照れるやろがい。
「どや、あれがアタシの幼馴染なんだぞ。かっこいいだろ」
「……え、や、そういわれても。ちょっと、微妙というか、なんというか」
「かっこいいの!! 陽介はぁ、世界で一番かっこいいの!! 本当なの!!」
「はい、廸子さん、そこまで、そこまでにしておきましょうね。お願いだから、はいしどうどう、はいどうどう。はいしどうどう、はいどうどう」
親戚一同の目のある前でね、のろけるもんじゃあーりませんよ。
ほれ、結婚はまだかって目で見られるでしょう。
まだですよ、まだ。
もう少しだけど、まだなんです。
ごめんなさいね、肩透かしで。
はい、すんません。
★☆★ モチベーションが上がりますので、もしよろしければ評価・フォロー・応援よろしくお願いいたします。m(__)m ★☆★
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます