第28話

 家庭菜園をはじめてみた。


 田舎ってさ、土地だけはあるんだよね。

 休耕田畑だからさ、作物を作っちゃいけないんだ。

 けれど、肥沃な土地なんだよね。


 そして、売り物でなければ、自家で消費する分には造っても問題ないんだよね。

 もうさ、そういうのがあるのに、何も作らないとか考えられないじゃん。


 なんで。

 畑に芋植えたりとか。

 トマト植えたりとか。

 スイカ育てたりとか。

 田舎済みの俺らはする訳なんですよ。


 分かんないかなぁ。

 分かんないだろうなぁ。

 都会に住んでいる人にはさ。


 こう、そこに畑があるから野菜を作るっていう、この感覚。

 分かんないだろうなぁ。


「俺も分かんない」


「おら!! なにサボってんだ陽介!! さっさと雑草抜け!!」


「うっせえ親父!! なにが悲しくて平日の昼間っから野良仕事しなくちゃならんのだ!!  オラ農家じゃねっ!! ニートだ!!」


「よーちゃん!! おいしいトマトさんつくるには、あいじょうたっぷりこめなきゃよ!!」


「ちぃちゃん、あのね、ようちゃんね、トマトさんあんまりすきじゃないのよ」


「好き嫌いしてるから大きくならねえだぞ、坊主」


「せーちゃんじぃじのいうとおりだぞ、よーちゃん」


「そうだそうだ!! 仕事も好き嫌いしてんじゃねえ、働けこのごく潰し!!」


 地獄か。

 ここは地獄か。

 あるいは地獄か。

 よもや地獄か。


 田舎ではじめるほのぼのスローライフ。

 幼女と畑があるとたいてい上手くいく。

 なのに、爺二人が口うるさいだけで地獄と化すか。


 WEB小説なら絶対にいらないストレス要素じゃんこの爺二人。

 ほんと、なんでこいつらいんのか分からんわ。


 ちぃちゃんと二人でほのぼのスローライフさせてくれぇ。

 ようちゃん、じじい、きらい。


 暇を持て余した土いじりの達人二人に捕まった俺こと豊田陽介は、有意義な平日を畑の上で過ごしていた。


 荒れ果てた広大な大地。

 それを前に――これからここに本当に畑をつくるんですか――と、そんな感想しか湧いてきません。


 サンドボックスゲーみたいに、さっくり畑がつくれりゃ文句はないんです。

 ないんですけど、これ現実なのよね。


 普通にしんどい。


「おらっ!! もっと腰入れて耕せ坊主!! ほんと鍛え方が足りねえな!!」


「陽介ぇっ!! 腰だ腰!! 腰の使い方だ!! いいか、どんな時でも大切なのは、腰をしっかりと動かすことだ!! いいか、どんな時でもだぞ!! 振る時も、突くときも、腰の芯を動かさないといけないんだ!!」


「こしだ!! よーちゃん!!」


「腰腰言うなよ!! 変な意味に聞こえるだろ!!」


 というか、親父は絶対変な意味で言ってるよね。

 誠一郎さんは普通の感じで言い出したけど、親父は悪意百パーセントで、腰の使い方指導してきたよね。


 セクハラの正体見たり、親父の血。

 この親から産まれりゃ、そりゃこんなろくでもない男になるよ、ちくしょう。


 だーもう、限界。

 俺は鍬を放り出すと、その場に尻をついた。


 毎日毎日、コンビニと実家を往復するだけの簡単なお仕事しかしていない俺にとって野良仕事は重労働。

 とてもじゃないけれどできないのだった。


 いやほんと、趣味でもなんでも、野良仕事をやれる奴はすげーわ。


 尊敬するわ。

 俺には無理だわ。

 お百姓様は神様だわ。

 なんで、俺はニートでいいです。


 皆さんが美味しく作っていただいた料理を、最速最短でたい肥に変える、そういう存在であり続けようと思います。


 おわり。


「ほんとなっさけねえなぁ、坊主。お前はよう、そんな軟弱な体で本気で田舎で生きていくつもりなのか?」


「陽介、田舎で生きて行くなら、これくらいできないと、村八分喰らうぞ?」


「うっせぼけ、社会から村八分くらってる二人に言われたくないわい」


「俺は自分から出て行ったからいいんだよ」


「俺は母さんが社会で村一部リーグに属しているから問題ないんだよ」


「よくねえよ!! この埒外老人ども!! 子供に悪影響でしょ!!」


 むらはちぶってなーにと聞くちぃちゃんに、今はもうなくなった身分制度だよと俺はやんわりとオブラートに包んで説明する。

 まぁ、これからの未来に、そんなひどいことは行われないでしょ。

 二十一世紀は、助け合いの時代なのだから。


 とはい、ちょっと情けない体力なのは事実だわな。


 親父たちに言われて、慌てて俺も否定はしてみた。

 けれど、実際、男としてこれはどうなんってレベルの貧弱ぶり。


 小中高と、体育会系の部活に所属してこなかったわけで、基礎体力がないのはお察し。更に社会に出てからも、ブラック企業で健康を損ねる毎日。リワーク通って、ちょっとは健康になったけれども、それでも社会的にはか弱い部類に入る。


 たぶん、漫画だったら耽美系少女漫画みたいな線の細い感じのビジュアルをしている僕です。


 お箸より重たいものをもったものがないんだから、鍬なんて持てるわけがないじゃない。お米がないならパンをたべればいいのよ、おほほ。


 あぁ――。


 諸行無常が空を飛んでいやがる――。


「再就職までにやらなくちゃならないことは多いなぁ」


「ほんとだぞ陽介。お前、田舎の会社なんて肉体労働がメインなんだから、畑仕事くらいで文句言ってんじゃねえ」


「そうだそうだ。ほれ、俺らがしっかりと鍛えてやるから、鍬持て、鍬持て」


「ふぁいとだよーちゃん!! ろうどうのあとのびーるはさいこうなんだよ!! のんだことないけど!!」


 お薬のかげんでね、ビールは飲めないのよ、ちぃちゃん。


 けどまぁそうよな。

 田舎で生きていくのなら、これくらいできなくちゃならんよな。


 もう一度、人生を取り戻すなら。

 田舎で転生。人生勝ち組になりたいのなら。


 ここで俺は鍬を取らなければならない!!


 そう、今、まさに俺が握っている鍬こそが、俺の運命を切り開く選定の剣。

 物語の主人公だけが持つことを許された、エクスカリバー。

 チートを呼び起こす、スーパーアイテム。


 そう思えば。


 やれる!!

 勝てる!!

 みるみる力が湧いてくる!!


 うぉぉおぉ、俺は気合を入れて鍬を握った。


「けどやっぱ、重いもんは重い!!」


 そして、ぷるっぷるに震える腕の筋肉に、すぐにあきらめたのだった。


 うん、思い込みってのは、一番よくないことだよ、陽介。


 こうでなくちゃいけない。

 過度の事象の一般化は、人間の心を蝕むからね。

 もっと自分を大切に。


 自分に優しくできない人間は、他人にも優しくできないのだから。


「なっさけねーな、陽介。お前、もうちょっと根性見せろよ。男だろ」


「げぇーっ、廸子!!」


「ゆーちゃん!!」


 大の字になって天を仰ぐ俺を、上から覗き込んでくるのは廸子さん。

 金髪に染めた髪を、お団子にまとめた彼女は、いつぞや見た芋ジャージ着てそこに立っていた。

 今日はコンビニのお仕事はお休みと聞いていたが――。


 わざわざ、出てきてくれたのだろうか。


「ほら、立てよ。爺ちゃんやおじさんばかりに肉体労働やらせんな。若いお前が一番働かなくちゃだろ」


「若い俺には未来があるのよ廸ちゃん?」


「……ここで立てなきゃお前に未来なんてない」


 そんな殺生な。

 もうほんと、うちの幼馴染がドメスティックバイオレンスに厳しくて、追放してぷぎゃーしたいんですけど、現実では無理な感じですかね。


 もうちょっと優しいスローライフプリーズギブミー。


 無理やり起こされた俺。

 すると、芋ジャージ廸子は、俺が投げ出した鍬をひょいと手に取って、いいかこうやるんだよと構えてみせるのだった。


 流石は元ナース。

 しっかりとした体幹してやがる。


 ざっくざっくと畑が耕されていく。


「わぁー、ゆーちゃん、すごぉい」


「ほぅ、やるなぁ、廸子ちゃん。流石は誠一郎さんの孫」


「俺別に農家のせがれとかじゃねえんだけどな。まぁ、いいか。がはは」


「ほれ、これでちょっとは土が柔らかくなったから、あとは――」


 何見てるんだよと、廸子が俺を睨んでくる。


 うんまぁ、別にみるつもりはなかったんだけれどね。

 そっちが勝手に見せてきたっていうか。


 そりゃ、高校時代の芋ジャージですから。

 身体の成長にいろいろと追いつかない部分があるのは仕方ないと言うか。


 三十を越えると、マニアックな部分が出てくるといいますか。


「……えっと、廸子さん」


「……うん」


「……芋ジャージ畑の中から、かわいらしい苺色のオッパンティがこんにちわしているんですが、いかがさせていただきましょうか?」


 マニアックな駄肉と一緒に。


 いや、いいんです、それがいいんです。

 なんていうかね、まぁ、そういうちょっと緩んだ感じ、最近いいなって分かるようになってきたからたまらんのですよ。

 ごはん三杯いける奴です。


 たまらんです。


 けどまぁ、こう、現実に目の当たりにすると、どうすればいいやら。

 やっぱ困るよね。


 顔を芋ジャージみたいに真っ赤にして廸子。

 マンドラゴラかなという奇声をあげると、彼女は掘り返した土くれを、俺に向かって投げつけてくるのだった。


 えぶぅ。


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