第72話

「すげー、なんだこれ!! 湯気もくもく出てんだけど!!」


「泉源だな。こっから各温泉に湯を引いてんのかな、それとも各ホテルで持ってんのか。詳しいことは分かんねえけど、確かにすげえもんだな」


「写真!! 写真!!」


「へいへい。ほら、ピースしろ廸子」


「なんでだよ、こういうのは一緒に撮るもんだろ!! こっちこいよ陽介!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「玩具博物館だってさ。陽介プラモとか好きだったよな」


「いや、流石にそんな玩具は置いてないでしょ。なんか昔懐かしの木のおもちゃとかじゃないの?」


「入ってみようぜ」


「やだよー、お金かかる奴じゃん」


「一階はタダだってさ。ちょっとだけちょっとだけ」


「お前、絶対それ有料コーナーも見ることになるやつー」


◇ ◇ ◇ ◇


「足湯きもちー!!」


「ちょっと廸子さん!! 未婚の女性がこんな所で生足なんて出して、はしたないと思いませんの!! もっと慎みを持つべきですわ!!」


「つつしむべきなのはおまえのあしのすねげだとおもう」


「……ふさふさやで。触ってもいいのよ。幼馴染じゃない」


◇ ◇ ◇ ◇


「結構寺とかあるんだな」


「廸子そういうの興味あるの?」


「いや全然?」


「なんで聞いたし」


「けどほらお寺とかって、庭とかなんか綺麗で観光地って感じじゃん。観光地って感じじゃん」


「はいまた入って行こうとする。お前な、こういう所のお寺ってのはな、拝観料って行って、入るのにお金かかるんだよ」


「え!? 寺に入るのに金取られんの!?」


「玉椿神社や玉光寺とは違うんだよ。観光地の寺っていうのは――って、言ってるそばから!! 人の話を聞けよホント!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 とまぁ、そんな感じで。

 俺と廸子は有馬温泉街を散策した。


 割と廸子に振り回されぱなっしのいきあたりばったりの旅程ではあったが、それはそれで割としっかり楽しんだ。


「いやー、コロッケ美味しかったな?」


「廸ちゃんのくいしんぼ。お前、あんなバクバク人前でよく食べられるな。ほんとそういう所、ちょっとどうにかした方がいいと思うよ」


「いいじゃん、別に知り合いいないんだし」


「しとやかさよ」


 そうなんだよな。

 なんだかんだで、いつも俺がこうセクハラかましてるので、廸子がまともに見えるんだけれど、本来はこういうパワーバランスなんだよな。


 仕事しているから真面目なだけで、プライベートでは結構やんちゃ。

 というか、俺を引っ張ってぐいぐい暴走する感じなんだよな。


 流石あの誠一郎さんの孫ってだけはある。

 廸子でこれなんだから、廸子の父ちゃん母ちゃんはどうなんだって話だ。

 まぁ、そいつについてはタブーだから触れちゃならんのだけれど。


 そんなこんなでくったくった。

 ただでさえ坂道なのに、元気いっぱいの幼馴染に連れまわされて疲労困憊。

 もうどうしてやろうかという感じで、俺は宿泊先のホテル炭泉閣へと戻った。


 俺たちが帰って来たのに気付くやいなや、カウンターからとてとてと小さい女将がやってくる。彼女、お客さんが来るたびにこんなことをしているのだろうか。

 いや、最初入ってきた時には、そんな感じではなかったよな――。


「おかえりなさいませ」


「ただいまー!! いやー、いい街だね有馬って!! めっちゃ面白かった!!」


「……お酒でも飲んでらしたんですか?」


「いや、素面です。こういう奴なんです、テンション上がると、こいつ」


 出迎えてくれた小学生にしか見えない女将に謝り彼女から部屋のキーを貰う。


 はぁ、これでようやく一息つける。


 早速温泉でも入ってゆっくりしようかと思った矢先――。


 ぞろりぞろりとフロントを、例のこわもてのオッサンたちが歩いてくるではないか。向かう先は間違いなく大浴場。

 そらもう血の気が一瞬にして引く思いだった。


「おう、大浴場楽しみじゃのう」


「兄いたち、カタギの衆もおるんじゃけえ、おとなしゅうしとけや」


「ワシらがはしゃいどったら、神戸の品位に関わるけえのう。がはは」


 風呂じゃ風呂じゃ、大浴場じゃと騒いで進む埒外連中。

 あちゃーと頭を押さえる俺に、廸子と女将、二人の視線が注がれた。


 一つは同情、もう一つは、よく分からなかった。


 とりあえず、このホテルにおける俺の状況を、廸子は察してくれたらしい。

 これまでのうかれ旅行気分から一転、どうしたもんかねという暗い顔をして、彼女は俺の肩を叩くのだった。


「……まぁ、あれだよ陽介。きっと見た目と違って、話してみると気のいい人たちなんじゃないかな?」


「知っているか廸子。あの手の集団とは、怖がらない、近寄らない、利用しないが大切なんだぜ」


「ふむ。でしたらどうでしょう。家族風呂に入られるというのは?」


 家族風呂、とは。

 いきなり女将が突き出してきた提案に、俺と廸子がきょとんとする。


 まぁ、確かに、俺と廸子は家族みたいな中ですが。

 それにしたって家族風呂とは。

 いや、だいたい想像くらいはつきますよ。


「うちでは予約制ですが、宿泊者様に時間貸しで、家族風呂と称して個室の露天風呂を提供しております。こちらでしたら、先ほどのお客様と顔を合わせず、有馬の湯を楽しんでいただくことが可能ですが」


「……なるほど、そういう手があるか」


「……えー、ちょっと、流石にそれはなー。流石にそれはちょっとなー。陽介、どうするー? 入っちゃうー? 一緒に入っちゃうー? 家族になっちゃうー?」


「なんだお前そのテンション。別に俺だけ入ればいいじゃん。廸子は普通に大衆浴場入ればいいんだしさ。女のそういう人はいないんだから――」


 と、言いかけて、男たちが歩いて行ったフロントを、真っ赤な女が駆けてくる。

 真っ赤なボディコンスーツを着た女が駆けてくる。


 アイシャドウをまるでゲテモノロックバンドみたいにばっちり決めて、肩パッド入れたそいつは、俺たちの視線に気づくやパーマのかかった髪を振り乱して、それから真っ赤なルージュの塗りたくられた唇を弾いた。


「なに見てんのよ!!」


「「そんな見られるような格好しておいてそういうこと言います!?」」


 はい、これ、明らかにさっきの人たちのお連れさんだ。

 そうじゃなけりゃこんな格好してないってーの。


 ほんともうどうなってんのこのホテル。

 ちゃんと泊める客の身の上を調査して、その上で泊まらせろよ。

 今はこういうの、泊める方にも責任とか求められる時代なんだぞ。

 ほんと、さっき廸子に言ったけれど、怖がらない、近寄らない、利用しないが原則なんだぞ。


「むぅ、ちょっと失礼な態度ですね。注意してきますか」


 違った。

 怖がってもいないし、近寄ってもいないし、利用してもいない。

 全部守っているけれど、あまりに強気すぎて歯牙にもかけていない。


 流石子供は怖いモノ知らずね。

 うふふ。


 って、現実逃避している場合じゃない。


「……どうしよう。アタシ、あの人と一緒にお風呂入って、話合わせる自信ない」


「廸子や。お主も結構ヤンキールックス。多くの人に誤解を与える姿をしているということをちょっと自覚した方がよろしくてよ」


「むぅ。なんにしても、お二人ともお困りのご様子。やはりここは、家族風呂を利用されてはいかがでしょうか。あのような客を泊めたのもこちらの落ち度。本来ならば別途料金をいただくところでございますが。今回は勉強させていただきます」


 ほんとですか、助かります。

 ただより高いモノはないとは言うが、背に腹は代えられないともいう。


 呉越同舟するにしたって、あの逞しい連中と一緒では、どういうことになるか分かったもんじゃない。


 家族風呂やむなし。


 俺と廸子は顔を合わせると、はぁとため息を吐いたのだった。


「……仕方ない。今日だけ家族になりますか、廸子さんや」


「出来の悪い弟を持つと苦労するぜ」


「誰が弟だ!! 生まれはこっちの方が早いだろう!!」


「ほら。こんなしょーもないことで張り合ってくるんですよこいつ」


「子供ですねぇ」


 女将と一緒にジト目を向ける廸子。

 けど、その頬がちょっぴり照れ臭そうに赤みがかっていたので、俺はちょっと怒るに怒れなくなってしまった。


 うぅん。

 家族、風呂、かぁ……。


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