第50話

 僕は今、大切な廸子を裏切っています。


「ごめーん、待った?」


「うぅん、今来たところ」


「……すごい列だね」


「ねっ、ふふっ、わくわくしちゃう」


「俺もだよ、だって――」


 今日は七のつく日だから。


 ダンナム信用の林玉椿店駐車場。

 ずらり並んだ町内外のパチンカスどもの列に紛れて、俺と工藤ちゃんは勝負師の顔をして合流した。


 今日は暗黙のイベント開催デー。

 なので、財布の中に二十万入れて参りました。


 はい。そうです。


 パチンカスの皆様にはおわかりいただけるだろう。

 この、男なら黙っていられない、居ても立っても居られない感じが。


 そうじゃない一般人の方はわからなくていい。

 抜け出せなくなる。俺たちのことなど放っておいてさっさと行くんだ。パチンコ沼に一度足を突っ込んだら、そこから果ては血で血を洗う地獄ぞ。


 のう天元さま(有名なパチスロのキャラクター)!!


「しゃおらっ!! セロリ高設定台今日こそツモったるからな!! みとれやダンナム!! 俺の貴重な傷病手当金を吸い取った悪行の報い、今こそ思い知れ!!」


「俺も知り合いから金借りてなんとか十万用意したぜ。おい、陽介、マジなんだな? 信じていいんだな? 今日は出る日なんだな? 高設定デーなんだな?」


「あぁ、過去の統計を見る限り、三割くらいの確率で、七のつく日はスロット高設定の場合が多い。あくまで、過去の統計を見る限りだが」


「三割あったら十分だ!! よっしゃ、コカトリス絆に全ツッパよ!! 見とれや天元!! なで斬りにしてくれるわ!!」


 やる気まんまんの工藤ちゃん。

 この人、俺と同じクズの気を発しているなと思って、誘ってみたら見事に食いついてきたわ。

 パチンコ、イベントデーなんだけど明日一緒に行かないって誘ったら、見事にいくいくって言って来たわ。


 平日の朝ですよ。

 平日の朝九時でございますよ。

 そんでもってど田舎山の奥のローカル店でございますよ。


 いや、関西圏ではそこそこ名前が知られているけれど、一番・二番にはならないローカル店の朝一でございますよ。


 こんなんパチンカスしか並びませんがな。


 わはは。


「いやー、工藤ちゃん、パチンコやりそうとは思ってたけど、やっぱやってるのね。しかもンコの方じゃなくてスロの方」


「いや、ンコの方も普通にやるけどよ、やっぱりスロの方が自力感があっていいよな。そういうお前も、スロ派なのな。若いのに意外」


「萌えスロ直撃世代ですからね。仕方ありませんね。グラップラーシンデレラとか超やりました。胸ドラムタイムでギャンブルに目覚めたところがあります」


「あれはたしかに、初代は名機だった」


 パチンカスだからこそ分かりあえることがある。


 工藤ちゃん。

 君のことを心のどこかで、胡散臭いおっさんだなと思っていたけれど、これで俺は君のことを心の底から信頼できることができるよ。


 同じパチンカス、スロッカス、ギャンブラー。

 ならば、もはや多くの言葉はいらない。


 ギャンブラーは背中で語る。


 否、テレパシーで語る。


 エスパーでなければ、出る台を看破する力を持っていなければ、俺たちはホールに足を運ばないのだ。だって、どうやったって勝てないから。設定と押し順をエスパーできないと勝てない世界なのだから。


「まずは、入場順でいい番号引けるかだな」


「それでその日の運使い切っちゃったら駄目だぜ、工藤ちゃん」


「分かってるぜ陽介。それより、見ろ、これが昨日の台のデータだ」


「集めたの!? マメだねぇ」


「……まぁ、職業柄な。なんにしたって、これで勝利は間違いなしだ。勝ってうまいもん食おうぜ、陽介!!」


「俺、うなぎがいいな工藤ちゃん!! あ、けど、肉の方がいいか。工藤ちゃん、こっちの人じゃないもんね」


「ばっきゃろうどっちも食えるくらい勝ちゃいいんだよ!!」


 うふふあははとほほ笑み合う俺たち。

 今日こそは勝つ。勝って、ウハウハ。

 ちょっと市内に出て豪遊しようじゃないか。


 そんな、俺たちの横を――。


「ほう、今朝はあわただしく家を出たと思ったが、なるほどこっちに来ていたのか。遊ぶ金があるとは、結構余裕のあるニートだな」


「げぇーっ!! ババァ!!」


 バ

 バ

 ァ

 襲

 来(激熱:信頼度70%)


 なんか首からトレーをぶら下げて、ババァが通りかかった。

 ほうと冷めた瞳を俺に向けてババアが通りかかった。


 どうして、なんで、こんな所にババアが。


 夜勤明け。

 いや、確か一度、家に帰って来ていたはずだ。

 廸子を送迎する時に、顔を合わせていたはずだ。


 なのに、なんでこんな所に居るんだ、ババア。


 どうして――。


「いや、月に一度のイベントデー(客が勝手にやっている)で、ホットスナックなどが足りなくなると店長に相談されてな。マミミーマート出張店舗をいそぎ開設していたところだ」


「マミミーマート出張店舗だと!?」


「……まずい、陽介、あれを見るんだ!!」


 工藤ちゃんに言われるままに俺はその指先を見る。

 そこには、いつもニコニコみんなの町のマミミーマートカラーに染まったテントと、そこでホットスナックを仕込む女の姿があった。


 そう。

 こっちを、なにしてるんだお前、病気とちゃうんかという目で見る、廸子の姿が。廸子さんがこちらを見ていた。


 ふぅぁ。(テンション上がらないため息)


「ち、違うんだ廸子ちゃん。これは、その、あれだ。何かの間違いで」


「……びょうきのために、すろっとからはあしをあらうという、わたしとのやくそくはうそだったのね」


「だって!! だって!! 今日はイベントデーだから!! 七のつく日は、ダンナムは信用していいって!! みんな言ってるから!!」


「わたしはもう、ようすけがしんようできないよ」


 違うんだ廸子!!

 本当に、本当に違うんだ!!

 その、ちょっと魔が差しただけなんだ!!

 だから、俺を見捨てないでくれ廸子!!


 俺から目を逸らして、せっせとホットスナックの仕込みに入る廸子さん。彼女の信頼を裏切ってしまった俺に、できることはもうないのか。

 いや、きっとあるはずだ。

 失った彼女の信用を取り戻す方法が、きっと、何かあるはずなんだ。


 諦めては駄目だ。

 諦めたら、そこで終了なんだ。

 勝つまで回せば、負けじゃないんだ。


「くっ、廸子。絶対に今日は勝って、帰りに美味しいステーキ食いにつれてってやるからな!! それで好感度はプラマイゼロだ!!」


「……いや、陽介。普通に今すぐ彼女手伝いに行った方がいいと思うぞ」


「こんなこともあろうかと、お前の制服も用意しておいたぞ陽介」


「断る!! この陽介!! 今日はもう体がスロット打つ感じで仕上がっているのだ!! 今更、スロットを打たないという選択肢はない!!」


 勝てば全部丸く収まる。

 勝って帰れば、廸子も俺を見直してくれる。


 まともに稼ぐことができない分、ギャンブルでくらい儲けて、彼女にいい所を見せてやるんだ。

 そう、ここが男の甲斐性が試される時。


 逃げちゃいけない、俺は背筋をピンと伸ばして、いよいよ始まる入場券配布に備えるのだった――。


◇ ◇ ◇ ◇


「……で、勝ったのか?」


「うぅっ、こんなのおかしいよ。なんで七のつく日に、大負けするの。お財布の中身が半分になるとか、聞いてないんですけど」


「まぁ、半分で済んでよかったじゃないか」


「今日はお前と一緒に、ステーキでも食いに行こうと思ったのに。ごめんね、廸子。俺のヒキが弱くって」


「謝るくらいならギャンブルやめろ。まったく、しょうのない奴だなぁ」


「……うぐっ」


「あーもう、とりあえず、ホットスナック余ってるから、食べるか?」


 晩飯は、百円の特価フライドチキン。

 けれども廸子の優しさが籠った、あたたかいものだった。


 うん、ギャンブルなんてやるもんじゃないね。

 廸子のためにもすっぱりやめ――ることはできなくても、控えるようにしよう。うん、ちょっとずつ。ほんと、ちょっとずつね。


「……今日これだけ負けたから、明日は勝つよね。運の流れ的に」


「かてねえから、まじやめろな」


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