第44話

 俺の名前は本田走一郎!!

 なんか最近は、ショタキャラだの、美少年だの、うちに婿にこないだの、よく言われているけれど、これでも関西最速の走り屋だ!!


 いろいろあって玉椿町にお邪魔するようになってからというもの、俺のイメージがガッタガッタだぜ!!


「けどまぁ、それ以上の素敵な出会いがあったからいいよね」


 陽介の兄貴に廸子の姐さん!!

 元峠最速の千寿さんに、その相棒の美香さん!!

 みんな俺みたいな奴にも、きさくに接してくれるいい人たちだ!!


 本当に来てよかったぜ玉椿町!!


 玉椿町こそが、俺が求めていた心のふるさと!! 心も身体も預けられるべストプレイス!! 追い求めていたアルカディア!! なのかもしれねえ!!


 そう!!

 ここには役員の爺どもも、仕事しねえオヤジどもも、陰口を叩くばかりの新入社員もいねえ!! 会社よりもよっぽど居心地がいい!!

 会社人としての自分を忘れて、単なる走り屋――いや本田走一郎という個人に戻れる場所!!


 それが、ここなんだなぁ――!!


 という訳で今日も玉椿町のマミミーマートにお邪魔するぜ!!


◇ ◇ ◇ ◇


「え? 会社で同僚に舐められる?」


「そうなんです。会議で僕が発言しても、誰も話を聞いてくれなくって。僕なりに、会社のことを考えて言っているつもりなんですけれど。誰もとりあってくれなくて、ちょっと最近しんどいなって」


「まぁ、若いってのもあるけれど、走一郎くんってそういう場で軽くみられる感じがあるよね。なんていうか、頼りないっていうか」


「おい、廸子。言っていいことと悪いことがあるぞ」


「あ、ごめん」


「走一郎くんは頼りないんじゃなく、護ってあげたくなる子なんだよ。そこんところ、間違えるな」


「うん、あたしのしゃざいをかえせ」


「もう、ふざけないでくださいよ!! こっちは真剣に悩んでいるのに!!」


 むくれる走一郎くん。


 うむ、やはり護りたくなるな、この表情、この仕草、この存在。

 ちぃちゃんがアイドルなら走一郎くんはエンジェル。

 それくらい尊いよね、美少年って。


 峠なんちゃらノンストップブレーキがどうのこうのと言っていたのが今や昔。

 すっかり玉椿町とマミミーマートに馴染んだ走一郎くん。


 もはや、彼は俺たちにとって歳の離れた弟と言っていい存在になっていた。

 そう、歳が離れすぎていて猫かわいがりしてしまう末弟みたいになっていた。


 別に仕事なんてどうでもいいじゃないか。

 つらくなったらお家においで。養ってあげるからさ。


 うちのババアが。(他力本願)


「もう!! 社会経験豊富な、お兄ちゃんとお姉ちゃんなら、何かいいアドバイスをくれるかと思ったのに!! こんなんなら、相談するんじゃなかった!!」


「あぁ、ごめんごめん。いや、悪かったよ走一郎くん。かわいいからつい」


「陽介、お前――」


「いや、マジな眼すんなよ廸子。ジョークに決まってるだろ、ジョークに。かわいいのは本当だけれど、そういう気は俺にはありませんよ」


 普通に異性が好きだから。

 そして、目の前の女の子が好きだから。


 だから安心しろよ、廸子。


 バチン、力強いウィンクをしてやると、幼馴染がまるで胃がひっくり返ったような顔をする。


 なにそれどういう感情。

 ちゃんと伝わってるの俺の愛情。

 相思相愛だと思っていましたけど、それは俺が薬で見た幻想とかですか。


 はい。

 普通に気持ち悪いだけですね。


 三十歳越えたおっさんのウィンクなんて気持ち悪いだけだわ。

 そらそういうしかめっ面するってもんだわ。

 気にしたら負けってもんである。


 そういうことにしておく。

 あとで一応、あの反応っていったいどういう意味って確認することにして、今はそういうことにしておく。


 俺は廸子を信じている。(エロゲのタイトル感)


「まぁ、走一郎くんがどう思っているかは分からないけれどさ、無視ってのは気のせいなんじゃないかな。会議の席でそういうのやるほど、大人気ない奴らはそうおらんでしょ。というか、そんなんやったら社会人失格之介って奴ですよ」


「そうそう。きっと走一郎くんの気にしすぎだって」


「……そうでしょうか?」


「だいたいさ、走一郎くんてば、自社製品のテスト走行しにこんな山奥まで来ているんでしょ? そんな会社思いの社員を無視するなんて人間の屑じゃん。そんな所業、俺は社会人ならとてもできるとは思えないな」


「まぁ、私も陽介の意見に同意かな。ドラマなんかだとそういうのよくあるけど、現実はほら、一緒に仕事している仲間なんだし。やっぱり関係って大切じゃない? 無視なんてお互いの信用問題になるじゃん」


 うぅんと、曇った顔をする走一郎くん。


 まぁ、この手の話は本人が納得しないと解決しないよね。

 いくらこっちが言ってみたところで、本人がちゃんと折り合いつけられないと、辛い状態が続くわな。


 うぅん――。


「分かった、走一郎くん。そんなに自分が無視されていると思うのなら、君に一つ策を授けようではないか」


「……策て」


「本当、お兄ちゃん!?」


「ふっ、昔孔明、今ニートと言われたこの豊田陽介の智謀をとくと見るがいい。まぁ、ぶっちゃけ、無視したくても無視できなくなる単語を連発すれば、自分がどう思われているかなんてすぐ分かる訳で」


「……陽介。無視してやるのが愛ならば、アタシはそれでも構わないぞ?」


 やだもう廸ちゃんてば、いつも俺が君にセクハラするのはそんなかまってちゃん精神じゃなくて、ちょっと歪んだ愛情表現じゃないのよ。

 そんな険しい顔しないで。


 そして、そんな顔するようなこと思っているのね。びつくり。


 とはいえ。

 割とこのアドバイスは本気で言っている。


「ちん〇でもまん〇でも叫んでやれば皆びっくり。無視できずにどうしたんですかってなるから。まぁ、流石にちょっと、極端な単語だけれど。とにかくそういうエスプリの効いたギャグの一つでもかましてやれば、みんな反応してくれるよ」


「エスプリの効いたギャグ」


「まちがってもこいつのぎゃぐはさんこうにしてはいけないよそういちろうくん」


「よっしゃ、それじゃ一つ、俺がいつも廸子にやってる、鉄板ギャグを披露しちゃおうかね」


「ひろうしなくていい」


 走一郎くんと廸子を置いて、俺はいったんマミミーマートの外へと出る。

 ちょっと外で呼吸を整えると、俺は一度も廸子に披露したこともなければ、実のところついさっき思いついたギャグをかますべく、再びマミミーマートの自動扉の前に立った。


 ウィン。

 マミミーマートの特徴的な入店音と共に、俺はそこに駆け込む。


 そして――。


「廸子!! 今そこで、猫が盛ってたぞ!! 今そこで猫が盛ってたぞ!! FOO!! 水ぶっかけにいこうぜ!!」


「しょうがくせいかおまえは」


 見事に滑って失笑を買うのでした。


 はい。

 分かってました。


 人の心を掴む、会心のギャグなんてそうそう思いつかない。

 僕はしっていたさ。


 知っていたけど、やってしまったさ。

 だって、男だから。


「……でかいちん〇をぶら下げた犬がいるぜの方がよかった?」


「しもねたぜんぱんからはなれてほしい。あたしがのぞむことはそれだけ」


「すごいやお兄ちゃん!! ネタの宝石箱だね!! これならみんな、どっかんどっかん僕のことを無視しないで笑うに決まってるよ!!」


 やだ、走一郎くん、純粋さが怖い。

 自分でやっといて、そして言っといて、なんだけれども。

 マネしちゃダメだよこんなん。


 俺は輝く瞳をこちらに向ける美少年に念を押すのだった。


 うん。


 無視されたくないからって、セクハラはいかんですよ。セクハラは。

 そういうのは信頼関係が成り立った相手だからこそできる技。


 無差別に、全方位に向かって発するセクハラは、暴力と同じ。


 愛なきセクハラに、力は宿らないのだ。


「なっ、廸ちゃん?」


「なにがななのかわからないけど、とりあえず、ほんしゃにめいわくなきゃくがくるってそろそろそうだんしてもいいかなって、きょうばかりはおもった」


 やめてね、やめてね。

 ババアまでで止めてね。


 でないとマジでやばい感じのセクハラになっちゃうから。


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